東京大雪記念の突発SS





それは、海堂と高遠が付き合い始めて、初めて雪が降った朝。

「うわっ、雪だ。すげえ」
リビングの窓から外を見て、海堂は叫んだ。
自分の部屋は、カーテンも開けずに出てきたから、今の今まで気がつかなかった。
また誰も足跡をつけていない庭を見て、嬉しくなる。
「学校じゃなければ、トラノスケ連れて出るのになあ」
「何、言ってるの、早く準備しなさい」
母親、麻里絵がキッチンから顔を覗かせる。
「ウィッス」
海堂はテーブルについて出されたトーストをほおばった。


「あらあ、高遠君、大変っ!」
玄関から聴こえる麻里絵の声に、海堂はバタバタと駆けて出た。
「高遠」
「おはよう、海堂、すげえ雪だな」
見ると、身体中に雪を張り付かせた高遠が、玄関で麻里絵にはたかれていた。
「一度、コート脱ぎなさい。雪、ふるうから」
コートを脱ぐと、肩辺りに積もっていた雪がばさりと落ちた。
高遠の髪が、とけた雪の雫でびっしょりと濡れている。
「傘、ささなかったのか?」
訊ねる海堂に、
「この大雪で?俺は上海雑技団じゃねえぞ」
高遠は呆れた声を出す。
「じゃあ、合羽、被れば」
「いや、持ってねえし」

海堂は、反省した。
自分の家まで迎えに来る高遠の苦労を思いもせずに、トラノスケとの散歩のことだけ考えた自分。
(俺って、いつだって自分の事ばっか)
麻里絵の持ってきたタオルを掴むと、いきなり高遠の頭をガシガシと拭いた。
「わっ」
「もっと、頭下げろよ」
玄関の段差があっても、まだ高遠のほうが高い。
海堂は高遠を前かがみにさせると、一生懸命髪の雫を拭った。
雪の中、遅れもせずに自転車でやって来た高遠の優しさに、胸が痛くなる。
「……ごめん。高遠」
海堂が小さく呟くと、高遠は
「謝るくらいなら、最初からすんなよ」
ぐちゃぐちゃになった髪を指で梳きながら笑った。

自転車を海堂の家に置いて、二人並んで駅まで歩く。
「でも、どうせなら午後まで降って欲しいよな」
高遠が言うので、海堂は不思議そうに見上げた。
「なんで?帰りも大変だぞ」
「だって、トラノスケの散歩、降ってたほうが楽しそうじゃん」
高遠が微笑む。
海堂は一瞬言葉に詰まって、そして、言葉の代わりに腕をのばした。
「な、なんだよ、海堂」
いきなり手をつながれて、高遠はうろたえる。
「雪、苦手なんだよ、歩けねえ」
海堂は、高遠の手を握って、足元を見ながら踏みしめるように歩く。
「じゃ、つかまれよ」
「うん」
「傘、全然役に立ってねえな」
「うん」
「閉じるか、かたっぽ」
「うん」

顔も足も凍るほど冷たいけれど、胸の中はポカポカと温かい海堂と高遠の雪の朝。





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