それから次の日も、僕たちはデートした。


 昨日は駅ビルの本屋に入って好きな本を教え合ったり、CDを選んだり。最後はマクドナルドで照り焼きバーカーを食べて帰った。
 今日は、ゲームセンター。
 カーレースは陸さんのほうが断然上手いんだけど、僕も格ゲーは得意だから、むきになってやった。だてにPS2毎日やってないんだから。
「やったぁーっ」
 僕の操っていた中国娘の蘭蘭が、画面でジャンプする。
「げぇっ、マジ? 俺、二連敗? 信じらんねーっ」
 陸さん、すごく悔しがってる。
「お前さ、強すぎ。家でもやってんじゃねえの」
「うん。あっ、たまに……」
「嘘つけ! たまにじゃねえだろ」
「うん……本当は毎日」
「変なオンナ」
 陸さんはゲラゲラ笑った。口は悪いけれど、本気で言ってるんじゃなくって。
 陸さんが笑うと、僕も何だか幸せな気持ちになる。

「明日は日曜だろ? 予定どうなってるんだっけ」
 陸さんは、ポケットの中から、もうグチャグチャになりかけているひよちゃんの計画表を取り出した。
「なんか、パックツアーの年寄りみたいだよな、俺たち」
「うん……でも、ひよちゃんが、せっかく考えてくれたんだし……」
「まあな。さすがだよ。俺だったら、こんな計画立てらんね。行き当たりばったり得意だし」
「でも、ひよちゃんが、陸さんは試合の時、色々考えて動いてるって」
「えっ?」
「頭脳プレイヤーだって言ってたよ」
「マジ? 相川、そんなこと言ってた?」
「うん」
「照れるな、本当のこととはいえ」
 髪をかきあげるふり。短いのに。
「ふふふ……」
「他になんか、言ってた?」
「バレーしか、とりえ無いって」
「なんじゃ、そら」
 二人で笑う。
 僕たちは、もうずっと付き合ってる恋人同士のように、ふざけたりもできるようになった。






 日曜日は、ひよちゃんの言ったとおり、地元の夏祭り。大きな神社から駅前の商店街にかけて、たくさんの屋台が並んだ。
 僕は、多津子おばさんに浴衣を着付けてもらった。この間言ってた、おばさんのタンスから出した朝顔柄のやつ。
「男の子は、もっと下で結んだ方がいいんだけど」
 帯をしめる段階になって、
「いいの、いいの。もっと上で結んでやってよ」
 ひよちゃんが細かく口を出してきた。
「胸が貧弱だから、このタオルも入れてやって」
「まだ女装ごっこの続きなの?」
「まあね」
「だったら、帯も可愛く結んであげるわよ」
 多津子おばさんも、ノリやすい人だ。
「ああ、カワイイ、本当にひよ子と逆ならよかったのにねえ」
 帯を結んでくれた多津子おばさんが、ポンとお尻を叩く。
 そのひよちゃんは、Tシャツに洗いざらしのシーンズという、またまた男前な格好だ。
「私が浴衣着たら、バカボンになっちゃうもん」
「関取じゃないだけ良かったわよねえ」
「実の娘に言う台詞か」
「それで、今日は二人とも遅くなるの?」
 おばさんに聞かれて、二人で顔を見合わせた。
「ううん、そんなに遅くはならないよ。ねっ、ショーリ」
「う、うん」
 おばさんは、僕たちが一緒に祭りに出かけると思っている。
 実際は、僕もひよちゃんも、別々のところで待ち合わせをしている。
「じゃ、お小遣いちょうだい」
 ひよちゃんが手を出すと、おばさんは
「はい」
 僕とひよちゃんに千円ずつ握らせてくれた。
「ひいっ、今どき、千円なんて小学生でもないよ」
 ひよちゃんが言うと、
「お祭りなんて、買うものたかがしれてるでしょ? せいぜいその範囲で楽しんできなさい」
「その範囲って」
「おやつは五百円まで。で、普通でしょ」
「先生、バナナはおやつに入りますか?」
「縁日のバナナはおやつのうちだね。チョコレートかかってるからね」
 多津子おばさんとひよちゃんの掛け合いをききながら、僕は、窓に映る自分の浴衣姿をそっと見た。
(陸さん、なんて言うだろう)
 胸が苦しいのは、きつく絞めた帯のせいでも、無理やり入れたタオルのせいでもない。
 早く、陸さんに会いたい。




 待ち合わせの場所には、陸さんのほうが先に来ていた。
「陸さん」
「こず…」
 陸さんは振り返りながら僕を見て、突然、黙ってしまった。じっと見られて、僕は落ちつかなくなる。
「お、陸さん?」
「えっ、ああ」
 陸さんはハッとしたように返事して、そして気まずそうに笑った。
「浴衣着てくるなんて、言わなかったじゃん」
「ひよちゃんが」
 あっと驚かせてやれって言ったんだ。
「お祭りだから、って……」
「あ、うん、いい、似合う、サイコー、浴衣、ゲタ」
「陸さん?」
「わり。緊張して、ヤザワになってるな、俺」
「ふふふ……」
 照れたように鼻の頭を掻く陸さんがカワイイ。
 陸さんだって今日はいつもの制服じゃなくって、スリムなジーンズにブランドものらしい開襟シャツで、キマってる。
 背が高くって脚が長いから、何着てもカッコいいんだろうけど、一つ間違うとヤクザっぽくなりそうな柄シャツでもこんなに凛々しく見えるのは、ハンサムな顔のおかげだよね。って、僕もそうとう陸さんにメロメロだ。
「じゃ、行くか」
 自然に右手がつながれて、僕は小さくうなずいた。
「何食べる?」
「もう食べるの?」
「祭りっていったら、それだろ?」
「うーん、じゃあ、綿菓子」
「定番だな」
「でも、他に美味しそうなのあったら、それにしよ?」
「ラジャー」
 僕たちは、屋台を冷やかしてブラブラと歩いた。


「あら」
 声を掛けられたという訳でもない、訝しげな問いのようなものに思わず振り向いてしまったのは、大失敗だった。
「あっ」
 ジュンが、手に金魚の入った袋と焼きりんごを持って立っていた。
「うっ、松島」
 これは、陸さん。
「行こう」
 陸さんは、僕の手を引いて足早にその場を去る。
「あ、ちょっと」
 ジュンの声は聞こえたけれど、陸さんは聞こえないふりで歩く、歩く、歩く。
「お、陸さんっ」
「アイツがいると、ろくなことねえから」
「う、うん……」
 それはわかるんだけど、引っ張られて歩いて、足が痛い。
「あ、足が…」
 僕が立ち止まると、
「えっ?」
 陸さんは振り返って、僕の下駄を引きずっている左足を見て、
「ごめんっ」
 慌ててしゃがんだ。
「皮、むけてる」
 左足の親指の内側を見て言う。
「痛い?」
「ううん、大丈夫」
 陸さんに裸足を触られて、恥ずかしくて足を引いた。
「あ」
 モジモジする僕に、
「恥ずかしがってる場合かよ」
 陸さんも何だか恥ずかしそうに立ち上がる。
「サンダル買って来てやる」
「えっ?」
「待ってろ。この近く、靴屋あるから」
 陸さんは、呼び止める間もなく、さっと走って行った。
 僕は、その場でぼんやり佇んでいたんだけれど、前から歩いて来る人の顔を見て息を飲んだ。
 同じクラスの、森下義男。
(げっ! こんな格好、見られちゃ……)

「ど、どうしよう」
 森下は、どんどん近づいて来る。後ろを向いてごまかすっていう手もあるんだけど、もしも顔を覗き込まれたりしたら。
 焦る僕の目に、ある物が飛び込んでくる。
「あっ」
 これだ。
 僕は、屋台の横に立つヤンキー風のお兄さんに言った。
「これ下さいっ」
 ピカチュウのお面。
「はい、千円」
「たかっ!」
 一瞬引いてしまったけれど、背に腹は代えられない。
 多津子おばさんから貰った千円は、こんなものに消えてしまった。
(ごめんなさい)
 ピカチュウのお面をした僕の前を、森下は通り過ぎていく。チラリと僕の顔をみて怪訝な顔をしたけれど、それは僕が女の子の格好をしているからじゃなくて、ピカチュウのお面をつけているからだ。
(これも、恥ずかしいけどね……)
 丸く切り取られた視界の先に、見覚えのある柄シャツが見えた。
「こずえ?」
「あ…」
 お面をしたまま見上げると、
「お前、何してんの?」
 呆然と僕を見る。お面を外して
「えっと……仮装」
 正直に言ったつもりだけれど、陸さんはひどくウケていた。
「ば、ばかじゃねーの」
 あはははと笑って、
「それって、いくらしたんだ?」
「……千円」
「マジ?」
 目をむく。
「おこづかい、ほとんどなくなっちゃった」
 おばさんがくれたの以外に持ってきていたのは、五百円くらいだった。
「何、考えてんだよ〜」
 苦しそうに笑った陸さんの右手にサンダルがあるのを見て、
「あっ!」
 気がついて焦った。
「サンダルのお金…」
 払えない。
「ん? いいよ、これは」
 陸さんは僕の足元にサンダルをそっと置いた。
「痛くなさそうなの、選んできたから」
「あ、ありがとう」
 道の端っこで、下駄を脱いで履き替える。しゃがんだままの陸さんの肩を支えにして。
 僕が脱いだ下駄を持ったまま陸さんは立ち上がった。
「行くか」
「あ、うん…下駄、僕、私が、持つよ」
 言ったら、クスッと笑って僕に差し出した。
「結構、足でかいよな」
「あ、うん」
 下を向いたら、
「うそ、ゴメン」
 陸さんの手が、肩に回った。
(ひゃあ……)
 これって、肩を抱かれているってヤツだよね。
 僕は恥ずかしくてたまらなくなって、頭の上にのせていたお面をまた顔にずらした。


 どれくらい歩いたんだろう。陸さんに連れられるまま歩いて、気がついたらお祭りの音楽が遠くなっていた。
「あれ?」
 不思議な気がして立ち止まると、陸さんは僕の顔をチラッと見て、肩に回していた手に力をこめた。
「陸さん?」
「こっち」
 連れて行かれたのは、住宅街の小道。電燈も届かない塀と塀の間の暗がり。
(これって、まさか)
 ドキッとしたら、案の定っていうか、陸さんは僕を抱きしめてきた。
「あ…っ…」
 僕はどうしていいかわからずに、空いている手で陸さんのシャツを掴んだ。
「こずえ…好きだ」
 耳元で囁かれて、僕はクラリとした。
 片手で頬を包まれて顔を持ち上げられて、陸さんの唇が僕のそれに重なった時、僕は持っていた下駄を落とした。
 唇が触れている。
 それだけじゃなくて、陸さんの舌が僕の唇を舐める。ゾクッてした。
(あ…)
 唇を割って入って来た舌に前歯を舐められて、どうしていいかわからなくて顔を下に向けると、陸さんの手がもう一度僕の顔を上向けた。
「あっ」
 思わず声を上げてしまったら、その隙に陸さんの舌が口の中に入ってきた。
「ん……っ」
 陸さんの舌が僕の舌を探して動く。舌の先が擦れて、僕は身体が震えた。
 くちゅっと湿った音がして、ゆっくりと舌が絡め取られた。
 どうしよう。どうやって息すればいいんだろう。
「う……んぅ……ふ……」
 何とか鼻から息することを覚えて、だんだん頭の中が真っ白になったとき、陸さんの右手が僕の胸に伸びているのに気がついて、僕は血の気が引いた。






HOME

小説TOP

NEXT