「ひよちゃん、ひどいよ」
「何がよ。ショーリが頼んできたから、声色使ってオバサン役やってやったんじゃないの」
 二つ目のプリンを食べながら、ひよちゃんがケロリと言う。質より量だと思って三つ入りパックを買ったのは正解だった。三つ目も自分で食べるんだろう。
「でも、ちょっと驚いた」
「えっ?」
「だって、あの陸が、真面目に謝ってるのよ」
「陸さん、真面目な人だよ」
「うん、まあ、そうなんだろうケドね。あいつモテルからね、女に関してはもっといい加減な奴だと思ってた。実を言うとね」
「そんなことないよ」
「はいはい」
 ひよちゃんは、どうでもよさそうにうなずく。
 僕は、ふと、以前陸さんが言っていたことを思い出した。
「そういえば、ジュンの」
「えっ?」
「あ、えっと…ジュンさんが陸さんのこと好きで、追っかけてた時に、ひよちゃんが間に入ってくれたって」
「ああ、あれねぇ」
 ひよちゃんは何か嫌なことを思い出したように顔をしかめた。
「ジュンも思い込み激しいから……あ、そうそう、だから言っとこうと思ったんだけどね」
 綺麗に舐めたスプーンの先で僕を指す。
「あんまりジュンの見てるところで、陸とイチャイチャすると、何されるかわかんないよ?」
「うん」
 足くらいは、引っ掛けられたよ。
「でも、別に僕たちイチャイチャなんてしてないよ」
「自分たちはしてないつもりでも側から見るとねえ」
「何?」
「お互いを見てたりするのが、モロばれだったり」
「うっ」
 僕は、心当たりがあるだけに下を向いた。
 確かに僕は、時々無意識に男子コートを見てしまう。陸さんの姿を追って。
「まあ、それくらい、私はかまわないけどね。あっ、でも、練習には身を入れてもらうわよ。いよいよなんだからね」
「わかってるよ、だから頑張ってるじゃん」
「うん、疲れて寝過ごすくらいね。ああ、そうだ。もう明日と明後日はデートしないで早く帰ったら? ゆっくり休んで日曜に備えるの」
「日曜?」
「デート計画のハイライト、ディズニーランドでしょ?」
 ああ、そうだったっけ。
「貴重な一日デートに、二人して眠りこけてちゃ、悲惨だもんね」
「……そうだね」
 僕たちの最後のデートになるんだ。
 しんみりしたら、
「花火見ながら本当のことうちあけるってのも手かもよ」
 ひよちゃんが言った。
「むちゃ言うし」
「むちゃじゃないよ」
 ひよちゃんはまた真面目な顔になった。
「私さ、陸はショーリが男の子だって知っても、案外気にせずに付き合ってくれるんじゃないかな…なんて思ったりもしてるんだ」
「まさか」
 ありえない。
「うーん。でも、陸はマジでショーリのこと好きなんだと思うんだよね」
 ひよちゃんの言葉に顔が熱くなる。転がっている枕を拾って、抱えて顔を埋める。枕カバーがほっぺたを冷やしてくれた。
「さっきの電話でもさ、わざわざ保護者に謝ろうなんて思う?」
「…………」
「よっぽと好きじゃないと」
「でも、それは……僕のこと女の子だって思ってるからだよ」
「……う〜ん」
 ひよちゃんは、三つ目のプリンのふたを開けた。





 次の日、練習が終わってシャワーを借りた後、
「あれ?」
 替えのパンツを忘れていることに気がついた。
「入れたと思ったのに」
 スポーツバッグの中を探したけれど、どこにもない。
(ま、しょうがないや)
 あんまり気持ちよくはないけれど、はいてきたパンツを引っ張り出す。
 そういえば、去年部活の先輩でパンツが汚れたら裏返してはくって言う人がいた。そっちの方がよっぽど気持ち悪いと思ったなあ。
「ひよちゃん、ありがとう」
 シャワー室から顔を出すと、
「んじゃ、今日はデート無しなら私に付き合いなさいよ」
 先にシャワーを終わらせたさっぱり顔でニッと笑った。
「うん。でも、日曜に備えて早く帰るのが目的だったんだから、ひよちゃんと出かけるのはどうなの?」
「すぐに帰るよ。それに、これも日曜に備える一つなんだから」
「え?」
「いいこと考えたんだ」
(ひよちゃんの『いいこと』って……)
 ちょっと不安になりつつも、僕はひよちゃんには逆らえないんだ。



「ここよ」
 ひよちゃんに連れて行かれたのは、美容院みたいなところだった。でも美容院じゃない。棚には色とりどりの小さな瓶がぎっしり並んでいる。
「何? ここ」
「ネイルアートのお店」
「ねい?」
 何それ。
「私たちって爪伸ばせないでしょ。だから、うちの部の子たち結構ここで作ってるの」
「作ってる?」
(…って何を?)
 そして、すぐにわかった。
「アキさん、この子にピンク色のかわいい爪作ってあげて」
「ええっ!」
「あら、いらっしゃい」
 奥から出てきたのは派手な顔立ちの女の人で、僕を見て赤い唇の端をニッコリと上げた。
「可愛いわね、この子もバレー部の子?」
「そう。明後日デートなの。だから」
「勝負デートなのね」
「そうそう」
 な、何を勝負? 
「ちょっと見せてね」
 僕の手をいきなり取ると、しげしげと指の先を見ている。
「あら、綺麗な爪してるじゃない。ちょっと深爪だけど」
「アタッカーだもん、しかたないのよ」
 ひよちゃんも一緒に見てる。何だか恥ずかしい。
「そうね、スポーツしてる手って感じよ」
「あ、あの……」
 ことの次第がようやく飲み込めた僕。
「ぼ、わ、私の、爪を作る、の?」
「そう、私がプレゼントしてあげる」
 ひよちゃんは椅子に座って、ガラスケースの中を覗き込んだ。
「ほら、ああいう桜貝みたいなの、可愛いよ」
「うっ、うそ……」
 その後三人ですったもんだした挙句、飾りも何も無い、ただのつけ爪を作るということで落ち着いた。
「一本くらい、お花とか飾りがあったほうが可愛いわよ」
 アキさんは粘ったけれど、
「いいえ、大丈夫です」
 僕も必死に戦った。
 何が大丈夫かよくわかんないけど、長い爪を付けるだけでも死ぬほど恥ずかしいんだから。お花とかビーズとかは、勘弁して欲しい。
「そうだね。こずえだったら清楚な感じの方がいいね。色もキツクしないで、このベビーピンクくらいにしてくれる」
「わかったわ」
 そして僕は、ふにゃふにゃと指先をマッサージされて、ペタペタとマニキュアみたいなもの(いや、そのまんまか)を塗られて、二人のおしゃべりを聞きながら長時間拘束されて、よくわからない目にあいながら、何でひよちゃんはこんなことをするんだろうと考えていた。
「じゃあ、明日取りに来るね」
「お待ちしています」
 アキさんにお見送りされて僕たちは店を出た。まっすぐ帰るのかと思ったら、
「あと一ヶ所」
 ひよちゃんは僕を引っ張っていった。
「ここ?」
「うん」
 ここなら知ってる。マツモトキヨシ。
 ドラッグストアーに何の用なんだろうと思ったら、
「こっち」
 ひよちゃんは階段を上がっていった。
「ひゃあ」
 二階は化粧品屋さんになっているなんて、知らなかった。
 そしてひよちゃんは、なんだかよくわからないものを色々買っていった。


「シンデレラに魔法をかけてやろうと思って」
 ひよちゃんがテーブルの上に楽しそうに広げたのは、マツモトキヨシで買った化粧品と、アキさんのお店で作った薄いピンクの付け爪。そして椅子の上には、多津子おばさんがひよちゃんの為に買いながらタンスの肥やしになっていたフワフワヒラヒラのワンピース。
 今日は日曜。陸さんとディズニーランドに行く日。
「髪も巻いてあげるからね」
「何すんの? あ、熱いよ、ひよちゃん」
「いいからじっとして」
「でも、ひよちゃん」
「黙れって、目ぇ瞑ってなさい」
(う……)
「ショーリが、祭りの夜に学校の友達に会ったって言ったでしょう。だから、もう女装やだって」
「うん」
 祭りの次の日、西高に行く途中でそう言った。どこで誰に会うかわからないんだって気が付いたから。
「だったら、知ってる人が見てもショーリだってわからないくらいに、女の子にしてあげるよ」
「ええ?」
「他人の空似ですって知らん顔しなさいよ」
「そんな」
 僕の顔、今、どうなっているんだろう。
「大丈夫、私、自分じゃしないけど、ひとのをやってあげるのは上手いんだよ」
「はあ……」

 そして一時間後、僕は鏡の中に、自分とは思えない顔を見た。

「我ながら、上出来だわ」
 ひよちゃんが満足げにうなずく。
 本当に、シンデレラの魔法みたいだ。

 どこからどう見ても、女の子だ。
  




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