SucceedIの頃 佐井SS


函館空港に着いて、佐井は左腕の時計に視線を走らせた。
(もう、さすがに起きている頃だろうな……)
昨日、正体不明に酔っ払った駿をホテルのベッドに寝かせて、自分も大急ぎで帰って仕度をした。
今日中に羽田に飛んで、それから成田に行かないとならない。
いつもならスタッフの完璧な送り迎えがあるのだが、今日は昨日の時点――駿を二軒目の店に連れて行ったとき――それを断っていたので、珍しくひとりだ。
(こういうのも、気楽でいいな)
これも駿のおかげかと、昨夜の可愛らしい寝顔を思い出してクスリと笑った時に、突然肩を叩かれた。
「佐井、なんや、ひとりで」
「光岡さん」
「これから戻るんか?」
「ええ、そのあと成田に」
「せやったな。珍しい。誰も一緒やないんか」
「羽田で合流するんですよ」
「ふうん。何便や?せっかく会うたんやから、時間までご一緒させてもらおうか。ええか?」
「断る理由も無いでしょうね」
佐井の笑いを含んだそっけない応対に、光岡はちょっとだけ顔を顰めて見せた。
佐井は、その光岡の顔を見て、ふと思いついたように訊ねた。
「そうだ。光岡さん」
「なんや」
「光岡さんなら、好きな子から恋愛相談なんかされたら、どうします」
「は?」
唐突な質問に、思わず聞き返すと、佐井は端整な顔で微笑んで見せた。
光岡は、ついその顔に見惚れそうになったが、わざと難しい顔を作って言った。
「……せやな、わざと間違おうたことゆうて、邪魔してやる」
「ええ?」
佐井は可笑しそうに聞き返す。
「と、言いたいとこやが、まあ真面目に相談にのるやろうな」
光岡は、らしくない真面目な顔になって佐井を見た。
「それで、上手くいっても、ダメになっても。俺としては、そいつのために精一杯考えたことをゆうよ。ほんま、好きな相手やったらな」
「ふうん」
佐井は、少し考える素振りをし、いきなりクスクスと笑った。
「なんか、意外だなあ。光岡さんらしくない」
「やっぱ、最初の答えの方が、俺らしいか?」
「ええ……いえ、嘘です。やっぱり、後の方が光岡さんらしい」
佐井が、じっと見返すと、光岡はほんの少し赤くなった。
「ああ、ちょっと待ってて下さい。電話を一本かけないといけないんで」
佐井が、時計を見て携帯をとりだし、その場を離れた。
「なんや、俺の前ではかけれんのか」
光岡の呟きは、当然、佐井には聞こえない。

『好きな子から恋愛相談なんかされたら、どうします』
佐井の姿をながめながら、光岡は、言葉の意味を反芻した。
(お前が、好きな子から相談されたってことやろうな。だれや、そいつ)

「お待たせしました」
電話をかけ終わった佐井は、えらくさっぱりした顔で光岡のもとに戻って来た。
「茶でも、のむか」
「あまり時間無いんですけど、ご馳走しますよ」
「何でや」
「アドバイスのお礼に」
「なんも、大したことゆうとらんやろ?ま、ええわ、高額所得者やからな。函館でも、ずい分稼いだようやし。遠慮せぇへんで」
「ふふっ」


* * *
そのニュースを光岡は、小倉のホテルでなじみのスポーツ記者から聞いた。
「佐井が、落馬?」
フランスのロンシャン競馬場で?
思わず、声が震えた。
「で、怪我は?!どうなんや」
「ああ、大丈夫ですよ。スタートした直後だったんで、怪我は無かったそうです」
「ああ……」
光岡は、あからさまに安堵の溜息をつき、その照れ隠しに慌てて言った。
「サルも木から落ちる。佐井も馬から落ちるやな」
「本当に、あの佐井さんがね」
そして、光岡は、遠くフランスにいるライバルの姿を思う。
(ほんま、あの佐井がね)
『好きな子から恋愛相談なんかされたら』
(まさか……ね)
佐井の落馬と、色恋沙汰を結びつけるのは、失礼な話だ。
そんなもろい精神じゃ、連続リーディングの座は守れない。
(それにしても……)
光岡は、頬が緩むのを抑え切れなくなった。
あの貴公子が、海外にまで行ってスタート直後の落馬。
あの端整な顔を、憮然とさせただろう。

次第に肩を震わせる光岡を、なじみの記者は、呆れたように見た。









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