第1話《謎の転校生&狙われた学園バス》


そいつは男のくせに腰まで長く髪を伸ばしていた。
その髪も肌も目の色もひどく色素が薄く、彫りの深い日本人離れした容姿を持っていた。
同級生とは思えない大人びた雰囲気と、その秀麗さにクラスの女子達から溜め息が洩れる。
氷川涼(ひかわりょう)と名のったその転校生は、教壇から真っ直ぐ自分の席に向かったと思いきや、俺の席を通り過ぎる際、クルリと振り向くと、じっと俺の顔を見て、おもむろに微笑んだ。
「やっと見つけた。私の半身」
(ほあ?)

* * *

昼休み、俺はその転校生氷川涼に屋上に連れてこられた。黙って歩く氷川の後ろを歩くのは落ち着かない。
「なんだよ、氷川。話って」
転校生には親切にしてやらなきゃいかんと思っちゃいるが、転校早々の奴から『話があるから屋上に』来いといわれるのはなんだか不穏な気配だ。氷川は周りに人がいないことを確認すると、俺の肩に手を置いて、重々しく言った。
「大地陽(だいちあきら)君。君は、ダロムの戦士なんだ」
(ほあ?)
意味がわからずポカンとする俺に、氷川は次々と謎の発言をする。
「今、この世界は悪の組織ドドルゲ軍団に征服されようとしている。僕と君とはそのドドルゲ軍団から、世界を、いやひとまず日本を、もっと手近なところで東京都下三多摩あたりを守るために、ダロム星から遣わされた、正義の戦士なんだよ」
「…………」
「おい、どこに行く」
「いえ、ちょっと」
頭の不自由な方とは、二人っきりでいたくない。
「信じていないな!大地!」
「信じられっか!タコ!」
俺は、ごく普通の高校一年生で、生まれてこのかたダロム星はおろか、沖縄だって行ったことがねぇんだよ。
「しょうがないな。僕は君に出合うために、ひたすら転校を繰り返してきたというのに」
「そりゃごくろうさんなことで」
「おかげで、一年生も三回やる羽目になってしまったよ」
「げぇ、どおりで十六にしては老けてると思ったぜっ」
「まあ、そんなことはどうでも良いよ。とにかく僕と君とは二人で一つのダロロームなんだ。世界を守るために協力してくれ」
「なんだよ、そのダロロームってっ」
「僕も良くわからないけどね。僕の中のダロムの戦士がそう言うんだ」
狂ってるぜ。幸いにも俺の頭には、ダロムの声は聞こえちゃいない。
「人違いだぜ。他を当たってくんな」
踵を返しかけたところ、氷川の腕が俺の腕を掴んだ。振り返ると、酷く真剣な目をした氷川が俺を睨んでいる。綺麗な顔だけに迫力があった。
「証拠を見せないと、信じてもらえないようだね」
「証拠?」
何故だか、背中がゾクリとした。
次の瞬間、氷川の腕が俺の身体を強く引き寄せ、奴の胸に抱きしめられた俺は唇をふさがれていた。
(ひ?!)
叫ぼうとしたら、辺りに激しい閃光が煌めいた。眩しくて目をつむった。
(身体が……熱い……)

気が付くと、俺は屋上にひとりだった。
氷川もいない。どういうことだ?突然キスされたショックで、俺は気でも失っていたのか?
「なんだよ。氷川の奴、どこに言ったんだ」
あんな事しときながら、と憮然と呟くと
「ここにいる」
「はうぁっつ!」
耳元で声がするので、慌てて振り返ったが、氷川の姿は無かった。気色悪い。
「ど、どこにいるんだよっ」
泣きの入った声になっているのは否めない。
「お前と一緒にいるんだよ」
「は?」
「だから、今、お前と合体してダロムワンになっているんだ」
「ダロムワン……」
呆然と自分の姿を見ると、まさに円谷プロ御用達の気ぐるみを着せられたような、銀色のジャンプスーツのような、トホホな姿だった。
「どういうことだよ。これ……」
母親が水仕事するときの厚いビニール手袋のような手をじっと見ているうちに、俺は、突然、今の自分の顔が無性に気になった。
「おい、鏡持ってるか」
頭の中で氷川に声をかける。
「学生服には入れていたけど、今は無いね。このカッコ、ポケットないし」
俺達の着ていた学生服がこの状態でどうなっているのかなども気にならないわけでは無かったが、それより今はこの顔だ。俺は、屋上から一番近いトイレに走った。
気のせいか、えらく早く走れた。トイレに入ると、先にいた奴らはギョッとしたようだが
「特撮研です」
俺が片手を挙げながら言うと、
「なんだ。脅かすなよ」
「今年は良く出来てるじゃねぇか」
と笑いながら、出て行った。
恐る恐る鏡を覗くと、そこには
『芸術は爆発だ!』
岡本太郎作『太陽の塔』の顔があった。がびーん。
「いや、そこまで酷くはないよ」
頭の中で氷川が言う。
「僕は懐かしのアニメ『マジンガーZ』のアフロダイエースに近いと思うね」
氷川、ほんとにダブっているのは二年だけか?
洗面台に手をつきがっくりうなだれていたら、後からトイレに入ってきた生徒が訝しげに見ている。
「まずい、ここにいては、正体を疑われる」
氷川の声に我に返って、俺は走り出した。気のせいか、えらく早く走れた。気のせいじゃないんだな、きっと。
「わ――――――ん。バカヤロー」
ショックのあまり、学校を飛び出したが、行くところも無い。
「氷川、このカッコいつまで続くんだ。ウルトラマンみたいに三分とかじゃねぇのか?」
「うーん。僕も変身したのは、初めてだからね」
無責任な奴だ。
その時、胸のボタンが点滅し、頭の中にサイレンが鳴った。
「氷川?」
「大地!敵だ!」

                                     
(ここでCM♪)



「あっちだ!」
氷川の声に従がって走る。
前方に小型のマイクロバスが見えた。
「あれは、私立多摩川学園付属幼稚園の送迎バスだ」
氷川の言葉に
「なんで、そんなもの襲ってるんだ?」
走りながら、素朴な疑問を口に出す。
「伝統なんだよ。世界征服の第一歩は幼稚園バスの襲撃から」
「なんじゃ、そら」
「小さな事からコツコツと」
よくわかんねぇが、ふざけた怪人どもだ。

「待てっ」
駆けつけると、妖しいタイツ姿の怪人たちが、幼稚園児を抱えあげていた。
『ルゲー、ルゲー』
『ルゲルゲー』
この変な言葉は奴らの言語らしい。それで意味通じんのか、お前ら。
その怪人らの怪しい掛け声に加えて泣き叫ぶ子供達の声で、かなり騒然としているのだが、何故か周囲にはその他の人も車も無い。この騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのも俺達(といって良いのか?今は一人でも)だけだった。
「これも何かのお約束か?」
俺がつぶやくと、氷川が察して答えてくれた。
「怪人が現れたところは、一種の異空間になるんだよ。事件の当事者達と僕ら以外にはこの半径数十メートルの出来事は見えていないんだ」
そうだったのか。
「とりあえず、そんなことより!」
氷川が叫ぶ。
「おうっ!行くぜっ」
俺は地を蹴って、怪人どもの中に突っ込んでいった。

「大地、右だ!」
「おうっ」
「後ろだ!」
「くそっ」
「あっちからも来るぞ」
「わかった!……って、なんか戦ってるの俺だけじゃねぇか?!」
幼稚園児を庇いながら、怪人たちをぶっ飛ばす。相手が異様に弱っちいので、それほど苦痛じゃないが、どうもさっきから氷川は指示してるだけの気がする。
「うーん。僕が頭脳労働担当、君が肉体労働担当ってとこだね」
これでギャラ一緒!なんちゃって、と笑う氷川。
「だれがギャラをくれるってゆーんだよっ」
怒りにまかせてドドルゲ怪人の頭を蹴り倒す。ナイスキック!!
面白いくらいに身体が動くのはいいんだけどね。
怪人の最後の一匹(とても一人とか数えたくない)を倒すと、突然おどろおどろしい声が響いた。
『どどどどるるげげげけぇぇぇー』
マイクロバスの陰から、半漁人のような異様な生き物が姿を現した。ラスボスか?
「今の今まで、バスの後ろに隠れていたのかな」
「黄門様みたいな奴だな」
『どどるげぇぇぇー』
ぴしゃんぴしゃんと気色悪い足音を響かせて、ドドルゲのボスが近づいてくる。
「う、ダメだ。氷川」
「何だ?大地」
「俺、魚、手で掴めないんだよ」
「だから何だ?」
「だから、ああいう半漁人というか、両性類っぽいのって…………苦手」
「正義の味方が、苦手ですむか!」
「わ―――ん」
氷川にどやされて、半泣きで俺は飛び掛った。
ううっ、気持ち悪い。何で、下っ端はタイツ野郎なのに、ボスは両生類なんだよ。蹴ってもぶよよんと跳ね返すこの感触が、ぬめぬめとした肌触りが、俺に鳥肌を立てさせる。って、今の銀色の腕には立ってないけどな、鳥肌。まあ、気持ち的に。

「うっ」
ボスはそれなりに強かった。水かきのついたようなぶにょっとした腕で、首を締められ俺は動きを封じられた。
(力が、抜ける……)
「大地、離れろ」
「ううううっ……」
「相手の急所を蹴って、いったん離れるんだ」
「急所って……どこだよ……」
「考えるんだ」
「頭脳労働は、お前の仕事だろっ!」
「わかった、じゃ腹だ」
「ほんとかよっ」
やけくそで蹴ったら、相手がひるんで、とりあえずボスの手から逃れることが出来た。

はあはあはあ。とりあえず、呼吸を整える。
「接近戦は不利だな」
氷川が呟く。
「お前の魚苦手意識から、ダロムワン本来の力を出し切れないでいる」
「だから、最初からそう言うとるやんけっ!」
正義の味方に突っ込みをさせるなよ。ボケ。
「そう怒るな、これから必殺の大技を繰り出すんだから、精神を集中させろ」
「必殺の?大技?」
「そう、必殺の遠距離武器、ダロムビーム」
「ダロムビーム……って、そんなんあるなら最初から言え!」
「いや、これはお約束どおり、一回しか使えないんだ。たぶん」
「たぶんかい」
「だから、最後の最後になってから使わないと」
「わかった。で、どうやるんだ?」
「まず、両手を胸のボタンを囲むように構える。そして、僕と君とが気持ちを一つにして、叫ぶんだ」
「なんて?」
ちょっと嫌な予感。
「決まってるだろ、ダロムビーム」
「ひいー、かっこ悪い」
「何を、失敬な!」
そんなこんなの会話を頭の中で繰り広げているうちに、ドドルゲのボスが次第に詰め寄ってくる。
「悠長なことやってる場合じゃねぇな」
「そうだ。いくぞ、大地」
俺は、構えて氷川とともに叫んだ。

「ダロムビィィィ―――――ム」


俺の、いやダロムワンの胸のボタンからでた赤い閃光に焼かれて、ドドルゲのボスは一瞬のうちに灰になった。
何故だか、下っ端怪人たちの姿も全て消えている。そういうものなのか。
幼稚園児達が一斉に俺達のところに駆け寄ってきた。小さい手が俺の(いや、ダロムワンのか?)身体にまとわりつく。
「ありがとう」
三、四歳くらいの可愛い男の子が、顔を真っ赤にして見上げてくる。俺はしゃがんで、その子と目線を合わせた。
「ありがとう、えっと……」
「ダロムワンだよ」
俺は、微笑んだ。つもりだが、あの太陽の塔の顔がどう変化したかはわからない。
「ありがとう、ダロムワン」
「ダロムワン、ありがとう」
幼稚園児の舌ったらずな声で繰り返されるお礼にくすぐったい気持ちになっていると、不意にあたりの喧騒が戻った。氷川が言った。
「異空間が解除されたんだ」
幼稚園児の母親らしい人達が駆け寄ってくる。
何でだ?
ママはお家で子ども達の帰りを待っているんじゃないのか?
そのための送迎バスだろ。
「バスジャックされたとかの通報が入ってたんだろ。ほら、さっさと隠れるぞ」
氷川に促がされて、その場を離れる。
その直後、合体が解けて、俺達はもとの学生服姿に戻っていた。
(この学生服の謎は、いつか解いてやりたいぜ)

さすがに力を使ってへたり込んでいる俺の横で、氷川は相変わらずの綺麗な顔に汗ひとつかいていない。すました顔で俺を見つめている。
俺がそれにちょっとムッとすると、氷川は俺の隣に座り、そっと俺の肩に手を廻して
「よくやったな」
と、優しく微笑んだ。
その笑顔に何故か俺は心臓がドキンと跳ね上がった。
「別に、俺だけじゃ。最後は一緒にビーム出したんだし……」
俺がモゴモゴと口ごもると氷川は真剣な顔で
「いや、そうじゃなくて。よく最後に名のったな」
「は?」
「普通あのタイミングで正義のヒーローが名のるのは難しいんだ。でも、名のってないといつまでもダロムワンの名前は子ども達に浸透しないからな。いや、よくやった」
「…………」

* * *


こうして俺は、正義の味方ダロムワンになった。
母親に手を引かれて行く子供達の姿をみながら、あの子達を救うことが出来たのだという充実感に浸る。
ふと、気がつくと、氷川の腕は俺の肩に廻されたままだったが、それは不思議と心地よかった。
『僕は君に出合うために、ひたすら転校を繰り返してきた』
氷川の言葉がよみがえる。
(わるくねぇな)
俺は、ひとりで微笑んだ。

俺達二人が、午後の授業をサボった罰で一週間のトイレ掃除をいいつかるのは、次の日の話だった。





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