《かくれんぼ》





「もういいかぁい」
「まぁだだよ」

 僕が隠れているところを、兄さんは、必ず見つける。
 何処に隠れても、必ず、見つける。

 僕は、いつもドキドキして、見つけられたくなくて、でも、見つけて欲しくて、息を詰めて待っている。

「もういいかぁい」
「もういいよ」

 兄さんが、僕を探しにくる。
 襖の隙間から、兄さんが見える。

「ミコト」
 兄さんの唇が動く。僕は、心臓がドキドキする。
 見つけられたくなくて、でも、見つけて欲しくて、息を詰めて待っている。
 真っ直ぐ、僕のいる押し入れの方に向って、そして行き過ぎるふりをして、もどって来て―――――
「見つけた。ミコト」
 襖を開けた兄さんがニッと笑う。




* * *


「ミコト、着いたぞ」
「ん……」
「よく寝てたな」
 兄さんの言葉に、眼鏡をはずして、目を擦る。
 夢だったんだ。
 十年も前の兄さんの夢。小学校の頃の僕と兄さんの夢。
 僕は、かくれんぼが好きだった。


「いやあ、アウトドアだなあ」
 宮川さんが車から降りながら、大きな声を出す。
「たまにはいいんじゃない、こういうのも」
 美樹原さんが、伸びをしながら言う。
 僕達の後ろから着いた車から次々に人が降りてくる。


「タカトラって、兄弟仲いいのね」
 待ち合わせ場所で、初めて会ったサークルの女の人が言った。
「普通、大学のサークルの合宿に、弟、連れてこないよね」
 僕は、ビクッと肩をすくめたけれど、兄さんはその僕の肩を抱くようにして言った。
「だって今日は、彼氏彼女のいる奴は連れてきてオッケーなんだろ?」
 僕はその言葉に顔が熱くなったけれど、その女の人は笑いながら言った。
「そうだけど。タカトラが彼女連れてきたら、大所帯だわね。それで、弟クンなの?」
 兄さんは、ニヤニヤ笑って、僕を宮川さんの車に押し込んだ。


 東京から車でニ時間のキャンプ場。ペンションが隣接していて、今日はそこに泊まり。物語に出てきそうな可愛い造りのペンションに荷物を運び込んで、誰かが言った。
「予定よりずい分早く着いたな。夕方までどうする?」
「飲み会の前に、身体、動かすか?」
「いつも、インドアだからな、俺達」
「何、する?」
 そしていきなり美樹原さんが僕に尋ねた。
「ミコトくん、何、したい?」
「え? な、何、って?」
「身体動かす、楽しい遊び」
 美樹原さんの微笑みに、ついつられて言ってしまった。
「かくれんぼ、とか?」

 しん、とした。

 しまった。変なこと言っちゃった。
 来る途中、車の中で夢見ちゃったからだ。
(ど、どうしよ)
 あまりに、子供っぽいことを言ってしまって、恥ずかしさに顔に血が上る。
 そうしたら、兄さんがいきなり言った。
「面白い」

 ええっ?

 僕は、焦って兄さんを見た。
 兄さんは、まるで悪戯を考えた子供のように瞳を輝かせて、周りの人を見て言う。
「このキャンプ場、全部使ってかくれんぼだ。もちろんガキのかくれんぼじゃないから、ルールはちょっと決めるけどな」
「ルール?」
 美樹原さんが、片眉を上げる。
「みんな携帯持ってるだろ?鬼は、五分に一回誰でも好きなヤツに電話して、そいつの居る場所を聞く。嘘は無し。電話で居場所を言ったヤツは当然、そこから逃げる。それの繰り返しで鬼は逃げるヤツを探して、見つかったヤツは、そこから鬼。最後は、三十人近い鬼が、一人の生存者を探すんだ」
「すげえ、バトルロワイヤルみてえじゃん」
「タカトラ、こういうの思いつくの得意だよな」
「でも、五分に一回って、鬼が守らなかったら?」
「発信履歴で分かるだろ。見つかったら、確認すればいい。ああ、それと、鬼以外が携帯で連絡取り合うのは無しな」
「面白そうじゃん」
「何か、賭けるか?」
 兄さんの提案に、サークルの人みんながノッている。
 美樹原さんが、僕を見て、
「ミコトくんは、携帯……」
 訊ねるように言うと、すかさず、兄さんが応えた。
「お兄様が、買ってやったよな、この間」
 僕は、小さく頷いた。美樹原さんから借りた携帯は返したけれど、その後、兄さんがくれたんだ。
「あ、じゃあ、番号、聞かなきゃね」
 美樹原さんが微笑むと、兄さんは、しまったと言う風に顔を顰めた。



* * *

 兄さんが言い出しっぺだからという事で、鬼になった。
「ようし、三分数えるから、好きなとこ行けよ」
 兄さんの言葉を聞くか聞かないかで、みんなが駆け出した。
 みんな、大人なのに楽しそうだ。
 僕も、とりあえず、林の中に走った。

 しばらくすると、携帯がなった。兄さんの名前が表示されている。
「も、もしもし?」
『おう、ミコト、今、どこだ?』
「えっと、林の中」
『林の、何処だよ』
「よくわかんないけど」
『近くにペンションあるか?』
「ある」
『番号、何だ』
「197」
『オッケー、そっちの方か。ま、すぐには行かないから、ゆっくり逃げな』
「う、うん」
 ドキドキした。
 すぐに来ないっていっても、そのうち来るんだろうから、移動しなきゃ。

 見つからないように、林の奥に行く。
 ペンションからペンションに、影をつたうように。

 またしばらくすると、携帯が鳴った。
『ミコトくん?』
「美樹原さん、鬼になったんですか?」
『見つかっちゃったよ』
 何だか、嬉しそうな声だ。
『どこにいるの?』
「えっと、林の奥の、近くに池があります」
『池? 何処だろう。近くに、ペンションある?』
「すぐ近くには、無いです」
『そう。池の周りに、何かある?』
「えっと、あっ、ボートと小さな小屋が見えます。遠いけど」
『遠いの? 反対岸?』
「はい」
『わかった。じゃ、待っててね』
 そんな、待っててなんて言われて待つわけ無い。
 僕は、池の周りも危ないと思って、そこから離れた。


 宮川さんからも、阿部さんからも掛かって来た。美樹原さんからは、それこそ、何度も。
 そのたびに、ドキドキしながら場所を変わる。
 そして、自分でも何処だか分からないようなところに来た。
 大きな藪があった。
 茂みの下、少し湿っているけど、隠れるのにちょうどいいかも。
 ちょっと歩き回って疲れていたので、そこに座った。


 しばらくじっとしていたけれど、携帯は鳴らなかった。
 今、どれくらい鬼になっちゃったんだろう。
 兄さん、どこを探しているのかな。
 あんまり長い間、携帯が鳴らないので、ちょっと不安になった。
 ふと見ると
(げっ! 圏外?!)
 何故か、携帯が圏外表示になっていた。
(何でだろう? 何か、邪魔しているのかな)
 どうしよう。
 圏外だったらルール違反だから、動いた方がいいのかしら。
 でも、気がつかなかったふりして、もうしばらくここに居ようかな。
 でも、みんなかくれんぼに飽きちゃっていたら、どうしよう。
 僕だけずっとかくれていたりして。
 そんなことを色々考えたとき、枝の折れるような音がした。
 そっと、覗くと
(兄さん!)
 貴虎兄さんの長身が、藪の向こうに見えた。
(どうしよう)
 動いたら、見つかっちゃう。
 でも、動かなくても、ここに来そうな気がする。兄さんだから。
 心臓が、激しく鳴り始めた。

 ドキドキドキドキドキ……

 兄さんが、僕を探しにくる。
 隙間から、兄さんの姿が見える。

「ミコト」
 兄さんの唇が動いた。僕の名前を呼んだ。僕は、ドキドキして気が遠くなる。

 見つけられたくなくて、でも、見つけて欲しくて、息を詰めて待っている。

 真っ直ぐ、僕のいる方に向って、そして行き過ぎるふりをして、もどって来て―――――

「見つけた。ミコト」

 兄さんがニッと笑った。あの頃と同じ顔で。


「兄さんっ」
 僕は、何故だか胸が苦しくなって、兄さんに抱きついた。
「ミコト」
 兄さんは、いつだって、僕の居るところをわかっているんだ。
 きっとそうだ。
 だって、じゃないと―――そうじゃないと―――
「僕の居るところ、わかるんだよね、兄さんは」
「当たり前だろ」
 抱きつく僕をあやすように撫でて、いつもの男らしい顔で、優しく微笑んだ。
「お前が居るところは、どこに行っても、絶対、俺が見つける……自信あるんだ」
「兄さん」
 見上げた僕の眼鏡をはずして、兄さんの唇がおりてきた。




 もういいかい―――まあだだよ――――




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