《ディズニーランドデート》
同人誌の第一回のおまけペーパーに記載。まだ初めの頃のデートv




「ヤマト、電話よ」
階下から母親が呼ぶ。高遠は
「だれ?」と尋ねながら、階段を下り始めたが、
「海堂君」
と言う母親の声に、バタバタと勢いよく玄関の電話のところに飛んできた。
毎日のように会っているだけに、海堂から電話が掛かってくるというのはとても珍しいことだった。
「もしもし」
「あ、高遠」
電話を通して訊く海堂の声は、何となくいつもと違う響きがする。高遠は何だか照れくさい。
「あのさ、明日ディズニーランド行かねえ?」
海堂らしい前置きの無い、いきなりな誘い。高遠は驚きながらも胸が弾む。
「いいけど、何で急に?」
「麻里絵にチケット貰った」
「麻里絵って?」
「親、俺の」
「親、って、お母さん?」
「麻里絵って、親父の名前だったら気持ち悪いぞ」
「いや、そうじゃなくて」
母親を呼び捨てにするのに驚いただけだが、まあ、どうでもいいことかもしれない。高遠は気を取り直して尋ねた。
「ディズニーランドのチケットがあるんだ?」
「うん。だから行こうぜ、高遠、明日」
明日は日曜で、いつものようにトラノスケの散歩に付き合うつもりだった。
高遠に断る理由は無い。二つ返事でオーケーすると、駅での待ち合わせの時間を決めて受話器を置いた。
「素敵な声ねぇ」
高遠が階段を上がろうとすると、玄関横の和室でテレビを見ていた母親が顔を覗かせた。
「男らしくて、いい声だわ。今度うちに連れて来なさいよ」
海堂のことか。高遠は海堂の顔を思い出して、ちょっと可笑しくなった。母親は海堂を見たら、絶対女の子だと思うに違いない。
何しろ高遠家は父も兄も自分も、いや女である姉ユキでさえ、一家揃ってガタイが大きいやつばかりだ。あの一見華奢で、ひどく綺麗な顔をした海堂を見たら、どういう反応をするかと思って口許を緩めると、母親は不思議そうにその顔を見て言った。
「別に彼女紹介しろって言ってんじゃないんだから。そんなニヤケないでちょうだい」
* * *
ディズニーシーができたといっても、まだまだディズニーランドの人気は衰えていない。
朝の10時だというのに、もう園内は大混雑といってもよかった。それでも行き交う人々の顔は紅潮して浮き立つ気持ちが表れている。このテーマパークにはそういう不思議な魅力がある。
高遠も例外ではなかった。ゲートをくぐると何となく楽しい気分になってきた。
「なんか、久し振りだな。中三の時来て以来だ。海堂は?」
「俺、二回目。最初来たのは小学校んとき」
「え?あんまり、来ない?こういうとこ」
「うーん、っていうか、中学んときは習い事で忙しかったし」
「習い事?」
「空手とか、少林寺とか」
「……そうだったな」
確か他にも色々やっていたはずだ。
ゲートを入って直ぐに出店のように出ているブースに高遠は目を止めた。色々なディズニーキャラクターの帽子が置いてある、ついはしゃいだ気持ちになってその中の一つを手にとって横にいた海堂にスポッとかぶせた。
「なんだよ」
と見上げた海堂が、不意打ちに可愛らしくて、高遠は息が止まりそうになった。
水色のダンボの帽子。お茶目なキャラクターの顔と大きな耳が海堂の頭の上に乗っかって、海堂の美少女めいた顔をむちゃくちゃキュートに演出している。
「海堂……」
高遠は思わず言った。
「これ、俺買うから、かぶってくれる?」
「は?」
海堂の顔が兇悪な上目遣いに変わる。
「何で、俺がこんなお子ちゃまな帽子をかぶんなきゃなんねえんだ」
「あ、そう、そうだよな」
高遠は慌てて手を振った。
「悪い、なんか、つい……ほんと、ごめん」
急いで海堂の頭から帽子を取って元のところに戻そうとした高遠の横顔が、ひどくがっかりしているように見えて、海堂も何故か焦った。
その帽子を持った高遠の手を掴んで、引き戻す。
「お前が、どうしてもって言うんなら、かぶってもいいぞ」
「え?何?」
驚いて聞き返す高遠を見て、海堂の顔に血が上る。
「だから、お前が、どうしてもって言うんなら、かぶってもいい」
「海堂」
「どっちなんだよっ」
「あ、かぶって欲しい、です」
ふん、と言って海堂は高遠の手からダンボの帽子を奪うと、キャッシャーのお姉さんに果たし状を突きつけるように渡す。
その後ろで、高遠がちょっぴり恥ずかしそうに財布を開いた。
そして、ダンボの帽子をかぶった海堂は本当に可愛かったので、すれ違う人々が必ずといっていいほど振り返った。
高遠は、内心後悔した。


「なんか、並ぶ気しねえ」
わがままを言う海堂のため、ビッグサンダーマウンテンやスペースマウンテンなどの人気アトラクションはファストパスを取って、あとはただフラフラとパーク内を歩いた。
ただ歩くだけなのに、楽しい。
トラノスケの散歩の時とはまた違う昂揚感に、二人とも次第にはしゃいでいる。
「昼どうする?」
「一番、早く買えるのってやっぱりアレなんだよね」
高遠が、ハンバーカーショップを指差す。値段も手ごろ。
「いいぜ。あそこで食おう」
海堂が軽く走り出す。高遠が急いで後を追う。

トレイを持って席を探すと、窓際の明るいところがちょうど空いた。
二人座って、高遠がまた立ち上がった。
「ケチャップ忘れた」
取りに行く高遠の後ろ姿を目で追いながら、コーラのストローを加えたところで突然声をかけられた。
「海堂くん?」
振り返ると、去年海堂がいた高校の同級生。手島洋。
「手島」
「やっぱり、海堂くん。こんな帽子かぶっているから人違いかと思ったけど」
明るく笑う邪気の無いニキビ顔。
海堂はちょっと気まずそうに帽子を脱いだ。手島は慌てた。
「あ、ごめん、そういう意味じゃないんだよ」
「いいんだよ、別に」
唇を尖らす海堂の周りをきょろきょろと見て、手島は訊いた。
「ひとり?」
「いや」
ディズニーランドに一人で来るやついるか?と突っ込もうとしたが、手島というのはそういうやつだと思って考え直した。
「お前は?」
「えっ?あ、俺」
手島は照れたように笑う。
「ヒロくんっ」後ろから声がして、赤いワンピースを着た女の子がトレイを持って現れた。
「だれ?」
ほんの少し警戒した様子で海堂と手島の顔を見比べる。手島は慌てて応えた。
「あ、海堂くんっていって、去年のクラスメイト。偶然会ったんだ」
「なんだ。手島、デートか」
コーラのストローを噛みながら笑う海堂に、手島はますます慌てたように大きく手を振ると赤い顔をして早口で言った。
「違うよ、これはいとこのあゆ美ちゃんで、親戚の結婚式で東京に出てきたからついでにディズニーランドに行きたいって言って、それで、俺が付き合って一緒に……」
「どーでもいいぜ」
コーラをズズッとすすって呟く海堂。
そこに、高遠が帰ってきた。
「あれ?」
(いつの間にか、海堂の席によそのカップルが合流している)
と思ったが、その男のほうは海堂の、前の学校のクラスメイトらしい。
「そうなんだ。偶然だな」
互いに簡単に挨拶をすると、あゆ美という女の子がテーブルに自分達のトレイを置いて言った。
「席一緒でいいですか?混んでいて、他に空いてなくって」
「え?あ、うん」
頷く高遠を、海堂はストローを咥えたままジロっと睨んだ。

「それで、海堂くん、入学してすぐうちの番長格の不良をなぎ倒しちゃって……」
「へえ、強いんだぁ」
「強いよ、強い。ほんとにさぁ」
「いいよ、もう、手島」
海堂は少し不機嫌だ。手島は気づかず一生懸命話をする。何しろこの四人の中の三人まで共通する知り合いなのは自分だけだから、なんとしても座を盛り上げねばと必死。
高遠のほうは、海堂の転校前の話というのは聞いてみたい気もするが、自分の知らない海堂を知るというのが何となくさみしい気もする複雑な心境で相槌を打っている。
海堂の話題にひと通り花を咲かせた後、あゆ美がいきなり高遠に向き直った。
「高遠さんは、どういう人なんですか?」
「は?」
「部活とかやってるんですか?」
「いや、俺は……」
「趣味とか」
「えっ、特には……」
何しろ、男子校で免疫が無い上に、ルックスと裏腹に小心者の高遠は、この手の女の子との会話は苦手。答えられずに困っていたら、海堂がいきなり立ち上がった。
「高遠、食い終わったから行こうぜ」
「あ、ああ」
高遠も急いで立ち上がると、自分と海堂のトレイを重ねて手島に軽く頭を下げた。
「さんきゅー、海堂」
店を出ながら屈託無く笑いかける高遠に、海堂は眉をひそめた。
「何がさんきゅーだよ」
「え?」
「ああいう女に、甘い顔してんじゃねえよ」
「えええっ?」
(どういう顔が海堂には甘い顔に見えるんだ?)
高遠はマジで不思議に思った。
それでもとにかく海堂の不機嫌なのがそのせいだとしたら、さっさと謝ってしまいたい高遠。
「悪い。ええと、ごめんなさい」
「やだ。許さねえ」
「なんで?」
「なんででも」
「海堂っ」
高遠が情けない声を出す。
高遠が一見その男らしい端整な外見で女の子の目を惹くことは、海堂も気づいている。
あゆ美が、手島に頷きながらチラチラ高遠を見ていたことも。それが高遠のせいじゃないこともわかっているが、何となく面白くないので八つ当たりしたい海堂。
「じゃ、罰として、この帽子をかぶって歩け」
「いっ?」
ダンボの帽子を押し付けられて、高遠の顔が歪む。
「……俺には、似合わねえと思うけど」
「似合ったら、罰ゲームになんねえだろぉ」
「そりゃ、そうだけど……」
その後小一時間、海堂がもういいと許してくれるまで、高遠はその長身に著しく似合わないお茶目でラブリーな帽子をかぶってパーク内を歩くこととなった。

ファストパスでとったビッグサンダーマウンテンを乗る頃には、海堂の機嫌もすっかり直っていた。
「全然、こわくねえんだけど、面白いよな」
「う、うん」
高遠は、ジェットコースター系は苦手なほうなので、これでも十分スリルを楽しんでいた。
「花火見てから、また乗ろうかな」
ビッグサンダーマウンテンから降りてすぐ、海堂がもう一度ファストパスを取ろうとする。
「ええっ、また乗るのか?同じの?」
高遠が驚きの声を上げる。
「いやか?」
「いい……けど」
「ふうん。じゃあ、まあ、止めとくか」
海堂は笑って高遠の腕を取った。
「今度は、あっちのほう行こうぜ」
散々歩いた先にあったのが《アリスのティーパーティー》
何となく空いていそうで並んだそれだが、高遠は激しく後悔した。
海堂とふたりでペアのコーヒーカップというのが恥ずかしかった訳ではない。
「やっ、やめろっ、海堂っ」
「ひゃははははは――――――」
海堂がその腕の力にモノを言わせて、すごい勢いでカップを自転させている。
初めは面白がって一緒に回していた高遠だったが、勢い付いた海堂が思い切り回転させ始めると、高遠は遠心力でカップの縁にへばりつき、頭も上げられないほどとなった。
周りの景色がマーブル状に溶けて、目の前には嬉しそうに笑う海堂の姿。
夢のような情景だが、この気分の悪さは――――――悪夢だ。
「高遠、大丈夫か?」
「……あんまり」
コーヒーカップからヨロヨロと降りた、酔ったようになっている高遠を、海堂はベンチに座らせて、申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。ちょっと、ふざけ過ぎた」
その海堂の顔を見ると、高遠は不思議に気分が落ち着いて、そして幸せな気持ちになった。
「いいよ。それよりお前の三半規管どうなってんだ?」
「さんはんきかん?」
「鉄棒で大車輪とかできるだろ」
「うん」
「何回できる?」
「数えたことねえけど」
「ははは……」
甲斐甲斐しく海堂が飲み物を買ってきたりするので、悲酸な目にあった後なのに、高遠はかえって嬉しくなったりした。
ベンチに座る高遠の横に、海堂もちょこんと腰掛ける。
「少し、顔色良くなったな」
顔を覗き込んで、海堂がニコッと笑う。
それだけで嬉しくて、抱きしめたい衝動に駆られるのだが、衆人環視の中でそんな大胆な行動ができないのが高遠だ。
「うん」
色々な思いをこめて、海堂を見返す。
海堂はその高遠の瞳に、きゅっと胸が締め付けられた。

* * *
そして、夜になるとディズニーランドの一大イベント《エレクトリカルパレード》が始まった。耳に残る音楽に、海堂は小学校の頃見たそれを思い出す。
「音楽とか、変わってねえな」
「うん、一時なくなっていたのが復活したとか。よくわかんねえけど」
幻想的にきらめく光のパレードを見ながら、高遠も以前見たそれを思い出す。今まで何度も見ているけれど、隣にいるのが海堂と言うだけで、こんなにロマンチックな気持ちになるなんて不思議だ。
自分の考えに照れてうつむくと、隣にいた海堂がそっと手を握ってきた。
どきっとして海堂を見ると、夢見るような瞳でパレードを見つめている。その横顔がうっすらと赤やオレンジの光を映して輝く。
高遠はたまらなくなって、指をきつく絡めて、ぎゅっと握り締めた。
海堂が前を見たまま、恥ずかしそうに頭を寄せてきた。
皆パレードに夢中で、この可愛い恋人同士には気がつかない。
パレードが終わると、高遠ははっと我に返って海堂の手を離そうとした。海堂がそれを許さずに、そのまま手を引いて少し離れたベンチに誘う。
「花火、ここからでも見えるよな」
「少し切れるかもしれないけど、たぶん……」
「じゃ、ここでいい」
甘えたように寄り添う海堂に、高遠は心臓が跳ね上がる。

花火がもう直ぐ始まるという時間になって、海堂は人ごみの中に手島を見つけた。
あゆ美と言う女も一緒。一瞬じっと見たら、女の勘か?こちらを見返した。
高遠に気づいて、近づいて来ようとしている。
高遠は、ちょっと間抜けにもポカンと空を見上げて、花火の打ち上げられるのを待っている。海堂はあることを思いついてクスッと笑った。
「高遠」
「ん?」
呼びかけられて、高遠が隣に座る海堂を見返す。
その瞬間、海堂が高遠の首に腕を回して口づけた。
「え、かっ、んっ」
高遠は動揺したが、海堂の唇の柔らかさと、差し込まれた舌の動きに意識が飛んでいく。
「んん……んぅん……ふ」
海堂は、鼻から甘えた声を洩らして、すがり付くように口づける。高遠も、さっきのエレクトリカルパレードで気分が盛り上がっていたため、ついつられて海堂をきつく抱きしめると、まさに恋人同士の濃厚なラブシーンに突入してしまった。
暗闇とディズニーマジックが、高遠を普段になく大胆にさせている。
音楽が始まり、遠くで花火の音がする。
けれど、高遠も海堂もお互いの唇に夢中で、花火など見ていない。
大きな音と共にずい分近くで光ったらしい花火の、オレンジの光の下で、海堂がうっすら目を開くと、自分達と同じように花火に目もくれずに、呆然とこっちを見ている手島とあゆ美の姿があった。
海堂は、あえてあゆ美と目を合わせると、勝ち誇ったように目で笑った。
高遠は何も気づかない。

「い、い、行こう」
手島が、あゆ美の手を引く。あゆ美はまだ信じられないように呆然としていた。
手島が小さく呟いた。
「あの帽子をかぶってるの見た時から、海堂くん変わったなって思ってたんだ……」





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