試合が近いんで短めだったわりにハードな練習が終わって、ヘトヘトに疲れた身体を気力で運んでいると、後ろから肩をつかまれた。
「ジュン…さん?」
 練習中から嫌な視線を送ってきたジュンが、僕を見下ろしている。
「話があるの」
(やな予感……)
 ジュンは僕に目で「ついて来い」と言って、体育館の奥、二階に続く階段のあるドアを開けた。上にあがるわけじゃなくて、そのドアの裏で僕たちはにらみ合った。
「なんですか? 話って」
「みんなの前で言ってもよかったんだけど」
「何を」
(すごく、嫌な予感)
「あんたが、男だってこと」
(やっぱり……)
「何言ってるの?」
 とりあえずとぼけてみた。無駄な足掻きだけど、ひょっとしてカマ掛けられてるだけかも知れないし。
「とぼけないでよ、あのパンツ、あんたのでしょう」
「あれは、ひよちゃんのお守りだよ」
「ふざけないでよ。あれ、あんたのカバンの中にあったんだから」
「なっ!」
 まさかとは思ったけど。
「人のカバンからパンツ盗むなんてサイテー」
「なによ、水泳の時にパンツ隠すのとかイジメの定番じゃない」
「定番って」
 呆れる僕に、
「自分のだって、認めたのよね」
 ジュンは意地の悪い笑みを見せた。
「ぼ、私のだけど、お守りだもん」
 ひよちゃん作戦をとったら
「相川勝利」
 突然名前を呼ばれて、ビビッた。
「昨日、弟に電話させたの『勝利君いますか』って」
 あ、あの電話……。
 ジュンなら同じ部のひよちゃんの家の電話番号、知ってて当然。
 でも、弟まで引っ張り出すなんて何考えてるんだよ、こいつ。
 僕が何も言えずに黙っていると、
「広海は、当然知らないのよねえ、このこと」
 ジュンに言われて、カッとした。
「広海とか、呼ぶなっ」
「なによ」
「そんな話なら、帰る」
 どうしていいかわからない。とにかく、この人の前から逃げたい。
「待ちなさいよ」
「嫌だ」
「広海に言うわよ」
(うっ)
 身体が金縛りにあったように動けなくなった。
「だまされてたなんて知ったら、広海、なんて思うかしら」
 ジュンは腕組みをすると、ドアを背にして、僕を逃げられないようにして言った。
「本当のこと、バラされたくないなら、言うことききなさい」
「言うこと?」
「そうよ」
「どういう?」
 いい話であるわけないけど。
「そうね。まずは広海にサヨナラしてもらうわ。他に好きな人ができたとか言って、広海を振ってちょうだい」
「なっ…」
「そして、傷心の広海を私が慰めるの、どう?」
 突然両手を握り合わせて、瞳をキラキラさせて言うんだけど、何、こいつ。
「絶対、嫌だ」
「男だってばらされて別れるのと、女のままで別れるのと、どっちがいいのよ」
「それは……」
 女の子のまま別れようと思っていた。
 でも、陸さんを傷つけて別れようなんて思っていなかった。
(でも、そしたら……)
 どうやって別れるつもりだったんだろう。
 
 僕が突然消えるっていうことは、結局、陸さんを傷つける。
 僕は、本当に馬鹿だ。
 何で、こんなこと始めてしまったんだろう。
(なんで……)
 ――ただ、陸さんが好きだったから。女の子のふりしてでも、そばにいたかったから。
 でも、そのことが、陸さんをだまして傷つけることになるなんて――あの時の僕は気がつかなかった。

 どうしよう。



「どうなの、勝利クン」
 僕が黙っているのに焦れて、ジュンが険しい声を出した。
「……あんたと陸さんがくっつくのだけは、死んでもヤ」
「なんですってっ」
 窮鼠猫を噛む。
「僕が男なんて言ってるの、あなただけだよ」
 僕は開き直った。
「どこにも証拠なんてないんだから」
「何言ってるの?」
「あのパンツはひよちゃんのだし、電話なんて掛かってきてないもん」
 泣きたい気持ちで、ジュンを突き飛ばしてドアをあけようとしたら、
「待ちなさいよ」
 腕をつかまれて、ねじ上げられた。
「やっ」
「証拠なんて、あんた自身じゃない」
「やめろ、離せよ」
「証拠見せてもらうわ」
「やっ、やめろって」
 ジュンの手が僕のトレーニングウエアにかかる。
 僕は必死に抵抗して、そしてどうにかドアを開けて、外に出ようとした。
「待ちなさいっ」
「嫌だっ」
 振り払ったとき、ウエアがまくりあがった。
「あっ」
 とっさに押さえようとしたけれど、ジュンの方が早くて、ウエアを掴むと、そのまま僕の頭からスポンと抜いた。
「やっ」
 ドアは開きかけていて、抵抗していた僕の身体は反動でドアから転げ出た。
 体育館の中に。
 そして、そこには―――
「こずえ?」
 僕がいないので探しに来たひよちゃんと、そして練習を終えた男子バレ―部の人たちがいた。





「こずえ……」
 ひよちゃんが目を瞠る。
 僕は、上半身裸のまんま、体育館の床に倒れている。
 シンとした体育館に、ジュンの声が響いた。
「見たでしょ、男なのよ」

 そこにいた全員が、僕を見つめる。
 僕の、まっ平らの胸。
 ひよちゃんが動いて、ジュンが持っていた僕のユニフォームを奪うよう取り上げて、僕の身体の上に落とした。
 僕は、それで、ノロノロと起き上がりユニフォームを着ようとしたけれど、手が震えてうまくいかない。
 陸さんが、僕を見ている。
 顔を上げられない。




「どういうことだよ」
 陸さんの声。
 ビクッと身体が震えて、顔を上げると陸さんがひよちゃんに食って掛っていた。
「お前ら、だましてたのか」
 怒ってる。
(陸さん……)
「俺をからかってたって?」
(違う、陸さん……)
「そういう意味でだまそうとしたわけじゃないし、からかおうなんて思ってもいなかったけど」
 ひよちゃんがボソリと言うと、
「じゃあ、一体、どういうつもりだったんだよ」
 陸さんはひよちゃんの胸倉をつかむ勢いで、
「やめてっ、陸さん」
 とっさに駆け寄って間に入ると
「るせぇ」
 陸さんの振り払った手が僕の左眼にモロに入った。
「イタッ」
 そのまましりもちをついたら、
「ショーリ」
 ひよちゃんが叫んで、僕を助け起こす。
「なにするのよっ」
 陸さんに怒鳴ってる。
「や、やめ…」
 やめて、ひよちゃん。
 僕たちが悪いんだよ。
 左眼がジンジンして涙が零れて、うまく言葉が出ない。
「帰ろう、ショーリ。あんたの王子様って、所詮こんな男よ」
「ひよ、ちゃ…」
 違う。僕たちが悪いんだから。
 ひよちゃんは僕を助け起こして、肩を抱いて無理やり歩かせた。
 僕は、陸さんに謝りたくて、でも、ひよちゃんはズンズン歩いて。
「ごめんなさい……」
 呟いて振り返ったけれど、涙でかすんだ目には、陸さんがどんな顔しているかも見えなかった。





「ごめんね、ショーリ」
 家に帰ると、ひよちゃんは僕に謝った。
「こんなことになるのって、予想できたんだけど」
「ひよちゃん」
 僕は、意外なことに、落ち着いていた。
 陸さんにこんな形でばれたこと、悲しくて、恥ずかしくて、申し訳なくて――でも、もう陸さんをだまさなくていいんだと思うと、心のどこかでほっとしていた。
「いいんだよ、僕の方こそごめん」
「えっ?」
「育良高校との試合、僕、出られなくなっちゃったよね」
「……いいわよ、もう」
「このために頑張ってきたのにね」
「いいって」
 ひよちゃんは、僕をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、ショーリ、変なことさせて」
「謝らないでよ、楽しかったよ」
 そう、楽しかった。
 女の子としてすごした二週間とちょっと。
 バレー部の人たちと一緒に汗を流した時間も、陸さんと過ごした時間も、全部楽しかった。
 だから、ひよちゃん、謝らないでよ。
(でも……)
 陸さんのことを考えると、胸がきゅっと痛くなった。
「ひよちゃん、陸さんには、謝っておいてね」
「ショーリ」
「僕は、自分が好きでやったことで……いい想い出もできたって思えるけど……」
 陸さんは、そうじゃないから。
「私さ」
 ひよちゃんが、鼻をすすった。
(え?)
 泣いてたの? 
 慌てて顔を上げたら、目を赤くしたひよちゃんが僕をじっと見た。
「私、前にも言ったけど、アイツ、ショーリが男の子でも気にしないで付き合ってくれるんじゃなかって思ってた」
「ひよちゃん」
「だって、あんたは、その辺の女なんかより、ずっとかわいくて、優しくて、いい子なんだから」
「ひよ、ちゃ…」

 胸が詰まって、涙がこみ上げてきた。
 そして僕は、落ち着いてたと思ってたのに、ひよちゃんにすがってワンワン泣いてしまった。男なのにかっこ悪いとか、そんなこと考えられなかった。ひよちゃんは、黙って僕の背中を撫でてくれて、それが優しくて、いつまでも涙が止まらなかった。






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