「どこに行ったんだ……」 美樹原は店の外に出て辺りを見渡すけれど、巳琴たちの姿は無い。 (救護室に連れて行ったのかな……) 美樹原にしてみれば、まさか弘明たちが自分から逃げているとは思わない。巳琴の具合が悪くなったかして、店にいられなくなったのかと心配する。急いで救護室に戻ってみたが、当然そこにはいない。 (一体、どこに……?) 園内のベンチや、休憩できそうな場所を見てまわるが、なにしろ弘明たちは隠れているのだから見つかるわけがなかった。 思いついて巳琴の携帯電話にかけてみても、圏外だ。ディズニーシーの中は、しばしば圏外になって携帯が通じない、はぐれたとき用に待ち合わせ場所を予め決めておくのが無難である。 (って、インターネットのガイドにも書いてあったな……) 美樹原は、小さく舌打ちをした。 それにしても、ディズニ―シーは広い。メディテレーニアンハーバーからミステリアスアイランドを抜けて、マーメイドラグーンを横目に、ロストリバーデルタへ……といって、行ったことのない人には全然わからないだろう。行ったことのある人でもこの地名は覚えられないと思うのだがどうだろうか? ともかく美樹原は、その広大な敷地を彷徨っていた。 (こうなったら、園内放送だろうか? しかし、シーの中で園内放送ってやってたか?) 迷子のお呼び出し……聞いた事無い気がする。美樹原はそこまで考えてはっと思い出した。 ここには、貴虎が来ていた。 (お呼び出しなんかかけたら、あいつが真っ先に飛んでくる) と、心の中で貴虎のワイルドな顔を思い浮かべたまさにその時、 「おい!」 肩を叩かれ、美樹原は飛び上がりそうになった。 耳慣れた声に振り向くと、たった今思い浮かべた顔が目の前に立っている。 「や、やあ……タカトラ」 「何で、こんなところにいるんだ?」 貴虎は不審そうに眉間にしわを寄せて、美樹原を見つめる。 その腕には、やたら背の高い美女が縋りついている。 「ミッキーも来てたのぉ? 偶然ねえ」 「ホント、奇遇」 美樹原はにっこり微笑みながら、後ずさった。 「おい、質問に答えろよ」 貴虎が詰め寄る。 「何、って、ここには遊びに来ているんだよ。他にある?」 美樹原が言うと、 「一人でか?」 貴虎の鋭い突っ込み。 「…………いや」 視線を泳がせた美樹原の返事に、貴虎の瞳が光った。 巳琴は、今朝から出かけていた。 「お前、まさか、また……」 「ああ、実は、高校生の団体の引率を頼まれちゃってね」 「は?」 「はぐれちゃったんだよ」 美樹原はわざとらしく、きょろきょろと辺りを見渡して、 「じゃ、急いでるんで」 走り去ろうとして、その腕をつかまれた。 「いた…っ」 「てめえ、高校生って、ミコトじゃねえだろうなあ」 「…………」 「ミーキー」 どすの利いた声に、仕方なく頷く。どうせ後でばれるのだ。 「……で、はぐれたって?」 「まあね」 「ダセエな」 「しかたないよ。待ってろって言ったのに、いなくなっちゃったんだから」 「どこから?」 「…………」 美樹原は観念して、全部話すことにした。 貴虎の形相が変わった。 「てめえ、ミコトに酒飲ませたってっ?!」 美樹原の胸倉を掴む。 「あいつは、奈良漬でも酔うんだ」 「悪かった。知らなかったんだよ」 「知らなくても、未成年つかまえてだなあ」 未成年の時から飲みまくっていた貴虎が、怒りに声を震わせると、美樹原はひと言言い返した。 「でも、ミコトくんが酔った原因は、お前だ」 「は?」 虚を衝かれて貴虎は黙った。 美樹原は、貴虎の腕から自分の襟を取り戻し、丁寧にしわを伸ばしながら続けて言う。 「お前とアキが歩いてんの偶然見たんだよ。それでその後、食事に入ったらいきなりグラス一杯空けて、そして悪酔い」 「…………」 「アキのこと、お前の恋人じゃないかって、心配してたよ」 美樹原の言葉に、アキと呼ばれた美女がはしゃいだ。 「いやーん、そう見えちゃった? やっぱし」 両手を頬につけて片足跳ね上げて喜ぶポーズ。その横っ面を貴虎の拳が殴る。 「ぎゃ」 大柄美女は、キッと振り向いて 「グーで殴んないでよっ、このDV男っ」 「お前と、俺の関係で、何でDVになるっ!」 ちなみに、DVとはドメスティックバイオレンス。知らない人は検索しよう。 「大体、美樹原、その誤解に対して何て答えたんだお前はっ」 貴虎に言われて、美樹原はちょっと気まずい顔になった。 「ったく、どいつもこいつも……」 と呟いて地面を睨んだ貴虎に、美樹原はちょっとだけ開き直って言った。 「でもさ、そういう誤解をさせてしまうってことは、ミコトくんは、やっぱり不安なんじゃない?」 「何だって?」 「タカトラがしっかりしていれば、ミコトくんだって余計な心配しなくてすむってこと」 美樹原の言葉に、貴虎は黙った。 二人が、黙って互いに鋭い目で見つめ合っていると、アキがのんびりとした声で言った。 「ねえ、どうでもいいけど、その巳琴ちゃんってのを、探すのが先じゃないの?」 はっと二人は我に返って、 「その通りだ」 左右に分かれた。 * * * フォートレス・エクスプロレーション。 プロメテウス火山の麓にある、大航海時代のガリオン船や要塞の中をひたすら歩き回って見学するというかなり地味なアトラクションの中に、弘明たちは隠れていた。 「でも、大砲の紐を引っ張ると音がしたりして、ちょっとは派手なところもあるんだよ」 「武志、誰に向かっていってるんだ?」 「独り言。それより、巳琴どうすんだよ」 武志の質問に、弘明は 「目が覚めるまで俺がついているから、お前ら、遊びに行っていいぜ」 巳琴の寝顔をチラチラと見つつ応えた。透がすかさず口を開く。 「俺も、巳琴についてるぜ」 「じゃあ、俺一人で回れってか?」 「武志がかわいそうだろう?透つきあってやれよ」 「そう言うならおまえがつきあえよ。委員長なんだし」 「そんなの、関係ない」 「どうでもいいけど、お前ら、そんなに俺と回るの嫌なのかよ」 ムッとする武志。 「ここに四人がかたまっていたら、すぐ見つかってしまう」 弘明は眉間にしわを寄せて、拳を握って、透に言った。 「ジャンケンで負けた方が、武志と一緒にここを離れるんだ」 「何で、負けた方なんだよっ」 武志の言葉はきれいに無視して、弘明と透はジャンケンをした。 「ジャーンケーン」 (頑固な透はグー!) 心で叫んでパーを出す。弘明は、今回はじめて満足いく結果を出せた。気合が入りすぎて拳をにぎりしめたまんまの透は、 「ああああ……」 ガックリと膝をついた。 「ムカつく、その態度」 武志が、プイと踵を返す。 「ほら、お前も行け」 弘明が透の尻を蹴る。 すごすごと武志の後を追った透の背中を見送って、弘明は巳琴を振り返った。巳琴は、まだ眠っている。赤く染まった頬と長い睫毛、ほんの少しだけ開かれた唇が、腰にグッとくるほど艶めかしい。 「やっぱ、眼鏡がないとクルよなあ」 普段の黒縁眼鏡も可愛いのだが、こうして眼鏡を外すとハッとするくらいの美少年ぶりだ。入学したばかりの頃はだれも気がつかなかったのだが、半年近くも経つとクラスの大半が知ることとなった。 (宇喜多巳琴は、美少年だ) うっとりと、その顔を眺める弘明。ぐったりと座る巳琴の前にしゃがみこんで見つめていたが、 「大丈夫?具合悪いの?」 家族連れの人の良さそうな男が、二人の様子を見て声をかけてきた。 「あ、いいえっ、ちょっと眠っているだけですから」 弘明は慌てて返事して、 (この体勢じゃ、マズイな) 巳琴の隣に自分も座って、自分の肩に巳琴の頭を乗せると、そっと背中に腕を廻した。 (これで、一見ラブラブの恋人同士だ) 自然、口元の緩む弘明。 横目で見ると、巳琴の無防備な顔が、自分の顔のすぐ間近にある。 またまた腰にググッときた。 「巳琴……」 そっと囁いても巳琴は起きない。 弘明は心臓がドキドキと高鳴ってきた。 (い、いいかな……ちょっとだけ……) 唇を湿らせた。 「ディズニーシーだもんな……」 関係あるかないか謎の言葉を呟きつつ、唇を尖らせ、巳琴のそれによせた。 (巳琴おっ) かあっと顔を熱くして、まさに口づけようとした瞬間。 ドガッ 背中から、蹴り飛ばされた。 「うぎゃっ!」 絞め殺される鶏のような声をあげて振り向くと、やたらとワイルドな顔をした長身の男が、支えを失った巳琴の腕を掴んで立っている。 「な、なな、何だよ……」 痛む背中をさすりつつ、声を震わせると 「こっちの台詞だ。てめえ、ミコトに何しようとした」 長身の男は、低い声で凄んだ。 「……兄さん?」 この衝撃で、巳琴が目を覚ました。 自分がどこにいるのかわからず、きょろきょろと左右を見回す。 「弘明くん」 何で地面に転がっているのだろうと、巳琴が小首を傾げると、貴虎は掴んだ巳琴の腕を引っ張って立たせた。 「やっ、痛い」 「痛いじゃ、ねえ」 貴虎は怒っている。 「やめて、兄さん」 巳琴が泣きそうな声をあげて、弘明はようやく自分を取り戻す。 (これが噂の宇喜多貴虎、巳琴の兄ちゃん) 巳琴の兄の噂はその卒業後も頻繁に耳に入って来るくらい、学園内では超の付く有名人だ。 顔を見るのは初めてだったが、 (に、似てないっ) 今まで聞いた噂でもそう言われていたが、本当に似ていないと弘明は思った。 「お、お兄さん、やめて下さい。巳琴くんが痛そうです」 腕をつかまれた巳琴を助けるようにすがりつくと、 「お前に兄さんと呼ばれる筋合いはない」 片手で軽く突き飛ばされた。 「兄さん、やめて」 巳琴が貴虎に抱きついて止めると、貴虎は、眉を顰めて巳琴を見つめた。 「お前、眼鏡は?」 「えっ? あれ?」 「あ、それなら……」 再び地面に転がった弘明が、自分のポケットから、さっき外しておいた巳琴の眼鏡を取り出した。 「…………」 貴虎に蹴られたときの衝撃で、ひしゃげていた。 「おまえええっ」 貴虎が唸るのを、巳琴が必死に止める。 「や、やめて、兄さん。僕が、悪いんだから……たぶん」 お酒を飲んだことを思い出し、それで外されたのだと思った。 貴虎は、じっと巳琴を見て 「帰るぞ」 巳琴の腕を掴んだまま、背中を向けた。 「う、うん……」 巳琴は貴虎に手を引かれながら、その後ろをついて行く。 弘明は呆然とそれを見送った。 「兄さん……」 黙っている兄が怖くて、巳琴はおそるおそる声をかける。 貴虎は返事をしない。 巳琴は悲しくなった。 下を向き、ついつい歩く速度が遅くなる。すると、貴虎がピタッと立ち止まった。 「……兄さん?」 もう一度そっと呼びかけると、貴虎は不機嫌そうな顔で振り返った。 「どうして、美樹原と一緒だって言わなかった」 「え?」 弘明のことやお酒を飲んだことを怒っているのだと思っていたが、違った。 「お前、まだ、美樹原のこと……」 「そんなっ、違うよ」 ふと、そういえば美樹原さんはどうしたんだろうと思いつつも、巳琴は懸命に否定した。けれども、貴虎は怒ったままだ。 「朝、出かけるときに美樹原が一緒だって言わなかったのは、後ろめたかったんじゃないのか?」 「それは……」 確かにそうだ。 言ったらこんなふうに怒ることも見えていた。 巳琴が押し黙ると、貴虎は不機嫌さをいっそう顕わにして言った。 「人の目隠れてコソコソなんて、サイテー野郎だ」 この言葉は、美樹原に対して向けられたもの。 けれども巳琴は、自分に対してだと思い、傷ついた。 傷ついた拍子に思い出した。 「じ……自分だってっ!」 巳琴の得意な逆切れ。 「自分だって、僕に何にも言わないで、デートしていたじゃないかっ」 「なっ?」 「背の高い綺麗な人と歩いてたじゃないか!見たんだからっ!!」 叫んでいるうちに興奮した。まだ酒も残っていたのかも。 「兄さんなんか、嫌いだっ」 貴虎の腕を振り切って、駆け出した。 「あっ、おいっ、ミコト」 |
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