第11話《本当のボス》 「結局、俺たちはキスすらまともにできないんだ……」 「やはりドドルゲの本当のボスを倒して、世界に平和をもたらさないとダメだ」 「本当のボス?」 「そう、ドドルゲがこの世から全く消えて、世界に平和が戻ったとき、ダロムワンは必要なくなり、僕たちは普通の恋人同士になれる」 * * * 普通の恋人同士と言っていいのか。男同士でも。とにかく、俺たちは愛のために戦うことを決意した。 そして、一日も早くドドルゲを一掃するためには…… 「今までのような待ちの姿勢ではダメだ」 「待ち?」 氷川の瞳がきらりと光った。 「麻雀の話じゃねえぞ」 氷川の手には『麻雀虎の穴〜何で待つ?!』が握られている。明日からは、同シリーズ『何を切る?!』に入るらしい。 「ドドルゲが犯罪を起こすのを待って追いかけるんじゃ、いつまでたってもイタチごっこだ。こっちから敵のアジトを見つけ出して叩く!」 臭い匂いは元から絶たなきゃダメ!という気持ち。 氷川は瞳を見開いて、感心したように言った。 「すごい、陽、積極的」 「っていうか、今まで思いつかなかったのか?」 俺が唇を尖らせると、氷川は持っていた本の角を顎に当て宙を睨んで応えた。 「うーん……気がつかなかった」 めでたい奴だ。 「でも、どうやってドドルゲの本部を探すんだい?」 「それは、お前が頭脳労働だろ?」 俺がちょっとムッとすると、氷川は意味深に微笑んだ。 「体力にも自信が持てるって、昨日の夜わかったんだけど……」 いやらしく耳元で囁いた。 俺は顔に血を上らせて氷川の頭を殴る。 「あっ、いた」 と頭を押さえた氷川が、不意に顔を上げて俺を見つめる。 「何か、今、殴られて一つ閃いた」 「何?」 「考えたくなくて、忘れようとしていたけれど、僕たちの身近にドドルゲと接触した人間がいる」 瞬間、脳天気そうな金髪外人(ハーフ)の顔が浮かんだ。 「西条!」 「おや、君たち揃って、どうしたんだ?」 調理実習の準備をしている西条のところに行くと、奴はへんな鼻唄を歌いながら玉ねぎを洗っているところだった。 今日はどんなゲロまず料理をつくるのか? 「聞きたいことがあるんだよ」 俺が話をすると、西条は面白そうに眉を上げて言った。 「……それで、私にどうやってドドルゲと接触したか聞きたいと?」 「ああ、前に奴らとギブテで取引したって言ってただろ?」 俺の言葉に、ふふふんと嬉しそうに西条は笑う。 「それを、私が簡単に教えるとでも?」 「嫌だって言うのかっ?」 熱くなる俺を、氷川がそっと押さえる。 「嫌なんて、言ってないよ」 西条は指の先で玉ねぎをくるくる廻しながら 「ただ、何事も世の中ギブテだよねえ」 ギブテ、義父の手じゃない、ギブ&テイク。 ほくそえんで下を向いた西条の瞳が、上目遣いに俺を見る。俺はちょっと、いやかなり嫌な予感がした。 氷川も同じだったらしい。俺の前に出ると、西条をその切れ長の瞳で睨みつけ、低い声で言う。 「陽をどうこうしたいと言うのなら、僕が断りますよ」 「うーん、どうこうしたいのはヤマヤマだけど、私も今は教職にある身だしね」 ワザとらしく眉をひそめる西条。それが、教え子を麻雀地獄に引きずり込んだ奴の台詞か? 「そうだ。大地君にちょっと手伝ってもらうってことにしようかな。実習準備」 「?」 「玉ねぎを切ればいいのか?」 包丁を握らされて、俺はきょとんと西条を見た。 西条はニッコリ笑って言った。 「そう。でも、水中眼鏡とか無しだよ。そのまま、ゆっくりみじん切りにしておくれ」 訳がわからず首をひねると、氷川も不安げに俺を見る。 「とにかく、これをみじん切りにしたら、教えてくれるんだなっ」 俺は、包丁を固く握りしめて玉ねぎを掴んだ。 「うっ……」 ものの三分で、涙が出てきた。 ボロボロと涙が零れ出て頬を伝う。しゃくりあげながら指でぬぐったら、余計にしみた。 「たっ……」 「ダメだよ。そうすると、余計に痛くなるから。何もしないで」 西条がひどく優しげに言う。自分でやらせといて。 「そうなのか?」 俺が顔をあげると、俺を見つめる西条と氷川と目が合った。といっても、俺の目はかすんでいるが。 「うっ」 氷川が何故か赤い顔をする。西条がうっとりと言った。 「な、そそるだろ?大地君の泣き顔」 おい! 「とにかく、約束だから教えろよ」 玉ねぎを切り終わった俺が赤い目で睨むと、西条はニッコリ笑って 「じゃ、ちょっと待ってて」 と部屋を出て行った。 「大丈夫か?」 氷川が俺の顔を覗き込む。 「痛いよ」 憮然というと、氷川が瞼にそっとキスしてくれた。 「可哀想に……」 何かそれだけで、ゾクッとして腰がふらつく。昨日の事があってから、やっぱり前と違うのはしょうがないけど、本当にこんなんで正義の味方がはれるのだろうか。 そのうち、ダロムの戦士とやらに愛想つかされてしまうのではないだろうか。 それはそれで普通になれるということだけど。 俺が柄にも無く色々と考えていると、足取り軽く西条が戻って来た。 「お待たせ」 西条が手に持っているのは、とても三十になる男が持つとは思われないファンシーな…… 「キティちゃん?」 「の、交換日記帳だよ」 なんじゃ、そら。 「私はこれでドドルゲと連絡を取り合っていたんだよ」 ほら、と西条がよこしてくるので、受け取って開いてみた。 6月6日 雨がざーざーの日 ジョージョーちゃん。元気? 今度ジョージョーちゃんの行く学校に氷川って髪の長い男がいるから、要チェックよ。 そいつがダロムワンなの。そいつの相棒を探ってさらって欲しいの。 さらった後は、好きにしてよくってよ(キャッ) じゃあ、わかったらまた連絡してね。 今日のラッキーアイテムは、オグリキャップの携帯ストラップよ! 「…………」 いかにも女子中学生あたりが書きそうな丸っこい少女文字とその内容に、俺が呆然としていたら、さすがに氷川は冷静にそのノートを見詰めて言った。 「この、ジョージョーちゃんというのは、西条のことだな」 「そうジョージ・ウッド・西条。ジョーが二つでジョージョーがコードネームだった」 よく考えたら、どうでもいい話だ。 「それで、これをどうやって交換していたんだ」 「お互いの郵便受けに入れるのだ」 「は?」 * * * 「府中市浅間町……」 西条に書いてもらった地図を見ながら、その交換日記を入れていたという郵便受けに向かって俺と氷川は歩いている。 「なんか、俺んちのすぐ近くじゃねえか」 最寄駅は俺と同じだ。すぐに目的の建物は見つかった。 「しかし、普通のマンションだな。本当にこんなところにドドルゲがすんでいるのか?」 氷川が、見上げてつぶやく。 「ってゆーか、ドドルゲがあんな字を書いてるってのもなぁ」 俺にはどうしても、女子中学生の字にしか見えない。 「ここだ」 マンションの入り口にたくさんの郵便受けが並んでいる。西条に教えてもらったのは、その中の4649号室だ。って、いったい何世帯あるんだ、ここ。 「ポストの中には何も入っていないな」 氷川が覗き込んで言う。 「チラシも無いってことは、誰かが住んでいるのは間違いない」 「これからどうする?」 俺は氷川を見る。こういうときは、ひとまず頭脳労働担当の氷川の意見に従う。 「いきなり、訊ねていくというのもなんだから」 そりゃそうだろう。 「石川ひとみ作戦」 「は?」 「まちぶせ」 「…………」 ほんとにお前いくつだ? 俺たちは、マンションの郵便受けが見える適当なところに移動し、缶コーヒーを買って備えた。 「やっぱり張り込みといえば缶コーヒーだな」 氷川が満足げに頷く。 その缶コーヒーをそれぞれ五本も開けたころ、4649号室の郵便受けの前に人影が立った。 「あ、あれ!氷川っ」 「ああ」 4649号室の郵便受けの前に立った人物を逃がさないように、急ぎ足で近づくと、肩を叩いた。 「おい」 「えっ?」 振り向いた、その顔は! 目に星が三つは入っていて、口は驚いているはずなのに逆正三角形。その口元に当てられた手の小指は立っていて、むちゃくちゃ少女漫画のヒロインじみた……おかまだった。 ガタイのよさは清原並みで、ひげの剃りあとの青さは、若き日の長嶋茂雄並み。最近のたとえで言うと、市川染五郎か。 「なんなの?あなたたちっ」 やっぱりおかまだ。 西条、おかまと交換日記していたのか。なんだかとほほだ。 「貴方に聴きたいことがあります」 氷川が、おかまに驚きもせず、無表情に話し掛ける。 「あら?」 心なしか、おかまの目が潤んだ気がする。気のせいか?気のせいだといってくれ。 「何かしら……」 しなを作って微笑む清原並みにでかいおかま。 氷川はキティちゃんの交換日記帳を取り出した。 「これは、貴方が書いたものですか?」 「それはっ!」 おかまの目が見開かれて、さっきまで三つだった星が、五つに増えた。 これが『目力(めぢから)アップ』とかいうものか? 「貴方が書いたんですね」 氷川が重ねて問い掛けると、おかまはふるふるふると首を振って言った。 「違うわ。その字を書いたのは、確かに私だけど」 どういうことだ? 「それって、お前が書いたってことだろ」 「だから、書いたのは私だけど、代筆っていうか」 「代筆?」 氷川の目が光った。 「誰が、貴方にそれを書かせたのです」 「それは……」 「それは?!」 俺たちが詰め寄ったら、なんと!いきなりおかまの胸が盛り上がった。 「きゃっ」 「なんだあっ?」 おかまの着ていたジャケットの下からTシャツが飛び出したかと思うと、突然おかまは跳ねるようにその場から逃げていく。 「あっ、こら」 「待てっ」 不意を疲れてしまった俺たちは、せっかく塞いでいたのにまんまと取り逃がす。 「追いかけるぞ」 俺が叫ぶと 「待て」 氷川が俺の腕を掴んで 「ダロムワンになったほうが速い」 そう言って、俺を引き寄せる。 「あ……」 氷川の唇に俺の唇が反応して、痺れるような快感が背中を駆け抜ける……って、変身のたびに欲情してどうする俺っ! マンションの入り口を明るく照らして、ダロムワン参上。 「あっちだ!」 氷川に言われて、走り出す。 やっぱり、こっちのほうが断然速い。 飛び跳ねるおかまの巨体は、すぐに視界に入った。 「待てっ」 ジャケットの後ろを掴むと、一瞬おかまの動きが止まったように見えたが、次の瞬間にはそのジャケットをずるりと脱ぎ捨てて、中身だけが跳んでいく。 「あーん、私のじゃんぽうるごるちぇのジャケットーぉ」 名残惜しげに叫んでいる様子は、自ら捨てたのではないということか? 確かに高そうだから、ここに置いていくのは忍びない。とりあえず、そのジャケットは握りしめたまま後を追った。 「待てというにっ」 今度こそ、Tシャツごとがっしりと肩を掴んで振り向かせると、おかまは激走に白目をむいていた。 そして、相変わらずぴょんぴょん跳ねているのは、おかまのTシャツの胸の…… 「ピョン吉?」 俺は小首をかしげた。たぶん太陽の塔の顔も小首をかしげている。 そこには、蛙とは似ても似つかない怪しい生物が、それでも何か懐かしいアニメを髣髴とさせるありさまで歯をむいてじたばた跳ねている。 「なんだよ、これ」 Tシャツにはりついた妙な生き物、ビジュアルで言えばピグモンをもっとへちゃっとした感じ、に呆然とすると、次の瞬間とんでもない事が! 「いっでぇぇぇぇぇぇっ」 ピグ吉がダロムワンの腕に噛み付いた。 俺は、思わず腕を振り払う。 するとピグ吉はぶるんと大きく身体を震わせて、Tシャツごとおかまの身体から離れた。 「あっ」 まさしく、あっという間に、目の前から消えた。 やはり、さっきまでは巨体を抱えての走りだったからか。身軽になったら、ダロムワンでもタニノギムレットでもかなわない。恐ろしい俊足。っつーか、とんでっているのか? しょうがないので、俺たちはおかまから事情を聞くことにした。 「う、うう、ん」 気持ちの悪い悩ましい声を出して、おかまが目を覚ました。 横になったまま、俺と氷川を見上げて、次の瞬間自分が裸(上半身)である事に気がつき 「きゃっ」 と、叫んで胸を隠す。怯えた目で氷川を見上げる。 おそうかっつーの! 「ほら」 思い出して、俺はさっきのジャケットを渡した。 「あっ、私のごるちぇvvv」 よかったな。 正義の味方が拾ってやったんだ。 「さっきのTシャツのアレ……」 氷川が言うと、おかまは慌てて左右をみて叫んだ。 「あら、ルゲ吉、どこに行っちゃったの?」 やっぱりそんな名前か。 そして、おかまが話しはじめた。 「あの日、私はお店に遅れそうになって、走っていたの」 お店っていうのは、やっぱり二丁目か? 「すごく急いでいて、すし屋の出前のお兄ちゃんを突き飛ばしたり、そこのオヤジさんに怒られたり大変だったんだけど、とにかく焦っていて、前に何かあるような気がしたんだけど、そのまま走っちゃったら、たまたまそこに落ちていたガンダム人形にけつまづいて」 「……」 「倒れ込んだら、胸にルゲ吉が貼り付いていたの」 やっぱりそう来たか。 「ルゲ吉というのは?」 氷川が、相変わらず無表情に質問する。 「私がつけたのよ、ルゲルゲ鳴くから」 「で、あの交換日記は?」 「そう、あれは……」 おかまが、記憶を手繰るように宙を見つめる。 目力アップ。 「ルゲ吉は、いつもルゲルゲとしか鳴かなかったけど、一心同体になった私たちはいつしか心が通じ合うようになったの」 『ルゲ吉、今日ね、お店でこんなこと言われちゃったの』 『ルゲルゲ(バカだな、そんなこと気にするなんて)』 『ルゲ吉、この口紅どうかしら?』 『ルゲルゲ(君の唇に触れられる、その口紅に嫉妬するよ)』 『ほほほほ、ルゲ吉ぃ、私を捕まえて御覧なさい』 『ルゲルゲ(こいつぅ――う、あはははははは……)』 『ほほほほほほほ…………』 「ほほほほほほほ…………」 「もう、ええっちゅーに!」 妄想に高笑いするおかまをどやしつける。 氷川は我慢強く尋ねた。 「で、その交換日記は」 「あ、そうそう、それよね。それは、ある日ルゲ吉が買って欲しいとせがんだの」 「キティを?」 俺は眉間にしわを寄せた。 「あれは、私の趣味よ。とにかく交換日記をしたい相手が出来たって言うんで。ちょっぴり妬けちゃったんだけど」 妬くか?あの生き物に。 「相手は、家来みたいなもんだからって言って」 ぷっ、可哀相に西条。 「ルゲ吉がいうとおりに書いていたのよ」 「……あのラッキーアイテムも?」 「あ、あれは私vvv占い趣味なの、うふ」 「他に、だれかと接触していた気配は?」 「さあねぇ、交換日記はそれだけで……最近は猫みたいに、夜中時々抜け出していたようだけど」 「え?別々の時もあったのか」 「いやねえ、お風呂とか、ナニする時は私だって裸よう」 うげげげげ。 ふうっ、と氷川が溜息をつく。ハッとおかまがその横顔を見つめる。こらっ、見惚れてんじゃねえっ! 「結局、あいつを取り逃がしてしまって、何も手がかりは残っていないって訳か」 「そうだな……」 俺たちは顔を見合わせた。 今回の収穫はゼロ。いや、妙なおかまと知り合ってしまったというダメージで、むしろマイナスと言うところだ。 正義の味方の歩む道は、険しい。 「でも、あのルゲ吉ってのが本当のボスなのかな」 「ちがうだろ」 |
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