「お母さん、前にお母さんが買ってくれた服って、どこにしまった?」
「あら、ひよ子が着ないって言うから、押入れのボックスに入れちゃってるわよ。そうだ、勿体ないけど、今度の町内会のバザー、あれ出しちゃおうかな」
「バザーじゃなくって、フリマでしょ。あっ、でも、使うから出さないでね」
「あら、着るの?」
「私じゃなくてね」

 ひよちゃんは、押入れをゴソゴソ探って、透明のボックスの中から、ピンクや黄色のフワフワした洋服を出した。
「あなたじゃなかったら、誰が着るのよ」
 多津子おばさんは、エプロンで手を拭きながら部屋に入って来た。
「ショーリ」
 僕は、顔をうつむけた。
「勝利君が、どうして?」
 目を丸くしたおばさんに、
「うちの部の余興に、ちょっと女装してもらうの。出来るだけ本格的にして、驚かせたいのよね」
 ひよちゃんは、いつものごとく、しゃあしゃあと嘘をつく。
「いいの? 勝利君」
「は、はい」
「嫌がってるの、無理やりじゃないんでしょうね」
「違うわよ」
「違います」
 二人同時に言ったので、おばさんはビックリしたようだった。
「まあ、いいけど……」
 そして改めて僕を見て、プッと笑った。
「勝利君なら可愛いから、着せがいがあるわよねえ。ひよ子は、可愛い服買ってやっても、全然着てくれないし」
「その前に、似合うかどうか考えて買いなさいよ」
「アンタ、親に向かって、何、その言い方は」
「あ、これなんかカワイイ〜♪」
 ひよちゃんは、多津子おばさんを無視して、ピンクのサマーセーターを僕の前に広げた。



『協力する』と言ったひよちゃんは、言葉にたがわず、残り二週間、僕が女の子として陸さんと過ごせるように、色々と計画を練ってくれた。
「練習が終わった後デートできるように、カワイイ格好して行こうね」
「う、うん」
「これ、私がはいたら大笑いだけど、ショーリなら似合うよ」
「これっ?!」
 ピンクハウスとロゴの入った、ゴージャスなフリルビラビラの重そうなスカートに、思いっきり引いてしまった。
「いくらなんでも、制服の代わりにこれは、ダメだよ」
「そっか、じゃあ、これは日曜のデート用で。あ、今度の日曜は、お祭りがあるから、浴衣のほうがいいか」
「浴衣……」
「お母さん、あの朝顔の浴衣、どこにある?」
 台所に向かって叫ぶひよちゃん。多津子おばさんが怒鳴るように返す。
「それもアンタ着ないから箪笥に仕舞いました」
「どこの箪笥?」
「お母さんの部屋の」
「ちょっと取ってくるね」
 立ち上がったひよちゃんに、
「あ、あの……」
 僕は尋ねた。
「ひよちゃん、ひょっとして、面白がってる?」
「え?」
 ひよちゃんは、目を不自然なほどキラキラと輝かせた。
「何言ってるのよ! ショーリのためじゃない」
(面白がってる……)


 そして、僕は次の日、多津子おばさんがひよちゃんに買ってた『タンスの肥やし』で登校することになった。
 とても女の子らしいピンクのサマーセーターに、白地に黄色の花模様のスカート。裾が広がるタイプだから、なんだっけ、何スカートって、いうんだっけ?
「似合うよ、こずえ」
 並んで歩くひよちゃんはひどく満足気だ。
「あ、足がスースーする」
「当たり前でしょ、慣れなさい」
「うん」
でも何となく落ちつかない。風が吹くたびに、気になるよ。
「下にジャージはけばよかった」
「色気無いわね」
「ブリーフ見せる方が色気ないよ」
「えっ? あんたブリーフはいてんのっ」
「ト、トランクスの方が良かった?」
「馬鹿ねっ! ああ、下着まで気が回らなかった」
 一生の不覚といった感じに額を押さえるひよちゃんに、僕は慌てて言った。
「下着はいいよ。誰にも見せないもん」
「まあね」
 よかった。いくらなんでも女の子用の下着までつけたら、変態じゃん。って、今の僕の格好も、十分変態なんじゃないか?
 恐ろしいことに気がつきかけたんだけれど、僕はブンブン頭を振って、その考えを追い出した。
(愛のためだもん)



「あ、こずえちゃんだ」
「こずえちゃん、オハヨウ〜」
「今日も、めっさカワイイ」
「他人のもんだと思うと、余計なあ」
「アイツに飽きたら、戻って来いよっ」
 昨日公園に来ていた男子部の人たちが、僕を見つけて口々に冷やかしてくる。
「何が、戻ってこいよ。鮭の放流じゃあるまいし」
 これは、ひよちゃん。
「あんたら楽しませるために、こずえカワイイかっこしてんじゃないのよ。陸はどこ?」
「幸せ野郎は、一年に混じってコート整備」
「そうそう。昨日、練習抜け出してイケナイコトしてたからねぇ。罰当番」
 白石さんが僕に向かって片目を瞑った。
 顔に血が上る。
「ふうん……じゃあ、行こう。こずえ」
 ひよちゃんに手を引かれて、僕は下を向いたまま体育館に入った。
「陸」
 ひよちゃんの声に、陸さんが振り向く。ちょうどネットを調整していたところ。すらりとしたユニフォーム姿は、いつ見ても惚れ惚れする。
「相川」
 ひよちゃんに答えながら、陸さんの目は僕を見る。僕は、スカートが恥ずかしくて、無意識にぎゅっとその布を握り締めてしまった。ひよちゃんが気づいてくれて、パパッと僕の手を払った。
「あ…」
「必要以上に脚見せなくていいのよ」
 コクコクうなずく。
 陸さんは、ちょっと赤い顔をして
「何?」
 僕とひよちゃんを交互に見た。
「はい、これ、これから二週間の計画表」
「は?」
「えっ?」
 僕も驚いてひよちゃんを見る。
「私の大切な従妹だからね。敏腕マネージャーがスケジュールを組んであげました。どうせ、あんたたちに任せていたら、二週間ずっと公園でおしゃべりしてるんでしょう」
「ひよちゃん」
「基本的に、イベントだけ入れておいてあげたから、あとは自由行動でね。でも、高校生らしい清い交際で頼むわよ」
「何でそこまで言われなくちゃなんねーの」
 陸さんはちょっと憮然としたけれど、僕は、嬉しかった。
 陸さんの広げた夏休みの計画表には練習が終わった後のお勧めデートコースのほかに、練習が休みの日曜には『夏祭り』と『ディズニーランド』が入っていた。海とかプールとかじゃないのも、考えてくれたんだろうな。
「だから、大切なこずえを任せるからよ。変なことは、しないでよ」
 腰に手を当てて睨みをきかせるひよちゃんに、
「わかってるよ」
 陸さんは、うなずいた。チラッと僕を見て、
「大切なのは、俺だって一緒だ」
 ボソッと言う。
 僕は感激で目眩がしたけれど、ひよちゃんはちょっとだけ複雑な顔をした。




 ユニフォームに着替えようとトイレに急いでいたら、廊下の曲がり角でいきなり足を引っ掛けられた。
「イタッ」
 ビタンと廊下に倒れて、
「な、何するんだよっ」
 顔をあげれば、ジュンが腕を組んで僕を見下ろしている。
 下から見上げたこのアングル、かなり怖い。
「制服がまだ無いのは聞いてるけど、そんなピラピラした格好で来るのは、どうなのかしらね」
 僕は、慌てて剥き出しになった脚を隠した。
「足をかけるなんて、ひどいじゃないですか」
「あら、そんなことしてないわよ。あなたが勝手に私の長い足に引っかかってつまずいたのよ」
 なんてわかりやすい意地悪な人なんだろう。
 シンデレラで言うなら、継母か、意地悪な姉だ。
「ちょっと可愛いからって、いい気にならないでよ」
「別に、いい気になんかなってません」
 僕は立ち上がって、ひざを払った。
「新入りのくせに、態度が生意気よ」
「…………」
 僕は相手にしないでおこうと、そのまま通り過ぎようとしたのに、グッと腕をつかまれた。
「な、何するんですかっ」
「私みたいに、けがしないように、せいぜい気をつけなさいね」
 パッと手を離される。
(うわっ)
 握られたところが赤くなってる。
 さすがエースアタッカーの握力。じゃなくて。
 僕は左腕を擦りながら、ポジションを奪ったことだけでなく陸さんの件も絡んで、ジュンに完璧に憎まれてしまったことを感じた。

「腕立て伏せ五十回」
 ピッピッとなる笛に合わせて腕を曲げたり伸ばしたり、隣のみどりはおなかだけペコペコ上下させるズルをしながら、僕に小声で話し掛けてくる。
「聞いたよ。公園で陸君とキスしてたんだって」
「…………」
 こんな時に、そんな話題ふらないで欲しい。
「私ぜったい、陸君とこずえってくっつくと思ったんだよね、私の勘ってホント当たるんだ」
「……でも、陸さんとジュン、さん、のことは、違ってたよ」
「え?」
「ひよちゃんとも、何でもないって……」
「ああ、だって、それは、勘じゃなくって、噂だもん」
「こら、そこっ! 何、おしゃべりしてるのっ。三十追加っ!」
「ひゃっ」
 いつもにまして厳しい練習の合間、僕は何度か陸さんと目が合って、その度にドキドキして、それをみどりに見破られてはからかわれた。
 練習が終わると、ひよちゃんが僕を呼んだ。
「何?」
「シャワー室、連れてってあげるから」
「えっ?」
「汗臭い身体で、デートはしたくないでしょう」
「で、でも」
「私と一緒に入ればいいわよ。って、シャワーじゃないわよ。カーテンの向こうで、他に誰も来ないように見張っててあげる」
「できるの?」
「ふふふ……三年生のいない今、この部の女王様は私よ。西大后なの、アントワネットなの」
 首、落とされちゃうよ?
「ほら、さっさと来なさい」
 ひよちゃんが、こんなに親身になってくれるなんて、ちょっぴり怖いけど、でも助かる。
 なんせ、体育館の中とはいえ夏の盛り、暑さにムシムシしてるし、一日動いて身体ベトベトだもん。明日から、着替えも持ってこよう。
 僕は髪も洗ってすっきりして、ひよちゃんにお礼を言った。
「ありがとう、ひよちゃん」
「いってらっしゃい。バッグ持って帰ってあげる」
「えっ、いいよ」
「いいわよ。別に重くないし」
「重くないから、僕が持っていくよ」
「ばかね、両手空いてないと、手ぇ握ってもらえないよ」
「えっ?」
 クスッと笑って、ひよちゃんは僕のスポーツバッグを取り上げると、自分のと二つまとめて持って行った。
 後ろ姿が、男前だ。
(ありがとう、ひよちゃん)
 手を合わせて見送って、僕は、今日の予定、駅ビルデートのために、待ち合わせの場所に走った。






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