次の日、僕は、練習に行けるはずなくて、ひよちゃんを見送った。 「みんなに…」 僕が言葉を詰まらすと 「大丈夫、私が説明して謝っておくから」 「ゴメン」 「何言ってんの。私がやったことだってば」 「みんな、怒るよね」 「…大丈夫」 もう一度言って、ひよちゃんは出かけていった。 このことで、ひよちゃんがキャプテンを降りるとか、そんなことにならないといいけど。 「勝利君、どうしたの?」 いつも一緒に出かけている僕が家にいるので、多津子おばさんが心配して見にきた。 「なんでもないです」 「ひよこと、喧嘩でもした?」 「そんなことないですよ」 「そう」 「そろそろ宿題しないといけないと思って」 「ああ、勝利君、三年生だったものね」 受験生のわりによく出歩いていたわね、とおばさんは笑った。 赤くはれている目にも気がついているんだろうけれど、何も言わない。こういうところ、ひよちゃんに似ている。あ、ひよちゃんが、似てるのか。 僕は、そういえば自分は受験生なんだと思い出して、その日は実に久しぶりに勉強した。何もしないと色々考えるから、がむしゃらに宿題を片づけていった。 その日の夕方、いつもより遅い時間に帰って来たひよちゃんは、ビックリすることを言った。 「えっ? 僕も?」 「そう、明日の試合、出ていいって」 ニッコリ笑う。 「うそ」 「みんながね、せっかく一緒に頑張ったんたからって言ってくれてね。育良高校のキャプテンに話つけて来たの」 「いいって?」 言うわけない。 「うん。練習だからね。そっちの方が力を出せるって言うなら、一セットだけならいいって」 「うそ」 僕は、バカみたいに同じ言葉を繰り返した。 信じられない。でも――嬉しい。 試合に出られるってことが嬉しいんじゃない。みんなが、僕のこと、怒っても当然の僕のことを、チームメイトとして一緒に試合に出ようって言ってくれたことがむちゃくちゃ嬉しい。 「明日の試合、男の子として堂々と出ていいからね」 「うん」 * * * そして、育良高校での練習試合。 僕の出番は、三セット目だけ。ルールは、先に2点差つけて25点取ったほうが勝ちのラリーポイント制、三セットマッチ。普通は三セットマッチの場合、先に二セットとったチームの勝ちで終わるんだけれど、今日は練習試合だから三セットまでやることになっている。 「いい? とにかく、第一セットとるよ。育良は後半ノッてくるチームだから、最初のセット落とせないからね」 ひよちゃんのゲキに、みんながうなずく。 僕は、ベンチに座って、みんなの戦いを見る。 ひよちゃんの言葉どおり、第一セットは25対20でうちがとったけれど、二セット目は苦戦。ひよちゃんは長身を生かして、プロックもバックアタックもがんばってるんだけれど、エースアタッカーが一枚足りないから。一年生でレフトに入った南さんは、一セット目はそこそこ点を取ったんだけど、ここに来てプロックされることが多くなってきた。結局、終わってみたら第二セットは11対25で大差をつけられていた。 「すみません」 南さんがひよちゃんに謝っている。 「まあ、こんなものよ。育良が強いのはわかっていたんだし、南は、よくがんばった。もっと高く跳べるようになったら、もっと点取れるって」 「はい」 「さ、第三セットは、ショーリが入るよ」 みんなが、僕を見た。 ここに来る前、みんなと待ち合わせした場所で、僕はこの人たちからめちゃくちゃに―――歓迎された。 ジュンの姿は無かった。 「も〜う、中学生なんだって?」 「信じられない、本当に男の子なんだ?」 「ひどい従姉を持って、かわいそうだったね」 口々に言って、僕の頭をかき回すお姉さんたち。 一年生の女の子たちも、 「先輩かと思ってたのに、すっかりだまされました」 「ねえ」 と、笑ってくれた。 「ご、ごめんなさい」 本当にごめんなさい。深く頭を下げると、 「来年、うちに入学したら、名誉部員として入部させてあげるよ」 みどりが、ポンと肩を叩いて笑った。 ひよちゃんがみんなに信頼されて好かれているから、きっと僕のことも許してもらえたんだ。 本当にごめんなさい。そして、ありがとう。 僕は今日、精一杯の試合をする。 この人たちのチームメイトとして。 「行くよっ」 「はいっ」 コートに入ると、育良高校のキャプテンがネットを挟んだ目の前にいて、 「きみが、相川さんの従弟か。中学でバレーボールやってるって?」 ニッと笑いかけてきた。ちょっとひよちゃんに似たボーイッシュな人。感じは悪くない。 ひよちゃんは、この人にライバル心を燃やしているんだって聞いた。 「はい。今日は申し訳ないですけど……」 「別に、かまわないよ」 「……勝たせてもらいますから」 育良のキャプテンが目を丸くした瞬間、笛が鳴った。 勝つ気は満々だったんだけれど、相手もそう簡単に許してくれない。育良のキャプテンは、ひよちゃんなみにガードが固い。それでも第二セットよりは点差は開かず、3点ビハインドのまま迎えた一回目のテクニカルタイムアウト。指示を聞きながら汗を拭いていると、体育館の入り口が突然騒々しくなった。 「ああ、間に合った」 「もう第三セットかよ」 「どうなってんの? ゲッ、負けてんジャン」 「しっかりしろよ、女子」 男子バレー部の人たちだ。 「あいつら、今日は来なくていいって言っといたのに」 ひよちゃんが、舌を打つ。 僕はとっさに陸さんの顔を探してしまって、いないことにホッとしたのと同時にやっぱりガッカリして、たぶん変な顔になったんだと思う。ひよちゃんが言った。 「ショーリ、外野は気にしないで」 「う、うん」 時間がきて、コートに入ると 「こずえっちゃーん」 「がんばれーっ、こずえちゃあん」 白石さんや高島さんの野太い声がして、僕は力が抜けそうになった。 「あんたたちっ!」 ひよちゃんが怒鳴り返すと、審判が笛を吹いて注意した。 「こずえちゃんの必殺顔面スパイク、見せてやれぇ」 白石さんが、笑っている。 ジンときた。 怒っているひよちゃんには悪いけど、なんか、胸に来た。 都合のいい解釈だけど、白石さんたちが『気にしてない』って、僕が男だったこと『別に、いいよ』って、言ってくれてる気がした。 (ありがとう…) 本当に許して欲しい人は、今ここにいないけれど――そんなことまで願うのは、虫が良すぎる。 僕は、酷いことをしてしまったんだし。 でも少なくともここにいるみんなが許してくれたこと、ものすごく嬉しい。 がんばるよ。 絶対、勝つ。 みどりから高くあがった白いボール。踏み込んで、左手を大きく振り上げてジャンプ。右手に精一杯の力をこめて、叩きつける。 僕のボールは、相手のコートに突き刺さる。 「やったああっ!」 みどりが僕に抱きつく。 25点目が入って、笛の音が体育館に響いた。 勝った。 男子の応援が効いたのか、後半みんなの動きが確実によくなって、僕自身もスパイクがガンガン決まって、最後のこれは快心の出来。 「さすが、男の子ね、あのスパイクは取れないわ」 育良のキャプテンが右手を差し出してきた。 「こういう練習もいいわね。たまにやりましょう」 「えっ」 クスクスと笑っている。さっぱり系、やっぱりひよちゃんに似てる。 「あ、ありがとうございました」 「ショーリ、最後のスパイク、すごかったよ」 ひよちゃんが、誉めてくれた。 「うん」 自分でも、ちょっと、あの陸さんのスパイクに近づいてたかなって思う。 「オメデト〜♪ こずえちゃん」 白石さんだ。 「来ないでいいって言ったのに」 ひよちゃんが腰に手を当てて、横目で見ると 「せっかく来てやったのに、そりゃねえべ」 白石さんは顔をしかめた。 「どうせ来るなら、もっと早く来ればいいじゃない」 ひよちゃんの言葉に、 「来ようと思ったんだけどね」 「肝心の奴が、つかまんなくってよ」 白石さんと高島さんの言葉にハッとした。白石さんは、そんな僕に気がついて 「心配するな。俺はこずえちゃんの味方だから」 右手を曲げてガッツポーズ。 「余計なことは、しなくていいの」 ひよちゃんは、白石さんの背中をバンと叩いて、そしてみんなを振り返った。 「さ、打ち上げ行くよ」 そして、僕の夏は終わった。 両親が沢山のお土産と共に帰ってきて、カレンダーが八月から九月になって、制服が夏服から黒い学ランになって―――。 いつもの日々が始まる。 「おい、勝利」 通学途中、後ろから頭を叩かれた。 「イタッ」 振り返ると、 「元気だった?」 同じクラスの森下義男だ。夏祭りで会ったこと、知らないよね。 森下は、僕の首に手を回して、 「なっ、宿題やった?」 「うん、一応ね」 「貸してくれよお。俺、夏の間、親戚の家に泊まりに行っててさ、宿題持ってかなかったから、全然やってねえの」 「やっぱり」 「えっ?」 「あ、ううん、何でも」 「なあ、勝利はどうしてた? 夏休み」 夏休み。 女の子の格好して、男の人好きになって、そして失恋しました。 言えないなあ。 「とくに、何も……」 「えーっ、つまんねえなあ」 森下は、首にまわしていた手で僕の頭を抱えて自分の頭にすり付けるようにして言った。 「かわいそうに。宿題見してくれたら、俺、ゲーセンおごってやるよ」 「ふふ…」 と、笑った僕の目の前に、突然現れた人。 「あ…」 僕は、思わず固まってしまった。 (陸さん……) |
HOME |
小説TOP |
NEXT |