第10話《エロエロ番外編》


日曜日。お馴染み氷川のうちのマンションで、ソファに身体を沈めて俺は呟いた。
「なんか、もうやだ」
「どうした?陽」
リビングテーブルの椅子から振り返る氷川の手には『麻雀必勝法』
先日、ぼろ負けしたのが、よっぽと悔しかったに違いない。
「何が嫌だって?」
長い髪に縁どられた綺麗な顔で氷川が微笑む。なんだか俺は、切なくなってしまった。
「俺たち、正義の味方なのに、このところ全然そんな感じじゃない」
雀荘で廃人になるまで夜通し麻雀したり、その前は小学校の音楽室崩壊させたり。
「最初に幼稚園バスを助けたときは、正義の味方って気がしたんだけど……」
俺がうつむいて言うと、氷川は座っていた椅子から立ち上がって、俺の隣に腰掛けた。
俺の顔に唇を近づけて囁く。
「僕達は、正義の味方だよ」
―――――正義の味方の手に『麻雀必勝法』
「ちがうぞ。やっぱり」
俺は、キッと氷川を睨んで言った。
「正義の味方は、もっと子供に愛されるキャラじゃないといけない」
「子供?」
氷川の眉がほんの少し嫌そうに寄る。こいつ、絶対子供嫌いだ。
「僕は、子供よりも陽に愛されたい」
そう言って、氷川が俺の上に圧し掛かってくる。

「や、めろよ」
ソファに倒されながら抵抗すると、氷川は嬉しそうに笑った。
「愛してる」
そう言って、俺の耳に口づける。
「や…っ」
俺はどうも普通より敏感らしく、それだけで背中がゾクリとして身体が震える。
氷川は俺の唇に口づけられない分、耳やうなじを執拗に攻める。氷川の舌が耳の穴に差し込まれると、いやらしい音が響いて、俺は思わずきつく目を閉じた。
「陽……」
「あ」
氷川の囁きに身体が熱くなる。
思わず氷川のシャツを掴むと、含み笑いの声とともにその手をやんわり引き剥がされて、そのままそっと頭の上に押さえつけられた。
「ひ、かわ…?」
俺はそっと目を開け、真上から俺を見おろす氷川の瞳を見返す。得体の知れない緊張に、尋ねる声も掠れてしまう。
「いい?陽」
やっぱり掠れている声で、氷川が尋ねる。
何が?と尋ねたいのだが、声が出ない。
氷川の唇が、真っ直ぐ俺の喉元に降りてくる。一瞬、自分が昔見た映画のドラキュラの花嫁になったような錯覚におちいった。

「あ…っ……んん」
氷川が、片手で器用に俺のシャツのボタンを外しながら、唇を下へと滑らせる。
シャツの前をはだけられ恥ずかしいのと同時に訳のわからない昂ぶりに、俺は熱があるようにぼうっとした。
「綺麗だ、陽……桜色になってる」
鎖骨に口づけながら氷川が囁く。きつく吸い上げられるたびに、背中が痺れる。
氷川の唇が、胸の突起に触れたとき、自分でも信じられない高い声が漏れた。
「ああっ…やっ……」
自分の声が恥ずかしくて泣きたくなった。
瞳を閉じると、ますます意識が氷川の舌の動きに集中してしまい、また恥ずかしい声があがりそうになる。
「や、だ、ひか、わ……やっ……」
「涼って。りょう、って言ってごらん」
胸の突起に口づけたまま、氷川が囁く。唇の動くのに合わせて氷川の髪が胸の上でゆれる。
「あ…」
「りょう、って言って」
もう一度、囁く。氷川の右手が、俺のジーンズのボタンを外す。
「りょう……」
自分の声にゾクッとした。
「いいって」
「?」
「良い、って言って」
氷川の言葉の意味が分かって、顔に血が上る。
「や…だ…」
首を振ると、氷川の歯が胸の突起をキリッと噛んだ。
「ああっっ!」
痛いのに、信じられないほどの快感が背中を走って、身体が跳ねる。同時に氷川の手のひらが俺自身を包み込んだ。
それだけで達しそうになった。
氷川が気づいて、根元をきつく押さえる。
「あああっ……」
イキたいのにそれを抑えられ、俺は、耐え切れずに涙を零す。
「いいって言ってごらん。『涼、いい』って」
なんで、そんな恥ずかしいことを言わせようとするんだろう。
嫌だ。
涙が、顔の横を伝って落ちるのがわかった。
しゃくりあげると、氷川が顔を上げて俺の目じりに唇を落とす。
優しいキスだ。
こんな意地悪をしながら、すごく優しい。
「涼……」
目を閉じたまま、呟くと。
氷川は、俺を握った手をゆっくりと動かして、耳元で囁く。
「言って、ね。『涼、いい』って。『気持ちいい』って……」
「あ……」
快感に、気が遠くなる。
「陽」
「…いい……」
俺が小さく呟くと、氷川は嬉しそうに喉を鳴らした。
「もっと言って」
「涼…」
「声、聞かせて、陽」
氷川の右手が、俺を激しく扱きはじめる。
「あっ、涼っ」
自分の言葉が、自分を煽るということを初めて知った。
「陽……」
「ああ、涼っ、いっ……あっ、ああ……っ」
氷川の手の中に自分を放って、そのまま水の底に沈んでいくような感覚に身を委ねた。
氷川の手がゆっくりと、俺の内股をすべり後ろへとまわる。
「陽、脚……」
「え?」
朦朧とした頭で聞き返す。   

「脚、上げて」
俺の脚には、中途半端に脱がされかけたジーンズが纏わりついている。氷川が、それを脱がせようとしている。
氷川の手の中でイッてしまった俺は、もう恥ずかしいとか考える余裕もなく、なされるままに裸にされていく。
「陽、綺麗だ」
全裸になった俺を見下ろすと、氷川は微笑んで、腕を差し伸べて抱き上げる。
「なに?」
目で尋ねると、氷川が囁く。
「ベッドの方がいい」
氷川の言葉に、また身体が反応するのがわかった。顔が火照る。
俺をベッドに横たえると氷川も服を脱いだ。均整の取れた氷川の身体が剥き出しになると、俺は眩しくて見つめられなかった。
これから氷川の身体が重なることを思うと、恥ずかしさに身体が震えて、俺はシーツに顔を埋めた。氷川が気づいて、俺の頬に手を伸ばした。
「陽」
俺の顔を自分のほうに向かせて、氷川が微笑む。
男のくせに、どうしてこんなに綺麗なんだろう。俺は、ぼうっとその顔に見惚れる。
「陽」
氷川の唇が俺の唇に軽く重なって、直ぐに離れる。俺はじれったさに思わず喉を反らせた。
「ごめん」
そう言って、氷川は俺の鎖骨に口づけ、ゆっくりと身体を重ねた。
初めて直接触れた裸の胸の、しっとりとした感触に、次第に身体が熱を帯びる。
「涼……」
俺は、氷川の背中に腕を廻した。細身だと思っていた氷川の胸が、想像以上に厚いことを知る。
ぎゅっと抱きしめると、氷川は激しく俺の胸元に口づけた。
氷川の唇が、音を立てて俺の全身を吸い上げる。その音のいやらしさが俺を煽る。おそらくその音と共につけられたであろう刻印を想像すると、身体中の血液が腰に集まる。
氷川の唇が移動するたび、後を追うように氷川の髪が俺の身体を撫で回す。
気が遠くなりそうだ。
「ん……りょ、う……あっ」
氷川の爪が俺の胸の突起を弾くと、俺自身が再びビクンと反応する。
「やっ、あ」
「陽は、胸が感じ易いんだね」
そんな言葉にも、ビクビクと俺は反応してしまう。
「ここも、こんなに」
「や、だ」
氷川に握られて、また簡単にイキそうになる。
「嫌、だ……俺ばっかり……」
涙声で言うと、氷川は「うん…」と優しく笑った。

俺の後ろに、ローションのようなものが塗りつけられた。なんだろう?それは。
わからないけど、氷川の指先がそこに触れるだけで、背中が痺れて、声が出そうになる。
唇を噛んで堪えると、氷川が耳元で囁く。
「陽、力抜いて」
何?と目で訴えると、氷川が俺の耳を軽く噛んだ。
「あっ」
俺が思わず高い声を洩らすのと同時に、氷川の指が俺の後ろの穴に入った。
「やっっ」
身体をずり上げそうになったが、氷川の片腕が腰を抱いて押さえている。
「大丈夫、ちょっとだけ我慢して」
氷川が俺の中で指を動かす。
やだ。気持ち悪い。
涙目で訴えると、氷川は困ったように微笑んで、また俺の耳に口づける。
「ん……」
俺は、胸だけじゃなく耳も弱いんだと思う。舌先で耳朶を転がされているうちに、また身体の中に快感の波が沸き起こって、それに流されていく。
いつの間にか、氷川の指が増えている。
「陽……陽の中、すごく熱い」
氷川が、耳を貪りながら囁く。
「ひだが、纏わりついてくる」
「や、め……」
「……溶けそう」
わざとのようにいやらしい言葉を重ねる氷川に、翻弄される。
いつの間にか、自分の脚が大きく開かされているのに気がついて、瞬間、激しい羞恥心に襲われた。
脚を閉じようとしたら、氷川が身を起こして邪魔をする。
「ダメだよ、陽」
そう言って、俺の片方の脚を自分の肩まで持ち上げた。
「やっ、やだ、やめろ」
怯えて見上げると、氷川が薄く笑った。
「もう、いいかな」
そしていきなり、氷川の猛ったそれが俺の中に押し込まれた。
「あああぁ―――――っ」
激しい痛みに、思わず叫んでしまった。身体が二つに裂けそうだ。
涙がボロボロと流れ出る。
「いた、痛い、涼、いたっ」
氷川の身体に爪を立てて抵抗すると、氷川も苦しそうに眉をひそめて、唸った。
「力、抜いて、陽」
「やだ、痛い」
俺は激しく首を振った。
「陽……」
「嫌、だ」
涙が流れ続ける。
「大丈夫だから……もう入っているから、力抜いて……」
苦しげに目を細めて、氷川が俺の顔に口づける。
何度もキスされるうちに、俺はようやく落ち着いた。
「涼……」
見上げると、氷川の瞳が優しく見返す。その顔の両脇から真っ直ぐ長い髪が降りてきて、俺の視界を遮って、氷川しか見えなくする。
―――――氷川しか、見えない――――――
俺は、大きく溜息をついた。
氷川が、くすっと笑って言った。
「やっと、陽と一つになれた」
いつも変身して一緒になってるだろ、と言いたかったけれど、恥ずかしくて冗談もいえない。俺は、小さく頷いた。

「動いていい?」
氷川が尋ねる。
「え?」
俺の返事を待たずに、氷川が腰を突き動かす。
また、痛みが俺を襲う。
「いや、だ。痛いっ、氷川っ」
「涼。涼って」
何を?
「痛くても我慢して、僕の名前を呼んでくれ」
「……涼」
「陽」
氷川が応える。
「あっ、ああっ、りょ、うっ、涼っ、涼」
不思議と、繰り返し名前を呼ぶうちに、痛みが消えていく。
そして、自分でもよくわからない快感。
「涼っ、涼っ、ああっ」
気がつかないうちに、ひどく大きな声を出していた。
氷川が繋がったまま、俺の身体を返して、四つん這いにさせる。
獣のような恥ずかしい格好に、自分の興奮が高まるのを感じた。
尻を高く上げて、背中を反らすと、氷川が背骨に口づける。ゾクゾクとした甘い痺れ。
「ああ、いいっ、涼っ」
思わず叫ぶと、氷川の動きが激しくなった。
「涼っ、あっ、ああ、んっあっ」
「陽、一緒に……」
氷川の手が俺自身を握って、扱く。
「やあっ、ああっ……」
自分が放ったのと同時に、氷川のものも放たれたのを身体の奥で感じた。
ぐったりとベッドにうつぶせると、氷川が背中にそっと身体を乗せてきた。
温かい重さが、俺を幸せな気持ちにする。
「……涼」
シーツに顔を押し付けたまま、名前を呼ぶと
「陽……」
氷川は、俺のうなじに口づける。
俺はゆっくり振り向いた。
氷川が、身を起こすと自分の中からずるっと出て行くのが分かって、少し恥ずかしかった。
顔を見合わせるともっと恥ずかしくなったけれど、でも俺の中は幸せな気持ちでいっぱいだった。
「キス、したい」
思わず小さく口にしたら、氷川が微笑んだままの唇を重ねてきた。

「んっ、ん……んう」
氷川の舌が、俺の舌を絡めてきつく吸い上げる。
変身しないみたいだ。
嬉しい。
口づけたまま、薄く瞳を開くと、氷川と目が合った。
俺が、目で笑いかけた直後――――――

眩しい光と共に、俺たちは別の合体をしていた。
「りょ、う?」
呆然と俺はつぶやく。
「うーん。もう一回入れたいと思った瞬間に、ダメだったな」
「そんな……」

* * *
「結局、俺たちはキスすらまともにできないんだ……」
ダロムワンになった俺は拗ねたように呟いた。
氷川は困ったように頷いたが、決然と言った。
「やはりドドルゲの本当のボスを倒して、世界に平和をもたらさないとダメだ」
「本当のボス?」
「そう、ドドルゲがこの世から全く消えて、世界に平和が戻ったとき、ダロムワンは必要なくなり、僕達は普通の恋人同士になれる」
本当か?
とりあえず、俺は氷川と恋人同士のキスがしたい。
そのために、ドドルゲをこの世から無くす必要があるのなら、そのために戦う。

―――――本当の『正義の味方』から、果てしなく遠ざかった気もするけれど。





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