第9話《雀荘の怪人》


「最近、三多摩地区の雀荘で、原因不明の暴力事件が多発しているらしい」
またもや、氷川が長い睫毛を伏せて思わせぶりに呟く。一体何度目だろう、このシチュエーション。ちなみに、ここは氷川のマンションだ。
「原因不明って」
氷川の隣で寝そべって雑誌を見ていた俺は、身体を起こした。
「雀荘での暴力沙汰なら、原因は大体わかるじゃないか」
俺が呆れて尖らせた口に、氷川は軽くキスすると俺の鼻をつまんでにっこり笑った。
「原因不明って言ったら、そうなんだよ」
はい。ダロムの声には逆らいません。

「それで、今日の正義の味方は雀荘周りかぁ」
だんだん、ヒーローから遠ざかっていく気がするぞ。
「まあまあ……それより陽、君はどう見ても高校生だから僕のそばから離れてはだめだよ」
そう言う氷川は、雀荘周りを意識したのか黒のカジュアルスーツだ。こうして見るととても十代じゃない。やっぱり高校一年を三回やってるだけじゃなくて、義務教育でもダブっているに違いない。
横目でじろじろ見ていると、氷川がふいに振り向いた。
「何、見惚れているんだ」
「バカか。違うよ」
そう言いながら、顔が熱くなった。氷川の長い栗色の髪が黒いスーツにさらさらと流れる様子は、確かに見惚れるほど美しかった。

「リーチ麻雀《ヒカゴ》……ここから入っていくか」
地下に続く階段を下りて、重いドアを開けるとタバコの匂いがムッとした。
何人かの視線が一瞬俺たちに注がれたが、すぐに皆自分の卓に集中する。
うーん。ヤクザな世界だ。
氷川は、全自動麻雀卓の間を滑るように歩いて、さり気なく様子を見ている。
あれで、何かわかるのだろうか?
俺はしょうがないので、きょろきょろと卓を囲んでいる人たちの手元を覗き込んでいった。
麻雀は、オヤジに教えてもらって、小さい頃から面子の足りないときに入らされていたので結構得意だ。こういう街の雀荘に入ったのは初めてだけど。
(あっ、こいつ……)
俺は一人の男の手元を見て、目を瞠った。
(清一〔チンイツ〕ダマテンしてやがる……)
男の手元には、ピンズが不規則に並んでいる。並べ替えをしないでも分かるとは相当の腕だ。実は、俺もそういうのは得意だったりする。
ばらばらと並んでいる牌を頭の中で整理すると、間違いなくテンパっていた。
(五面待ちだけど、一、四の牌〔イースーピン〕は出易いな)
見ている目の前で、上家からいきなりピンズが出た。
「あ、惜しい、その隣なんだな」
と、俺は思わず呟いてしまい。その瞬間、血の気が引いた。
男が、物凄い形相で振り返った。
(しまった!)
慌てて、口を抑えるがもう遅い。清一ダマテンしていた男が、ガタッと音を立てて立ち上がった。
そのとき。
「君、ちょっとこっちへ」
青褪める俺を、後ろから大きな手が抱きかかえるように、奥の部屋へと連れて行く。
(まさか、ヤクザにシメられてしまうのでは……)
怯えながら、自分を掴んでいる男を見ると、白のダブルのスーツという見るからに風俗系スタイル。頬骨のでた渋めの顔は男前と言えなくも無い。
雀荘の奥のプライベートルームに入ると、その男が言った。
「あの難しい牌の並びで、チラッと覗いただけで当たり牌がわかったのか?」
「は、はあ」
男は考えるような目つきで俺を眺め回した。
「君、名前は?」
「大地、陽です」
「アキラ……」
男が、俺の手を握っていった。
「神の一手を極めてみないか」
漫画が違うだろ。

「陽っ」
プライベートルームの扉が大きく開かれ、氷川が飛び込んできた。
白スーツの男に、両手を握り締められた俺を見て、不愉快そうに眉をひそめる。
「何をしているんだ?」
「え?いや」
俺は慌てて両手を振り払って、ジーンズの尻でゴシゴシこすった。
「奥の部屋に連れ込まれて、何をされているかと思えば」
「別に、俺は」
「言い訳するな。君はすぐいろんな男につかまってしまうんだから」
「何、言ってんだよ」
「ほら、来るんだ」
氷川は、俺の手を掴むとぐいっと引っ張り、そのまますごい勢いで表に連れ出した。
綺麗な顔を思いっきり不機嫌そうにゆがめた氷川の迫力に、誰も追って来れない。
俺は呆然と右手を引かれたまま、引きずられるようについて行く。
(なんだろ、氷川……ひょっとして妬いているのかな)
自分の思いつきに、心臓がドキドキした。右手が熱い。
「と、ここまで来れば大丈夫」
急に、氷川が立ち止まる。
「へ?」
「まったく。当たり牌バラしてどうするんだ。だから、僕の後ろについているように言っただろう」
「はあ」
「もう少しで、『原因不明の暴力事件』じゃなくて、陽が原因の暴力沙汰が起きてたよ」
そういうことか。すみません。

「お一人様でも安心、麻雀《イーソー君》」
ひょうきんな鶏の看板の出た雀荘の前で、氷川が立ち止まった。
「次はここだ」
「まだ、続けるのか?」
「当たり前だ。ちゃんと僕の後ろにいろよ」
と、二人して店内に足を踏み入れかけたところで中から大きな音がして、叫び声が聞こえた。
俺たちは顔を見合わせ、中に飛び込んだ。
店内は、全自動麻雀卓が倒され、牌が飛び散り、散々な様相を呈していた。
騒ぎの真ん中に、一人の男が立っている。殴られたらしい男が二人床に倒れている。
俺たちと入れ違いに外に逃げようとしている男性の腕を掴んで、氷川が尋ねる。
「どうしたんですか?あの男は?」
「どうしたって……わからんよ」
サラリーマン風の男性は怯えたように首を振った。
「役満あがったとたん、突然狂ったように暴れだしたんだ」
「役満をあがって?」
普通は、大喜びだ。
九蓮宝燈なら、死ぬ奴もいるらしいが(By浅田哲也)。
これが、いわゆる理由の判らない暴力事件か。

「陽、あの男の耳を見てみろ」
氷川に言われて、見るとそこには
「千点棒?!」
男の耳には千点棒が挟まっている。『競馬オヤジの耳に赤鉛筆』『パチンコオヤジの耳の穴にパチンコ玉』と同じく、ギャンブルオヤジの正統ファッションだが、違うのはその千点棒が異様に大きいのだった。コンビニでよく売っているチーズかまぼこくらい……
「まさか、あれが……」
俺が声を震わせると、氷川がうなずいた。
「ドドルゲのマインドコントロール第二弾だな」
ちなみに、第一弾は東京タワーのノッポンだ。思い出してちょっと嫌な気持ちになったぞ。
男が振り返って俺たちを見る。
変だぞ、お前、その千点棒。受け取って、耳に挟むまで気がつかなかったのか?
いや、挟んでも気づいていないのか。
男は、耳にチーかまサイズの千点棒をのせたまま、ゆっくりと俺に近づいて来た。
「陽」
氷川が俺を庇うように前に立ち、その男をひと睨みした後、くるりと振り向いて覆い被さってきた。
「んんーっ」
この時とばかりのディープキス。
薄暗かった店内に眩しい閃光。
『ルゲー』
『ルゲー』
奥で雀卓を囲んでいた奴らが、いつの間にかタイツ下っ端怪人に?!リーチをかけてカレーを食っていた奴までも。
今度はこういう登場か。
気がつくと目の前の男以外にもチーかまを耳にのせた男が四人、奥からフラフラとやってくる。
こいつらも、操られているのか。
タイツ怪人はともかく、こいつらは人間だから厄介だ。簡単に殴り殺す事など出来ないからな。
「うっ」
チーかまに操られた大男が、俺の首を後ろから締めてくる。
振り払って、身構える。
「陽、あの千点棒を外すんだ」
「わかってるっ」
あのチーかまが操っているのはわかっているが、ギャンブラーオヤジたちの耳に貼り付いている蛭のようなチーかまに手を伸ばすのが憚られ……。
「って、そんなこと言ってる場合じゃねえか」
タイツ怪人をなぎ倒しながら、操られた男たちの耳のチーかまを外して捨てる。外れると男たちはどっと床に倒れる。
そして、耳から離れたチーかま千点棒はくねくねとお互いに集まった。
「げっ、動いてるぞ」
むくむくと次第に大きくなりながら一点に集まる五本のチーかま。そして、店内に飛散していた麻雀牌が吸い寄せられるようにそこに集まって行く。
「ああっ?」
麻雀牌を身体に取り込むと、チーかまは巨大な麻雀牌型の怪人へと変身した。
『どどどどどるるるるぅぅげげげぇぇええええ』
身体の真ん中に大きなマル一つ。
イーピン怪人だ。(最近ネーミングもする、俺)
イーピン怪人は、真ん中の穴から点棒を矢のように撃ってきた。
無数の点棒がダロムワンの身体に降り注ぐ……
「けど、先が丸いからあんまり、というか全然痛くないぞ」
「立派なのは、変身シーンだけか、またしても」
演出家が変わっても、強くはなっていないらしい。
「ビームだな」
「早いがな」

イーピン怪人、登場して一分で撃沈。天和(テンホー)なみの早い決着だった。

* * *
俺と氷川が雀荘を出ると、ばったり西条と出くわした。その隣には、なんとさっきの白スーツの男が!
「あっ」
「おやまあ、君たち高校生のくせにこんなところに出入りしているのかい」
「君は、さっきの」
白スーツ男が驚いて俺の顔を見るのに、西条が意外そうに尋ねる。
「おや、いつの間に知リ合いに?」

白スーツ男は西条の知り合いだった。
「アメリカンハイスクールからの友人でね。クダーン・緒方」
クダーン?やっぱりハーフなのか。
クダーンは言い辛いので『緒方さん』は、雀荘経営者で、たまに自らよその雀荘を偵察に行くらしい。
「っていうのは嘘で、本当は自分の店ではあこぎにカッパゲないから他所のシマを荒らしているのだよ」
「人聞きの悪いことを言うな。西条」
緒方さんは西条をひと睨みすると、俺に視線を戻して言った。
「それにしても、君が西条の教え子だとは嬉しい偶然だ。ぜひ一緒に卓を囲みたいものだね」
「それはいい。ちょうど四人いるしな」
西条が俺たちの腕を掴んで、雀荘の中へと引っ張っていく。
(おいおい、いいのか?)

そして、氷川は悲しいくらいヘボだった。
「リーチ」
「氷川ぁ、ナイてるのにリーチすんなよ」
「失敬な、僕は泣いてなんかないぞ」
「さっき、私の發をポンしただろう」
「それをナクって言うんだよ」
「大体、ドラでもないのに出たとたんナクから、そんなことになるんだ」
「そう。『ナキたい時は二ナキで鳴けと♪』あの人は教えてくれただろ」
「あの人って誰だ?」
「たぶん、ムナカタジン」
「だれ?」

ジャラジャラジャラ……

「この半荘でトップ取ったら、大地君をご祝儀にもらえるってのはどうだろう」
「あ、いいねぇ、それ」
「何だよそれっ?!」
「だったら、僕もそろそろ本気を出しますよ」
「今までだって、思いっきり本気だろ?君」
「ぜってえ、俺がトップになるっ」

ジャラジャラジャラ……

「西条、指でツモれよ」
「おっと、つい……」
「なんだ?今のは?などと言いながら、それロン」
「えっ?」
「氷川、背中が煤けてるぜ」
「というより、もうブスブスに煙出ているね」

ジャラジャラジャラジャラジャラ……
そうして、いつ終わるとも知れない戦いは続いた。ダロムワンでの戦いよりよっぽと疲れた。氷川は真っ白に燃え尽きた。
タイトル変えるか。『雀荘の廃人』





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