《虹とスニーカーの頃》
ちゅーりっぷコンサートに行った記念SS
これは、もう三年生になってからの二人。




「あ、雷鳴ってる」
海堂は起き上がると、ベッドのすぐ横にある窓を開けた。
「光ってるの、見えるかな」
「海堂、上着、着ろよ」
高遠が、言っても
「暑いから、いい」
そう応えて、海堂は窓の外に首を伸ばした。
海堂のよく日に焼けた背中に視線を走らせて、高遠はふと笑いそうになるのを堪えた。

三日前、高遠と海堂は、三好、上田と一緒に海に行った。

* * *
「海堂くん、寝ちゃったよ」
例によってビール一杯でいい気分になった海堂は、レジャーシートにうつ伏せになって寝入ってしまった。
「日に焼けるな」
例によってまるでお母さんのような高遠がバスタオルをかけてやろうとすると、
「いいじゃねえか、焼きたがってたんだから。さっきオイル塗ってただろ」
三好がその腕を押さえた。
それもそうかと、高遠がタオルを引っ込めると、三好が海堂の背中に、ちょんちょんと何かを乗せた。
「何してんだよ。三好」
「いいから、いいから。あっ、はずすなよ、高遠」
見れば、ガムの包み紙を折って作った二つの細長い紙をクロスさせ、寝ている海堂の背中に乗せている。上田が嬉しそうに三好に尋ねる。
「何?これ?背中のへそ?……にしちゃ、ちょっと大きいか」
「いや、悪徳天使の背徳の十字架……背負わせてやるぜ、くっきりと」
唇を歪めて笑う三好。先ほど海の家で最後一個の焼きそばを海堂に食べられてしまったのを、ちょっとばかり恨んでいるらしい。
「おい、三好」
「まあまあ、すぐに消えるって。かわいい冗談だってば」
「っ、たく」
まあ、寝返りでもしたらすぐに落ちるかと、高遠もそのままにしておいたところ、予想に反し海堂はずっと眠りこけて、その背中にはくっきりと焼け残しのあとがついてしまった。
ただひとつ、三好の計算違いは
「ち、上の棒が上手くいかなかったな」
やや頭のほうから日が射していたからか、それとも紙が浮いていたのか、背中の焼けのこしは、十字架ではなくて棒の突き出ていないTの字になっていた。
「ふうん」
赤くなった背中の、白く染め抜かれたTの字を見て、三好が意味ありげに高遠を見た。
「なんだよ?」
「高遠のTの字だぜ。よかったな」
「ばっ、か、何言ってんだよ」
自分のイニシャルだと言われて、シャイな高遠は赤くなる。
上田は、無邪気に笑って言った。
「ほんとだ。どうせなら、命とか一緒に彫ればよかったね」
いや、彫っちゃいないだろ?とか、三好が突っ込んでいるうちに海堂が目を覚まして起き上がる。
「なに騒いでんだよ」
「あっ、いや、何でもない」
何故か、高遠が慌てる。
三好は、にやにやしながら言う。
「海堂、お前背中ばっかり焼いたから、今度は前焼かないとバランスわりぃぞ」
「え?あ、本当だ。やべ」
そして、そのあと海堂は、今度は上を向いて寝たのだった。


* * *
そのTの字が、海堂のホクロ一つ無いすべらかな背中にくっきりと浮いている。
(まだ気がついて無いのかな)
高遠は、つい指を伸ばしてその字に触れた。
「ひぁ」
海堂が、ビクンと背中をそらせて振り返った。
「あ、ごめん」
自分のやったことに気がついて、高遠は慌てた。
海堂はそんな高遠をじっと見て、そして微笑むと、ペロッと舌を出して自分の唇を湿らせた。
「なんだよ。まだやりたいんなら、そう言えよ」
「あっ、いや、そういうつもりじゃ」
「いいから」
海堂は嬉しそうに、高遠の上に覆い被さる。
ここは、高遠の部屋。
珍しく両親と姉ユキが揃って外出したため、海堂を家によんで夏休みの課題をしていたのだが、結局、海堂に押し切られるようにエッチしたばかり。
「あ、ち、ちょっと……海堂」
「なんだよ、さそっといて」
いや、誘ったつもりじゃないんだけどと思っても、そんなことは口に出せない高遠。
代わりに、一言。
「雨、入るから、窓閉めて」


* * *
「雨は、止んだみたいだな」
玄関を開けて、高遠が空を見上げる。
「うん……でも、道がドロドロだな」
「道?」
「来る時、降ってなかったからこれ履いてきちまったし」
海堂の足には、買ったばかりの真っ白なスニーカー。
先日の海堂の誕生日に高遠がプレゼントしたものだった。
「ああ」
「折角、高遠に貰ったのに、汚れちまう」
「別に、いいよ」
「タコ!俺が嫌なんだよっ」
ああ、そうですかと黙る高遠。
海堂は、しばらく考えた後、
「よし、裸足で帰ろう」
靴を脱いだ。
「えええっ??」
驚く高遠に
「んじゃ、また明日な」
海堂は、笑って手を振ると、そのまま玄関を飛び出そうとする。
「待てよ、海堂」
慌てた高遠が、海堂の手を掴んで引き寄せる。
「だったら、自転車で送るから」
「……いいのか?」
「裸足で、帰られるよりいい……」
「へへっ、サンキュ」


高遠の自転車の荷台に乗って、海堂は腰に手を回した。
「ちゃんと、掴まってろよ」
「うん」
ペダルをこいでいたらふいに海堂の指先が腹の上で動いて、高遠がピクッとして訊ねる。
「何?」
海堂は、黙って高遠の背中に頬をつけたまま。
(指文字?)
海堂の指が、自分の腹の上に文字を書く。
(T……?!)
「知ってたのか?お前」
高遠が、叫ぶ。
クスクスクスと、海堂は笑う。
「さっきも、知ってたんだな」
ちょっとだけ憮然とする高遠に、海堂はトボケて、
「何のこと?」
そして、空を見上げて、突然、大きな声を出した。
「あっ、おい、見ろよ。虹!」
「えっ?」
高遠も、見上げて
「本当だ。でかいな」
嬉しそうに言った。

「一緒に見れて、よかったな」
海堂がそう呟いて、腕にそっと力を込める。
「うん」
高遠も、そっとその腕に左手を重ねた。


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