第4話《さらわれた花嫁 後編》 気がついたら、寝台のようなものに寝かされていた。 (ここは……ドドルゲの秘密基地か?) 最初そう思ったがどうもそんな感じではない。どちらかというと見慣れたような、ごくごく普通のマンションの一室といった感じだ。 ということは助かったのかと思いかけたが、それが違うことには、俺の両手と両足はしっかり寝台に縛り付けられていた。 「気がついたようだね、大地陽」 西条が部屋に入ってきた。 「お前!何をするつもりだっ」 「それは、色々と」 近づいてきた西条の手が、俺のシャツのボタンにかかる。 (ひ?) 「気を失っている君も、なかなかそそられたんだけど」 そう言って西条はゆっくりとボタンをはずしていく。 「や、やめろ」 「そういう顔が見れないのが残念だから、我慢していたんだよ」 俺のシャツの裾を学生ズボンから引っぱり出すと、大きくはだけて、奴は妖しく微笑んだ。 「思ったより、色白なんだね」 西条の手のひらが俺の胸の上を滑る。ゾワゾワと悪寒が背中を走る。 「肌も、しっとりとして、とても綺麗だ」 「さわるな」 「ふ、ふふふ……」 「やっ」 西条の爪の先が俺の胸の突起を弾くように擦った。俺は思いがけない甘い痺れにビクッと身体を震わせた。って!解説している場合か、俺! (何か、何か言って奴の注意を逸らさなければ!) 「あのさーっ」 俺の突然の大声に、一瞬西条の手が止まった。 「ここって、ドドルゲの秘密基地じゃねえんだな」 西条は『何をいまさら』といった怪訝そうな顔で 「当たり前だ。今時秘密基地などあるか。たとえあったとしても、私はそんなところには行かないよ」 「何で?」 「私をあんな化け物たちと一緒にしないでくれ」 露骨に嫌そうに、顔を顰める。 この態度はちょっと気になった。が、とにかく西条は俺と会話している。その間、奴の手は止まっている。このまま話し続けるんだ、俺! 「じゃ、ここはお前の家か?広さどれくらい?間取りどうなってんの?家賃いくら?」 「間取りは2LDKだが、広さはどうだったろう。60u位じゃなかったかな」 顎に手を当て、首を捻る西条。ノリがいいぞ。 「それで家賃は?」 「管理費込みで、9万8千円」 西条の返事に俺は眉を顰めた。 「2LDKで9万8千円?その破格の安さは……」 先週の、氷川のダロムの声を思い出す。俺は叫んだ。 「ひょっとして、ここは西国分寺?!しかも駅から遠い!」 「うっ、何でそれを!」 図星か。ダロムの声、強ち的外れでもなかったらしい。 西条は少し青褪めた顔で俺を見つめた。 「車の中から、気絶させられていたはずだ。なぜ、この場所がわかる」 「さあ、何故だと思う?」 「まさか、お前」 「まさか?」 「私が校長に出した履歴書を盗み見たな!」 「見てねえよ!って、その前に、そんなもんに正しく住所書いてんのかい!」 悪の組織ドドルゲの癖に、と俺が小さくつぶやくと西条はまたも、眉間にしわを寄せた。 「だから、あいつらのような化け物と一緒にするな」 「だって、さっき一緒にいたじゃねぇか」 西条と入れ違いに教室に入ったのは、まぎれもなくドドルゲの下っ端怪人だった。 「お前、本当はドドルゲのボスで、その人間の変身を解いたら半漁人とかになるんじゃねえの?『どどるぅげぇええ』とか言っちゃって」 「失敬な!私は人間だ」 西条はムキになって怒鳴った。 「人間がなんで、ドドルゲの仲間になってんだよ」 俺の問いかけに、西条は一瞬息を飲んだ。じっと、俺の顔を見つめる。俺もじっと黙って西条の言葉を待った。 二人の間に緊張した時間が降りたが、ふいに西条は笑いだした。 「やれやれ、私としたことが、つい坊やの挑発にのせられるところだった」 「?」 「私のことなど、どうでもいいんだよ。君はもう一度、自分の立場を思い出すことだね」 そう言って俺の顔に手を伸ばし、親指で唇の輪郭をなぞる。顔を背けると、顎を強く掴んで正面を向かせた。俺の目を覗き込んで、西条が囁く。 「私の使命はダロムワンを二度と変身させないことだ。大地陽、お前は二度と氷川のもとには帰れない」 (氷川のもとに、帰れない?二度と?) そう考えた瞬間、自分でも信じられないくらい胸が痛んだ。キリキリと、苦しいほどに。 (氷川……) 最後に見た氷川の顔が浮かぶ。あいつは、今頃どうなってるんだ? 「なんて顔をするの。氷川涼のことを考えているのかい」 西条が、顔を近づけてくる。奴の指が、再び俺の胸の上を滑る。 「や、嫌だ。やめろ」 氷川の事を思い出しているときに、こんな事をされるのは、酷くいかがわしくて……。 「あっ、や……め、んっ」 「敏感なんだね。とても」 「ああっ」 「そこまでだ!」 聞き覚えのある声と、窓ガラスが破られた大きな音が同時に響いた。 「氷川!」 割った窓から飛び込んできた氷川が、そのまま西条を蹴り倒して、まさに正義の味方よろしく俺の目の前に立っている。 「きさま、何故、ここに?」 ドアの方まで飛ばされた西条が、驚愕に目を見開く。 「校長のところの履歴書を見た」 「あーっ、やっぱりっ!……ていうか、ドドルゲの怪人たちはどうした」 「ふっ、今ごろ可愛い柴犬の赤ちゃんに囲まれてメルヘンしているよ」 「なにぃっ?!」 取り乱す西条。俺の頭の中には、下っ端タイツ怪人たちが柴犬を抱き上げて頬ずりしている図柄が浮かんだ。 「僕の陽を返してもらおう」 『僕の陽』氷川の言葉に思わずぽうっとなった。氷川はチラリと俺の方を振り返り、眉を顰めた。 しまった、今のこの俺の格好は……!羞恥心に、かぁっと顔に血がのぼる。 「あき、ら……」 氷川が掠れた声で俺を呼び、じっと見つめる。俺も、氷川を見返す。助けに来てもらえた感動で目頭が熱くなった。 「ああっ、なんてそそる格好しているんだっ!陽っ」 いきなり、氷川が俺の上に圧し掛かった。 「えっ?ちょっ、ちょっと、ひか……」 いきなり口づけられて、次の瞬間――――――― 眩しい光と共に、俺たちはダロムワンになっていた。 「しまった、もう少し楽しみたかったのに」 氷川が冗談でなく悔しそうにつぶやく。 「……とにかく、サンキュー」 手足が自由になった俺は、西条に向き直った。 「ダロムワンに変身されてしまっては、私の出る幕ではないな」 西条は唇の端を持ち上げると、ついさっき氷川の破った窓から外に飛び出した。 「待て!」 追いかけて外に出ようとして、ここが地上五階ということに気づいた。 「げっ」 窓から飛び降りた西条の身体は、重力に逆らうようにゆっくりと地面に降り立つ。すげえ。 「氷川、お前はさっきどうやって入ってきたんだ?」 「正義の味方に不可能は無い。さあ、僕たちも飛び降りるぞ」 「大丈夫なのか?」 「たぶん」 「たぶんかい!」 「さっさと行け。逃げられるぞ」 「わーん」 結局、飛び降りたものの、脚が痺れて立ち上がれず。 ダロムワンの格好で膝を抱えてしゃがみこんでいるのは、とても情けなかった。 西条の姿はもうどこにも無い。 「うーん。さすがにちょっと、無理があったか」 「空飛べるようにとか、しといてくれよ」 合体が解けてからも、俺は足が痛くて立てなかった。 衝撃はすべて肉体労働担当の俺に来ているらしい。氷川はいつもの如く涼しい顔で俺を見る。 恨めしげに見上げると、氷川はふっと笑って、両手を俺のわきの下に入れてきた。 「なに?」 驚く俺を、氷川は軽々と持ち上げて、右手を俺の膝の裏に廻して横抱きにした。って、これはいわゆるお姫様抱っこか! 「何すんだよ。氷川!」 変身は解けているんだ。ここは異空間じゃないんだ。当然、他人の目だってあるぞ、そのうち。 「だって、歩けないんだろう。しょうがないじゃないか」 しょうがないと言いながら、なんだかこいつは嬉しそうだ。 「新郎に抱かれて、可憐な花嫁の入場でーす」 なんちゃってぇと笑う氷川。 「ふ、ざけんなあっ」 体温が2℃は上がるほど、俺は赤くなって叫んだ。 * * * そして学校では、いつの間にか皆人間の姿に戻って、午後の授業を受けていた。 山田だけは(あの途中で気を失っていたらしく)、床でのびていたところを保健委員が保健室に連れて行ったということだ。全員、柴犬になった記憶は残って無い。 「ゲロまず料理で気絶することってあんだな」 「なんか、うなされてたよ。山田君」 かわいそうに山田。 「大地は、ゲロまず料理が足にきたのかな」 隣の席の本木が無邪気に聞いてくる。 「そういうことに、しといてくれ」 氷川のお姫様抱っこで教室に入った時の恥ずかしさは、たぶん一生忘れない。まさかあの後、また学校に戻るとは思わなかった。 俺が小さく文句を言うと 「だって、また午後の授業サボった罰でトイレ掃除だよ。僕はかまわないけど、陽、嫌がっていたじゃないか」 それは、確かにそうだけど。 次の日。 学校で、俺は信じられないものを見た。 「さっさ、さ、さ……」 「さっさ?」ナリマサだったら戦国の武将、と笑うその男。 「西条っ!!」 「先生を呼び捨てにしない。指、差さない」 「って、何でお前、ここにいるんだよっ」 「お前と呼ばない」 そう言って、妖しく手を伸ばしてくるので、俺はすばやく後退った。いつの間にか近づいていた氷川が俺と奴の間に入る。 「どうしたんですか、西条先生。もう学校には来ないと思っていましたが」 冷たく訊ねる氷川に、西条はしゃあしゃあと答えた。 「どうして?ミドリ先生が帰ってくるまでは、代行するのが私の務め。途中で放り出すわけにはいかないね。校長にも期待されているし」 嘘つけ! 俺はかっとなって、氷川の後ろから叫んだ。 「ドドルゲが、もっともらしいこと言ってんじゃねえ」 「違うって、言っただろう。何度も」 西条が呆れたような表情で、俺の顔を見る。 「私は、ちょっとばかり超能力があるが人間だ。あいつらとは、まあ、ギブ&テイクで手を組んだだけというか」 ギブテで、あそこまでやるか? 「それも、失敗したんだから、忘れてくれ」 「忘れられるかっつーの!」 俺が叫ぶと、西条はニヤリと笑った。 「よかった、実は私も忘れられないんだ」 (は?) 俺の前に立つ氷川の拳が震えたように見えた。 「君達の秘密は内緒にしておくから、私の超能力のことも内緒にしておいてくれよ。まあ、どっちの話も、誰にも信じてもらえないような話だけどね。おっといけない、職員会議が始まってしまう」 すれ違いざま西条は人差し指で、俺の耳朶を軽く弾いて行った。俺がピクッと肩を竦めたのを横目で見てほくそえんだ。 「感じやすいんだよね、大地君」 氷川が、物凄い目で西条を睨み、そのままの目で俺に詰め寄った。 「そういえば、聞いてなかったな。あの時、僕が行く前にあいつに何をされていた?」 「な、何って、な……」 言えるか!赤くなった俺をどう思ったのか、氷川はますますムキになって詰め寄る。 「言え!言うんだ。言わないと同じことするぞ」 同じことって何だよ。 氷川に羽交い絞めにされジタバタしていると、教室や廊下から大勢の視線が注がれてくるのを感じた。昨日のお姫様抱っこのことといい、そのうちこいつと俺の噂は、内緒どころが全校生徒が知ることだろう―――ホモのカップルとして―――。 ダロムワンの秘密がばれた方がマシだったのかも? |
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