「んっ、や…あ……」
「梅若…もっと、よく…見せて……」
「やっ」
 あれから俺たちは、部屋に入って、雨で濡れた着物を脱いだ。
 脱いでいるうちに二人ともどうにも我慢が出来なくなって、気がついたら畳の上で抱き合っていた。
 国光の熱い指が俺の全身を弄り、忘れていた――ううん、忘れようとしていた――官能の火を、容易くともす。
「国光……」
 喉を逸らして喘ぐと、国光の細くて長い指が、口の中に指し込まれる。
「ん…っ」
 歯や舌の裏まで愛撫しようとするそれに舌を這わせて、唾液を絡める。その指が与えてくれる刺激を、俺の身体は震えるほど望んでいた。

「梅若……」
「んんっ」
「熱い…凄く……」
 俺の後ろに指を入れて掻き回しながら、耳元で国光が囁く。
 俺は、国光の首に両腕を巻きつけ、両足は腰の後ろで交差して、まるで猿の子供のようなみっともない格好だったけど、羞恥心などはどこかに捨ててしまった。国光の指が動くたびに、新たな刺激を求めて、俺の腰はいやらしく動く。
「くに…みつ…んっ、あぁ……はあっ」
「梅若…可愛い…私の梅若……」
「あっ」
 何日かぶりに聴く国光の声は、妖しいクスリのように、俺の思考を奪っていく。
 もう、何も……考えたくない。
「国光…来て……」
 霞んだ視界の先で、国光の端整な顔がこれ以上無く優しく微笑んだ。



 気がついたら明け方だった。
 一体あれから、何時間やってたんだ? 俺たち。
 途中、意識が無かったのは気を失ったのか、眠ったのか。
 でも、ずっと国光の暖かな温もりを感じていた。

 いつの間にか敷かれている布団や、散らばった衣装の波に、二人で包まっている。

 こういうこと言うの、照れるけど……なんか……
(なんか……泣きたいくらい幸せ。うっ、やっぱ照れるぜ)
 こんな幸せを、自分から捨てようとしていたんだ、俺。
 
 思わず呟く。
「よかった、早く気づかせてもらえて」
 国光の顔が見たくて、俺は、けだるい身体を起こした。
「ん、梅若、どこに行く?」
 直ぐに国光の腕が伸びて来て、俺を引き寄せ、抱きしめる。
「どこにも、いかない……」
 国光の、裸の胸の上に身を乗せて、自分からそっと口づけた。
 国光の意外に長い睫毛が瞬いて、くすぐったそうに目を開けた。
 俺は、その瞳を見つめて、もう一度言った。
「もう、どこにも行かない」
 どこにも……現代にも、帰らない。
 このまま、ずっと、国光の傍にいたい。
 いいよね?国光―――
 いいだろ?梅若―――
「国光……」
「ん?」
「俺、お前に話すことがある……」
「何?」
 俺が、たとえ本当の梅若じゃなくっても、国光は今の俺を愛してくれるよね。ううん、例え、前の梅若を想って国光が泣いたとしても、俺は傍にいる。傍にいて、国光が俺を、俺自身を愛してくれるまで、がんばる。
 
 自分の気持ちが、はっきりしたんだから―――絶対、負けないよ。





《エピローグ》
 
 くすくすと国光が笑う。
「何だよ。何が可笑しいんだよっ」
「いや、だって……」
「人が真剣に話しているのに、笑うことねえだろっ」
「ごめん、ごめん」
 国光は、ムッとする俺を抱き寄せた。
 布団の中で、俺の長い長い告白が終わったところ。
「俺は、お前の梅若じゃねえんだよ。いいのか? それでも……」
 俺がほんの少し弱気になって小声でうつむくと、国光は、俺の鼻をぎゅっとつまんだ。
「行方不明になって見つかった後の梅若が、前とは違うって言うのは、皆が思っていることだよ」
 そして、目を細めて言った。
「それに以前の私たちは、決して恋人同士と言える間柄じゃなかったからね」
「え?」
「知らないことだろうけれど、お前は、私がどんなに言い寄っても、決して抱かせてはくれなかった。座長も邪魔してくれてたし」
「えええっ?」
 国光は、俺の髪を撫でながらうっとりと囁く。
「だから、初めてここでお前を抱いた時は、嬉しかったよ」
 ちょっと待て。
 初めて、抱いた……って、あれか? 八百屋お七の、あれか?
「うそ……だって、お前、あのとき……すごく自然に……」
 動揺した俺が、口をパクパクさせると
「いつも、ああいう風に誘っても、するりとかわされていたから、正直驚いた。狐が憑いてくれたおかげかと、翌日、あの稲荷神社に油揚げをたくさんお供えしたよ」
 おいおいおいっ。
 じゃ、俺の悩みは、なんだったんだよ。
 俺が複雑な顔をすると、
「どっちでもいいよ。梅若が以前の梅若でなくても、どうでも」
 国光は優しい目をして言った。
「言っただろう、私は、今の梅若が好きだ」
「国光……」
「それにしても、怖い顔して話があるとか言うから、もっと嫌なことかと思ったよ」
「嫌なこと、って?」
「え、たとえば、その……浮気の告白とか」
 チラリと気まずげに言うので、俺はいきなり思い出した。
「あっ、あの!」
 祐四郎につけられたキスマーク!
「あれは、違うぞっ、俺は誰にも抱かれてねぇし、浮気なんかしてねえからっ」
 そして、いきなり自分も『嫌なこと』を思い出した。
「国光こそ、俺に隠れて浮気してたじゃねえかっ」
「え?」
 とぼける国光に、俺はあの赤い着物の女のことを詰め寄った。
「あ……ああ、あれを見たのかい?」
 驚く国光を、俺は思いっきり睨み付けた。
 国光は、困った顔をして言った。
「あれは、仕事だよ。『ワじるし』っていってねぇ」
「ワじるし?」
「言いにくいんだけど……男と女のアレとか裸の女人とか、仕事で描くこともあって」
 あ、春画ってヤツ?
「隠していたのは、悪かったけど……せっかく梅若に好いてもらえたのに、そんな絵を描いているなんてって愛想つかされるのも嫌でね」
「そうだったのか……」
 腑に落ちて頷くと、国光の腕が伸びてきた。
「ひょっとして、妬いてくれたのかい?梅若」
「え?」
「悪かったよ、お前に辛い思いをさせちまったんだね」
 俺の裸の身体を、すっぽりと包み込む。
「ん……」
「ワじるしは、もうやめるよ。お前が嫌ならね」
「べつに……いいよ。仕事だって、わかったから……」
「つれないね。ものわかりの良い恋人はつまらないよ」
 国光が、俺の耳元で囁く。
 俺はまた妖しい気持ちになって、目を閉じた。
「じゃあやめて。もう他の人描いちゃいやだ……」
 あの国光の視線は、俺だけのもの。
「ずっと、ずっと、俺のことだけ見て……描いて……」
 俺がそう囁くと、国光は、本当に嬉しそうに喉を鳴らした。
「そうするよ。梅若……」
 俺の髪に顔を埋めて、くぐもった声を出す。
「お前が、嫌だといってもね……」
 国光の唇が降りてくる。
 そして、俺たちはまた昨日の夜の続きを始めた。









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