「じゃあ、何から乗る?」 「ミコトくんの良いのでいいよ」 「俺、インディージョーンズ」 「だから、君には聞いていない」 美樹原は、弘明にむっとした視線を送る。 「あっ、でも、僕も……」 巳琴が気を使うように言うと、 「だろ?一緒に乗ろうよなっ」 弘明は、巳琴の肩に腕を廻した。 (む……) 美樹原は柳眉を跳ね上げる。が、すぐに自分に言い聞かした。 (いけない、いけない、相手は子供じゃないか……子供相手に、何、本気で怒っているんだ……) と、胸に手を当て反省しているうちに、その子供が巳琴をさらうように手を引いて走っていく。 「こらこらっ」 大人げなく声を荒げる美樹原だった。 「だって早く並ばないと、それだけ遅くなるでしょう?」 弘明はさっさとインディージョーンズの列に並んでから、美樹原を振り返って言った。柄にも無く走らされた美樹原は、憮然としている。 弘明は列を確保し待ち時間を確認すると、透と武志に別のアトラクションのファストパスを取ってくるよう指示出しをしている。 「同級生じゃなかったの?」 美樹原が巳琴に尋ねると、 「弘明くんは学級委員長だから」 と、巳琴が応えた。 (高校生のとき、たかだか学級委員長がそんなにえらかったか?) 美樹原は、首をかしげた。 人気のアトラクションだが、時間帯が良かったのかスムーズに列は進んで、いよいよ乗り込むという直前。 「どう分かれる?」 この場で一番利害関係の無い武志が口を開いた。 美樹原は、驚いたように目を瞠って応えた。 「この中で、僕の知り合いはミコトくんだけなんだけど」 ちらりと弘明を見て、 「君たちは、お友達同士、仲良く並んで乗りなさい」 ニッコリと微笑んだ。 それに異議を唱えたのは、弘明でなく小石透の方だった 「そんなことないですよ」 「え?」 「美樹原さんも、今日知り合った友達です」 「はい?」 「そんな寂しいこと言わないで、皆で友達らしく、ジャンケンで決めましょう」 「いや、ちょっと……」 僕は、君たちとお友達になる気は、全く無いんだけど……と言おうとして 「じゃあ、ジャーンケーン♪」 の声に反応して、右手を握るのは意外に素直な性格。 「ポン!」 パーとチョキとが、三対二。 きれいに分かれた。 「って……なんで、僕と君とが一緒に乗っているんだろうね、委員長」 「美樹原さんが、チョキ、出したからですよ」 憮然とする二人。 その目の前では、巳琴を真ん中に三人がはしゃいでいる。 「ジャンケン、最初に出すのって、性格出るらしいですよ」 弘明が言う。 「何が」 「グーは頑固で、パーは素直で、チョキはひねくれているって」 ぶすっと言う弘明。 「君、自分がひねくれているって言っているの?」 「違う!……俺は、パーを出そうとして……中指が引っ掛かったんだ……」 唇を噛む弘明。 美樹原は、小さく溜息をついた。 「……でも、まあ、人間の性格が、そんな三種類に限定されるはずが無いしね」 「……まあ、そうですね」 とかなんとか会話を交わしながら、次のアトラクションでもジャンケンで分かれて乗ることになった。 (ミコトくんは、素直のパー) 美樹原は、心で呟いた。 「ジャンケン、ポーン」 きれいに分かれた。 「………………」 「………………」 パーを出したのが、美樹原と弘明。 他の三人は、グーだった。 「美樹原さんと、弘明くんって気が合うんだね」 何も知らずに微笑む巳琴。 美樹原は、今日のデートは失敗だったと、今さらながら思った。 そして、遅くなったけれどそろそろ昼ご飯でも食べようかという時間。 「どこの店にする?」 「店、高いから、餃子ドッグでも食おうぜ」 「君たちはそうしなさい。僕とミコトくんは、お店に入る」 「きったねー」 「何が?」 「年上なんだから、おごれよ」 「ミコトくんにはね。何で、君たちの……」 そんなこんなの会話をしている目の前を、長身の男女が通り過ぎた。 「あっ……」 巳琴が息を飲んだ。 背の高い、肩幅のある後ろ姿。 着ている服にも、見覚えがある。 「兄さん?」 貴虎が、女性と二人連れで歩いている。 黙ってその二人を見つめる巳琴に、美樹原が気づいた。視線の先を追って、 「あ…」 小さく呟いた。 貴虎は全く気がつかずに、ポートディスカバリーの方に歩いていった。 「今の……兄さんでしたよね」 巳琴はその方向を見つめたままぽつりと言った。 美樹原は曖昧に頷いて、 「とにかく、ご飯を食べに行こう」 巳琴の肩に両手を乗せて、クルリと反対方向に向けた。 「俺たちは?」 ピーピーと口をあけるツバメの子のような高校生三人にちょっとウンザリしながらも 「テーブル別にしてくれるなら、おごってやる」 美樹原はそう言って、メディテレーニアンハーバーのマゼランズに入って行った。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 「二人と、三人。テーブル思いっきり離して」 「は?」 ニッコリ微笑む美樹原に赤くなりながら、 「二名様、こちらでございます」 コスプレメイド衣装のようなウェイトレスが席を案内した。 弘明は、巳琴と遠くはなれた席にジタバタしたが、ご馳走してくれるというのだから我慢しろと透に諭された。ついでに言うと武志は、初めて入るその店の高級そうな雰囲気にすっかり飲まれている。 「コースは、どちらになさいますか?」 「こちらが、季節限定のコースになります」 「お飲み物は、いかがなさいますか?」 矢継ぎ早に言うウェイトレスに愛想良く応えながら、美樹原は巳琴をチラと見た。巳琴は下を向いていて、眼鏡の奥の表情はよく読めない。 「ミコトくん、ワイン飲める?」 「……え?」 ずい分遅れて、巳琴が顔をあげる。 「いえ、僕、お酒は……」 「ディズニーシーって何がランドと違うって、園内でお酒が飲めることなんだよね」 美樹原は、ワインのメニューを広げて 「せっかくだから、ちょっとだけ、ね」 付き合ってよと、さっさと赤ワインを頼んでしまった。 巳琴は、ぼうっとそれを眺めていた。 実のところ、巳琴は混乱していた。 さっきの光景が頭から離れない。 (なんで、兄さんが、女の人と……) 確かに今日は、出かけると言っていた。 (でも、ディズニーシーに行くなんて言っていなかったじゃないか) それは自分も同じだが、それでも、貴虎が女の人と二人きりでこんなところに来ているということがショックだ。 「乾杯」 美樹原に勧められるまま、ワイングラスを持ち上げて、モヤモヤした気持ちのまま一気に空けると、巳琴の世界が変わった。 「あれって、れったい、にいさんれしたよね」 「ミコトくん、大丈夫?」 「いっしょにいたきれえらひと、みきはらさん、しってるひと?」 「ミコトくん、もう、飲まないほうが……」 「これ、おいしい」 「ミ、ミコトくん……」 美樹原は、慌てていた。 乾杯したとたんグラスのワインを飲み干した巳琴に、結構お酒はいける口なのかと思ったら大間違い。グラス二杯で、顔を真っ赤にして、いつのまにやらからみ酒だ。 「ねえ、あのおんらのひと、しってるひと?」 「あ、ああ……」 さっき貴虎と一緒に歩いていた人物なら、美樹原も良く知っている。 「きれーらひとれしたよね」 巳琴は酔っ払いらしく、同じことを繰り返し言っている。 「にいさんの……こいびとじゃらいれすよね」 「タカトラの……」 恋人は君だろう?と言おうとして、口をつぐんだ。 巳琴の眼鏡の奥の瞳が潤んでいるのは、お酒のせいばかりではなさそうだ。 「泣かないで」 美樹原は手を伸ばして、巳琴の頬をそっと撫でた。 「ミコトくんは、もっと自分に自信を持っていいんだよ」 美樹原の言葉に、巳琴はぼうっとした視線をよこした。 「じしん……」 小さく呟いて 「そんなの……もてるわけ無い」 そう言って、パタンとテーブルにうつ伏せた。 「ミコトくん?!」 巳琴は、すっかり酔いつぶれてしまったようだ。 (いけない) 美樹原は立ち上がって、そして、離れた席で肉を切るのに一生懸命になっている三人を呼んだ。 「巳琴、どうしちゃったんだよ」 弘明が焦って起こそうとするのを、美樹原は 「まだ、そっとしておいて」 肩を掴んで制して、言った。 「会計して、この近くに救護室が無かったか見てくるから、それまでここで待ってて」 「救護室って、巳琴どうしちゃったんだよ」 「ワインで、酔っ払っちゃったんだよ。とにかく、横になれるかどうか見てくるから、それまでミコトくんを見ていてくれよ」 美樹原は急いでカードを切ると、店の外に出て行った。 残された高校生三人は、顔を見合わせる。 突然、弘明が言った。 「逃げようぜ」 「はっ?」 「な、何で、逃げるんだよ」 透と武志は、驚いて弘明を見る。 「ご馳走になっていて、逃げるってのは、よくねえよ」 武志が、もっともな意見を言うと、 「巳琴が、こんな目にあってんだぜ」 弘明がキッと睨んだ。 「こんな目って……」 「あいつ、巳琴を酔わせて、変なことしようとしたんだ、きっと」 「へ、変なことって?」 弘明の言葉に、透がごくっと喉を鳴らした。 「酔わせて、変なことっつたら、わかるだろっ」 かああああ 高校生三人の顔が赤くなった。 ついこの間までは中学生だったのだ。それくらい純情でもいいだろう。そして、それだけに思い込みも激しい。 「巳琴を、いやらしい魔の手から守るぞ」 「おう」 「わかった」 テーブルにぐったりとうつぶせている巳琴を弘明と透が両脇から支え、武志が背中を支えた。 「眼鏡は危ないから、取っておくか」 弘明は、巳琴の眼鏡を外して自分のポケットに入れた。 現れた綺麗な顔に一瞬ぽうっとして、はっと我に返り 「急ぐぞ」 二人を促がして、店を出た。 入れ違いに店に戻って来た美樹原は、巳琴たちの姿が無い事に驚いた。店のスタッフを捕まえて、 「すみません、ここにいた男の子たち……」と、訊ねると 「ああ、お客さまの出て行かれた後、すぐにお出になりましたが」 十六世紀風の衣装をつけた男は、背筋を伸ばして、いたって真面目な顔で応えた。 「ご一緒では、なかったのですか?」 美樹原は、青くなった。 |
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