「俺、アイツとは何でもないから」
「へ?」
 あっ、わかった。
 何か言われたのかって、バレーボールでのイジメじゃなくって、みどりの言ってた方だ。ジュンと陸さんが付き合っていたとか。ひよちゃんとのことの方が僕にとっては重大だったから、つい後回しにしてた。
「何でも、ない?」
「だからアイツとは寝てないし、俺がアイツ捨てたとかゆうのも、全部嘘だから」
「捨てた?」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「いや、だから、そういうたぐいの話は、全部嘘だから」
「……なに、それ」
「そう言うこと、聞いたんじゃねえの?」
「ちがうよっ」
 僕が聞いたのは……って話じゃなくって、何だよ、その話。
 そんな話が出るってことは、火の無いところに煙はなんとかってヤツ。
「陸さん、やっぱりジュンと、付き合ってたんだ」
「ない、ない、ない」
 顔の前で、大きく手を振る。
「誓って、それは無い」
 両手でバッテン。
「でも、みどりがそう言ってたんだよ」
 僕は、勢いづいて言った。
「ああ、やっぱり、そのことで変だったのか」
 陸さんは困った顔をした。
 僕は何となく面白くないからぶうたれている。本当は、ジュンなんかよりひよちゃんとのことの方が大事なんだけど。
 陸さんは、僕の顔を下から見上げるようにして
「松島からは一方的にコクられたけど、断ったんだよ。でも、アイツ、ああいう性格だからわかってもらえなくて」
 ああいう性格?
「俺は一度だって付き合うなんて言ってないのに、付きまとわれて。冷たくしたら、変な噂を立てられて」
 そうだったんだ。
「でも……」
「ん?」
「そしたら、ひよちゃんは?」
「はい?」
「ひよちゃんのこと好きだったとか、付き合ったとか」
「ない、ない、ないっ!!」
 さっきの倍の大声で否定する。
「そうなの?」
 僕は、ちょっとホッとして陸さんの顔をようやくまともに見ることができた。
「相川にはその松島の件で間に入ってもらったりしたけど、付き合ったりとかじゃねえって」
「そうなんだ」
 我ながら単純だと思うけれど、陸さんの言葉に安心して顔が緩んだ。
「よかった……僕、陸さんとひよちゃんが付き合っていたんならどうしようかと思った」
 笑った僕の顔に、陸さんはそっと手を伸ばした。
「僕、っていうの、口癖?」
 しまった。
「あ、う、うん……その、たまに……ゴメンナサイ」
「何で謝るんだよ」
 クスッと陸さんは笑って膝立ちになった。頬が両手で包まれた。
 目の前に顔がある。
「そういうのも、全部可愛い」
「お、陸さん……」
「今日、こずえ、調子悪かったの、俺のせいだったんだ」
「あ…」
「わりい…でも、ちょっと、嬉しかったりして」
 じっと僕を見つめる陸さんの男らしい顔がまぶしくて、頬に当たった手が熱くて、思わず眼を閉じたら――
「こずえ……」
 柔らかいものが、唇に触れた。


「わっ、馬鹿っ、押すなっ!!」
「うわぁっ」
 誰かの大声がして、ギクッと振り返ると
「お前らっ」
 陸さんが、怒鳴った。
「何してんだっ」
 僕たちのいたベンチの後ろに、大きな生け垣があったんだけれど、それが綺麗に倒れて総勢十人ほどの男子が積み重なっていた。
「高島っ、石塚っ……敏樹、お前まで……」
 陸さんが威嚇するように拳を握って低い声を震わせると、
「いや、その…」
「わりい…キャプテンが……」
「そうそう、キャプテンが」
 みんな妙な笑いを浮かべて、ひざの泥を叩き落としながら、次々立ち上がる。
「キャプテンがどうした」
「お前を呼んで来いって」
「十人がかりでかよっ」
 陸さんは、顔を赤くして怒っている。
 僕も、直前の出来事を思い出して、顔が熱くなった。
(キ、キス……?)
 ひょっとして、僕、陸さんとキスしちゃった?
 カアアア……
 どうしよう、熱が出てきた。
 本当に熱だ。
 頬に手を当て、ふらふらしそうな頭を支える。
 陸さんは、みんなに怒ってる。
「ったく、ノゾキみたいなマネしやがって」
「いや、みたいじゃなくて、そのまんまなんだケド」
「ていうか、そういうお前は練習抜け出して、なにイイコトやってんだよぅ」
「なにっ」
「あ、おい、ちょっと待て」
「こずえちゃんが」
「えっ?」
 みんながそろってこっちを見た。
「うわーっ、顔真っ赤」
「目、潤んでるし」
「やばいよ、その顔」
「マジ、ヤバイって」
「見るな、てめえらっ」
 ああ、何だかよくわからないけど、僕たちのこと、ばれちゃった?



 その日、僕は先に家に帰っていたけれど、ひよちゃんもいつもよりずっと早く帰ってきた。
「お、お帰り、ひよちゃん」
 玄関に顔を出すと、
「聞いたわよ」
 ああ、第一声がこれだ。
「な、何を?」
 とりあえず、とぼけてみたけれど――
「男子が大騒ぎしてたからね。うちにもあっという間に伝わったわよ」
「あ…そ……」
 そうなるとは思った。
「……ごめんなさい」
 謝ると、ひよちゃんは呆れた声を出した。
「何、謝ってんのよ?」
「だって、僕……」
「謝るのは、私にじゃないでしょ」
「え…?」
 ひよちゃんは、ユニフォームの入ったバッグを抱えてお風呂場に向かった。
「シャワーも浴びないで飛んで帰ってきたの。待ってて。後でちゃんと話そう」
「う、うん」



 あっという間にシャワーを浴びたひよちゃんがガシガシと髪の毛を拭き終わるのを待って、リビングのソファで向かい合った。ひよちゃんは怒っているみたいな顔で、僕は本気で怖かった。
「それで」
「…………」
「アイツは、ショーリが男の子だって知らないんでしょう」
「……うん」
「で、女の子のふりしたまま付き合うつもりなの?」
「……うん」
「ずっと女の子のふり、続けるわけにはいかないでしょ?」
「あ……」
 僕は、本当に馬鹿だけど、そんなこと考えもしなかった。
「まさか、外国行って性転換手術してくる気じゃないでしょうね」
「そんなこと、しないよ」
「だったら、どうするの、陸に、自分は本当は男ですって、いつかちゃんと言うの?」
「そ……そんなこと……」
 言えない。絶対。言えるわけない。
 僕が唇を噛んでうつむいたら、ひよちゃんは急に優しい声になった。
「泣かないでよ」
「な、泣いて、ない……」
 握りしめた指は震えるけれど、泣いてないよ。
「陸のこと、好きなんだ」
「うん」
 コクンとうなずく。だって、本当に好きになってしまったんだもん。
「どこがいいのよ」
「全部」
「全部って言うほど、何、知ってるのよ」
「……知らない」
 知らないけど、好き。
「……知らない。バレーボールやってるとこしか知らない。公園でおしゃべりしたとき聞いたことしか知らない」
 でも、好きなんだ。
「で、も……でも……」
 こんなに好き。
 目の奥が熱くなった。
 泣かないって思ったのに、握った手の甲にポタリと涙の粒が落ちた。
「……はあ」
 ひよちゃんは、大きな溜め息を吐いた。
「アンタが女の子でいられるのって、あと二週間ちょっとよ」
 ひよちゃんは、ソファに背中を預けて天井を見上げた。
「その間だけでいいって言うなら、私も協力するけどね」
「協、力? ヒック……」
 意味、わかんない。
 鼻をすすって首をかしげると、ひよちゃんは起き上がって涙でグショグショの僕の顔をジッと見た。
「相川こずえとして、陸クンといい思い出づくり」
「ひよ、ちゃ…?」
「シンデレラじゃないけどね、魔法が切れるまでは、女の子になってアイツの恋人として楽しく過ごしてみたら?」
「シンデレラ……?」
(魔法が切れるまで――)

 僕は、陸さんのことが好きで、いつのまにかこんなに大好きで――だから、ひよちゃんのこの提案が、後でどんなことになるかなんて、このときは予想もできなかった。






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