第5話《ノッポンの罠》


「陽、東京タワーだ。今週の日曜は東京タワーに行くぞ」
朝、俺が教室に入るといきなり氷川がそう言ってきた。
「東京タワー?」
そう言えば、特撮ヒーローもので、悪の組織がワンクールで一度は狙うのが東京タワーだ。
俺は緊張して、周りの奴らに聞こえないように声をひそめて訊ねた。
「氷川、それもダロムの声が知らせたのか?」
「いや。当たったのだ。リニューアルした東京タワー大展望台ご招待券二枚」
「は?」
氷川は自慢げにポケットからチケットを出すとヒラヒラして見せる。
「デートよ」
「デートだわ」
クラスの女子の囁きが聴こえる。噂するなら、聞こえないようにしろよっ。
「行かない」
恥ずかしさも手伝って、俺はそっけなく断った。
「どうして」
「だって、ドドルゲと関係あるのかと思ったら、ただの見学だろ。今さら行きたい所じゃねえよ。東京タワーなんて」
「ドドルゲと関係無いなんて、誰が言った?」
「今、言ったろ、お前が」
「僕は、ダロムの声が知らせたのではないと言っただけだ」
「?」
「僕達が行くことで、東京タワーに何かが起こるかも知れない」
氷川は綺麗な顔を思わせぶりに曇らせて、つぶやいた。
「正義の味方の行くところ行くところで事件が起こるのは、定石だからな」
だったら、家でじっとしてろよ。

* * *
なんやかんや言いつつも、結局日曜日、俺と氷川は東京タワーにやって来た。
「何か、ずい分感じが変わったなぁ」
俺は、久しぶりに見た東京タワーに意外な感動を覚えた。
何しろ俺の記憶では、しょぼい蝋人形館と、よくわからないイベント会場で地方の特産物を見た記憶くらいしかなかったので。
「僕は、初めてだからわからないが」
「え?お前、今まで来たことないの?」
「東京の人のほうが、わざわざ来ないものだよ。東京タワー」
「じゃあ、何で今、来てんだよ。わざわざ」
「デートだよ、デート」
氷川はそう笑って、俺の肩に手を廻した。はずみで、氷川の長い髪が俺の頬に触れる。
俺は照れ隠しに氷川を睨みつけ、その視線の先にある物を発見して、一瞬ビクッと氷川に寄り添ってしまった。
「な、何だ、あれ?!」
俺の目の前には、ピンク色の巨大な唐辛子のようなものが蠢いていた。
「ああ、東京タワーのマスコット『ノッポン』だ」
氷川が、ご招待券に付いてきた案内を見ながら応える。
「ノッポン……俺はまた、ドドルゲの新怪人かと思ったぜ」
あれが何でマスコットになるんだ。東京タワーをイメージしたのかしらないが、異様に尖った頭といい、全然可愛くないぞ。Tマークのアップリケのついたオーバーオールもセンスナッスィング。
「ほら、陽、キャラクターグッズもこんなにあるよ」
氷川が指差す土産物屋の店先には、『ノッポン』の人形やキーホルダーやマグカップ、果ては耳掻きまでも、これでもかというほど並んでいる。
「うげぇ」
(誰が買うんだ。こんなもん)
と思ったが、意外に親子連れや女子高生が物色していたりして、侮れない。
ふと、吊り下げられたキーホルダーの中に異質な『ノッポン』を見つけた。
(これだけプラスチック製か?)
他のが、ラバー製やぬいぐるみタイプのキーホルダーなので、プラスチックで出来ている小さなそれは、浮いていた。どことなくデザインも違うか?
手にとって見る。
傾けると
「げっ」
ノッポンの目のところから、マッチ棒の頭のような目がビローンと飛び出す。
いったい何十年前の、キーホルダーだっ!!
今時、田舎の温泉の土産物屋でも無いぞ、こんなの。リニューアルが泣くぞ、東京タワー。
そう内心叫びつつも、俺は、何故か取り憑かれたように、そのキーホルダーを起てては傾けていた。目が飛び出るのがそんなに面白いのか?
何故だか、俺は、やめられ、なく、て…………

「陽、どうした?」
耳元で誰かの声がする。
顔を上げると、見知らぬ男が俺の顔を覗き込んでいる。誰だ。お前。
「陽」
「気安く触んな、オカマ」
「オカ…?!」
男のくせにそのロン毛とその顔は、オカマ以外の何ものでもない。俺は、そいつの手を振り払って頭を振った。
無性にむかつく。
何か、悪いことを、あくどい事をやってやりたい。
(何か……何か……あくどい事……)
俺は、店内を見渡した。
そうだ!この『東京タワー饅頭』の賞味期限の新しいのを手前にして、古いのを奥に入れてやろう。ふふふ。
「陽……何やってるんだ」
オカマが覗き込む。
「うるさい!」
それから、えっと。
そうだ!土産物の値札を貼り替えてやろう。
「ふふ、550円の貯金箱を1000円で買わされたら、さぞ悔しかろう」
「いや、買わないだろう。普通」
またも、オカマが!
「うるさい!うるさい!」
と、そこにガラスの割れるような大きな音が響いた。
女の叫び声もまざる。
「まことちゃん、やめてっ」
「やめろ、真っ」
見ると小学生らしいガキが、親の制止もきかず、店頭のものを床に投げつけている。
ノッポンのキーホルダーやマグカップが床に転がる。
(おお、まさしく悪!)
あれに比べたら、俺のなんか『マダマダだね』とテニスの王子様に笑われてしまうような代物だ。
(ようし、俺もやるぜ!)
気合を入れたところで、後ろから羽交い絞めにされた。
「陽、どうしたんだ」
この、ロン毛野郎っ。俺は全身の力で突き飛ばす。
「陽?!」
俺の邪魔をする奴は……殺してやる。
俺は腕を伸ばすと、そいつの首を締めた。
「陽、やめろ……どう……」
ロン毛の顔が苦しそうに歪む。
その直後に、俺は金縛りにあったように動きを封じられた。
上げていた腕が、俺の意思に反してゆっくりと下ろされ、俺はその場に固まった。
「相変わらず、器用なマネをしますね。西条先生」
咳き込んだロン毛が喉を押さえて振り向くと、茶髪の外人が立っていた。
「命の恩人に礼くらい言ったらどうだ」
外人のくせして、日本語が達者だ。
「別に、僕を助けたつもりはないでしょう」
「まあね」
二人は、俺を見る。
「なんなんだ、お前らっ、何をした?!放せっ!」
俺は、固まった姿勢のまま叫ぶ。ロン毛と外人は顔を見合わせて、二人で訳のわからない話を始めた。
てめえら!俺を無視すんじゃねえ!
「操られているようだな」
「ええ、あの子ども達も」
さっきのガキに加えて、何人ものガキが店のものを投げたり倒したりして壊している。
いい感じだぞ。ああ、俺も参加したいっ!何で身体が動かないんだ。
「ところで、西条先生、何故ここに?」
「正義の味方にお約束の『こんなこともあろうかと』だよ」
「ふざけないで」
「いや、実は君達のクラスの女の子達が、日曜に二人が東京タワーでデートだと騒いでいるのを聞いてね。邪魔してやろうかと思って」
「それは本当ぽいですね」
「まさか、先約があったとは思わなかったがね」
「僕もですよ」

『ルゲー、ルゲー』
『ルゲルゲ、ルゲー』
お馴染みの声に振り向くと、オレンジと黒のタイツがフィットしたスリムバディの怪人のお兄さま達を引き連れて、トッポルゲ様が現れた。
「ああっ、トッポルゲ様!!」
我知らず、声が漏れる。
トッポルゲ様は人間の作った『トッポン』とかいうキャラが悪に染まって美しくなったドドルゲ界のプリンスだ。ピンク色のテラテラとした先っちょがお可愛らしい。これで十歳の少年と言うのだから、大人になられたあかつきにはどんなにか黒々と太く逞しくお成りかと思うと……
ああっ、俺ってば、何を考えているんだ。(←ほんとだよ・笑)

「大地君、何を赤くなっている」
「とにかく、あいつをやっつけない事には、陽は元には戻らないらしいな」
「ダロムワンになるのはよせよ」
「何故だ?はっ!まさか僕と陽のキスシーンを見たくないとか言うんじゃないだろうな」
「それもあるが。今ドドルゲに支配されている大地君と合体して、もし彼が暴れ出したら、さすがの私でももう止められないぞ」
「それは、そうだ」
相変わらずロン毛と外人は、二人して訳のわからない話をしている。さっさと俺を自由にしろ!
「じゃあ、僕とあなたとで戦うしかないですね」
「何で、私が戦うんだ。私の超能力は、大地君を縛り付けておくのがやっとだよ」
「…………余裕かました顔で、よく言いますね」
「代わりに良いものを貸してやろう。『こんなこともあろうかと』」
外人が懐から何か取り出した。
「これは!」
ロン毛が目を見張る。
「料理の鉄人陳健一の包丁セット……」
「通販で買ったのだ」
「持ち歩いているのか?確かこの間、陽に突きつけていたのもこれじゃなかったか」
「まあ、生活科産休代用教師のたしなみだよ」
外人が嬉しそうに差し出すそれを、ロン毛がしぶしぶ受け取っている。

「たああぁぁぁ―――――っ」
ロン毛が地を蹴って、トッポルゲ様の前に飛び出す。
が、怪人たちのスーパーディフェンスに、あっという間に地面に転がった。
手にしていた包丁が、床を滑って外人の足元を直撃する。
「どわっ!危ないじゃないか!」
「お前が、貸したんだろ!」
ロン毛が立ち上がりながら、髪をかき上げる。その横顔に、何故か頭がズキッとした。
なんだ?この痛みは。
「よく考えたら、僕は頭脳労働担当なんだよ」
そう言って、髪をかき上げた男が俺を見る。色の薄い瞳が俺を捕らえた。
「いた、痛い……」
固まったまま、俺はその場でうめいた。身体が自由になるなら、うずくまっているだろう。
「陽っ、どうした?」
「大地君?」
(痛い、痛いっ。頭がっ)
「支配が弱まっているのか?」
「陽、しっかりしろっ」
「思ったんだが。何か、支配するドドルゲの思念を中継しているものがあるはずだ」
「そういえば、あの時陽が見ていたのは!」
あの、髪の長い男が何かに向かって走った。
「この、ものすごく変なキーホルダーだ」
トッポルゲ様を模ったおしゃれホルダーを、包丁の柄で叩き割った。
「あああぁぁ――――――っ……」

気づいたら、氷川の顔が目の前にあった。そして、隣には
「げっ、なんで西条までいるんだよ」
「先生を呼び捨てにしない」
「そんな悠長な場合じゃないだろ」
そう言って氷川が、俺をおもむろに抱きしめる。
(えっ?こんな、人前で?)
「あ、んっ、ん……」
ぼうっとしかけたが、ダロムワンになっていた。
「え?何?敵がいるの?」
「お前が寝ていた隙にね」
「ええ?俺いつ寝てたよ」
「いいから行くぞ」
「お、おうっ」

* * *
東京タワーのマスコットに似た気持ち悪い怪人は、弱かった。
どうもまだ子供らしい。
下っ端怪人が、あやすように取り囲んで守っていたからな。
俺は、ここに至る経緯をまったく覚えていない。
氷川に聞いても微笑むだけだ。西条に聞こうとは思わないが。
「なんか、悪かったな。たぶん、俺のせいでデート、ダメになったんだよな。よくわかんないけど」
ポツリと謝ったら、氷川は笑った。
「何言ってる。デートはこれからだよ。東京タワーは夜がいいんだ」
「え?」
「まさか、昼間来て終わりだと思ってたんじゃないよね。僕は、大展望台から見る夜景を二人で楽しみたいんだ」
「氷川……」
「夜になったら、涼って呼んでくれ」
(涼……)
俺の後ろからものすごい咳払いが聞こえた。
げっ、西条、まだいたのか。
「高校生だけで、夜出歩くのはよろしくないな。私が保護者として付き添ってやろう」
「何言ってんだ!」
「残念ですが、ご招待券は二人分だけですよ」
ふふふ、と西条は目を伏せて笑った。
「『こんなこともあろうかと』ちゃんと前売り券を購入済みだ!」
「何だよ、それ?」
俺は目をむき、氷川は額に手を当てる。
東京タワーの騒ぎは、まだ終わったわけじゃなかった。




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