「そういう訳で、今年の生徒会の劇は『和装007』です。友情出演で、主役の007には羽根邑強くん」 放課後の生徒会室。ロの字型に座った会議の席で、生徒会長春日八千雄の涼しい声が流れる。 全員が大きく拍手して、満場一致で可決。 強は、ここに至って (友情出演って俺と誰との友情だよ?そもそも『友情出演』って主役には使わねえだろ) と、疑問を感じたが、とりあえず皆が喜んでくれているようなので、黙って座っていた。 「じゃ、他の配役もどんどん決めていくぞ」 沢木が仕切って、会議は整斉と進む。 「ああ、そうそう」 春日が思い出したように口を開いた。 「今回のアクション指導だけど、去年卒業した田代先輩の従兄弟がJACにいるんで、その人にご協力いただくことになったから」 「え?」 たかだか学園祭の劇に、なんという無謀。強はびっくりして春日の顔を見た。 春日は強と目を合わせると、その秀麗な美貌を綻ばせて微笑んだ。 (何か、いやな予感) * * * 「じゃあ、強君、そこでバク転」 「できねえよっ」 先日の会議から約一週間後。 去年の生徒会役員田代の従兄弟、JAC所属職業スタントマンの田代雄介は、約束どおりやって来た。体育館の壇上を舞台にして、朝から猛稽古が続いている。猛稽古といっても、その対象はもっぱら強。 「いや、大丈夫だって。平地で出来るなら、ここでも充分余裕あるから」 田代は、かなり本格的なアクション指導をしている。 主役強は、さっきから殺陣の振り付けを覚えるだけでもクラクラしている上に、見せ場のバク転をしいられて、少しばかり泣きが入っている。 バク転、出来なくは無いが、広い地面の上ならともかく、周りに大勢人がいる舞台の上では勝手が違うというものだ。 「いけるよ、強。ほら、そこで思い切って飛ぶんだよ」 ボンドガール春日の局は、扇子で自身を仰ぎながら微笑んでいる。 「そうそう、ツヨムシ。主役なんだからそれくらい華麗に決めて見せろ」 倒幕を企む『悪の軍団』の総帥沢木がニヤニヤと笑う。 「だったら、てめえがやってみろよっ」 「総帥が軽々しくバク転なんかするか」 (ちくしょうっ。主役っていうだけで、アクションシーンの七割がた引き受ける羽目になってんじゃねえかっ) 強は歯軋りしたが、後の祭りだった。 「おっ、やってる、やってる」 「お疲れさん」 明るい声が響いて、男たちが体育館に入ってきた。 「あれ、先輩」 田代、藤代、白石の去年卒業したOB連が、揃って見学に来た。 「雄介さん、すみませんね。休みの日に」 田代は、自分が紹介した関係上、気になって来たというところ。 従兄弟の雄介は自分も汗をかきながら 「いや、なかなか楽しいよ、主役の子は筋が良いし」 楽しげに白い歯を見せた。 「ほら、差し入れだ」 「たくさんあるぞ」 白石と藤代が両手に持っていた大量の食料を差し出すと、わらわらと皆が集まってきた。砂糖に群がる蟻の如し。 「じゃあ、まあ、休憩だな」 沢木の言葉に、軽い歓声が湧いて、それぞれ差し入れの袋を漁り始める。 強は、バク転を免れて少しだけホッとしながら、その場にへたり込んだ。 間違いなく、この中で一番疲れているのだ。 「強、何飲む?」 春日が頭の上から声をかけてきた。 「あー」 強は首を伸ばして上を向いて応えた。汗が顎から喉に滴る。 「ポカリ」 「オッケー」 春日が藤代のところに食べ物を取りに行った。 (持ってきてくれるんだ) ぼうっと春日の後ろ姿をみながら、視界の中で春日と藤代がツーショットになったとき、またまた先日の言葉が甦った。 『セフレ』 (ああああっ) 突然、頭をかきむしる強。 何故か知らねど、顔が熱くなって、心臓がドキドキする。 考えるまいと思うほど、妄想が膨らむ。 (何なんだよ、俺っ) 「ツヨくん、お疲れ様」 「はうあっ」 止まらぬ妄想に混乱していたところに、後ろからいきなり声をかけられて、強が仰け反った。 泉が、驚いて目を丸くする。 「ど、どうしたの?ツヨくん」 「あ、いや、何でも……」 心臓に手を当て、息をつく強を見て、泉はクスクス笑いながら 「疲れちゃった?でも、すごくカッコよかったよ」 と、強の前髪を梳くようにかき上げた。 「え?見てたのか」 「うん。かっこよかった。ツヨくんすごいよ」 泉が微笑むと、強はちょっと赤くなった。ずっとずっと好きだった泉だから、今でもこういう言葉を聞くと胸がきゅんとなる。 少しはなれた場所から、春日がその様子をチラリと見ていた。 「なあ、春日」 二人っきりになったのを見計らって藤代が切り出した。 「はい?」 「お前、本当にあの強クンが好きなの?」 唇の端を微妙に上げて訪ねる。目には興味津々といった子供のような光。 「ええ」 春日は、あっさりと応えた。 「ふうん、お前っていつから立場変えちゃったの?まさか、沢木相手のときに逆転なんかしてないよな。あっ、それとも、まさか、あの子に抱かれたいとか?」 「先輩、昼間からそういう話、勘弁してくださいよ」 春日は、端整な柳眉を潜めた。 「よく言うぜ、昼夜関係ないだろ、お前」 藤代の言葉に、春日は、自分に呆れたような笑みを洩らす。 「そんなことありませんよ。最近じゃ、もっぱらモラリストなんです」 「嘘つけ」 「本当です。聖職者並み」 「なまぐさの間違いだろ」 藤代はクックッと笑ってから、 「ああ、そういえば、この間その強クンに駅前で会ってね」 春日の顔をじっと見て言った。 「ご飯、ご馳走してあげたんだけど、聞いている?」 いつも微笑んだような春日の顔が、一瞬、ひどく真面目な顔になった。 「いえ、初耳ですね」 「そう、俺とお前のことも話しちまったんだけど。そうか、聞いてないのか」 「…………」 春日は、普段にない厳しい表情で藤代を睨んだ。 それも一瞬のこと。 春日はいつもの柔和な笑みを浮かべると、 「俺と先輩と、ってまた、ずい分と古い話を……」 持っていた小道具用扇子で自分に優雅に風を送りながら言った。 「昔話をするほど、年取っちゃいないでしょうに」 「年寄り呼ばわりか、相変わらずキツイなあ」 藤代も負けずに微笑む。 「久し振りに、学園に帰ってきたんで、ついね」 「つい?」 春日の片眉が上がる。 「そう、つい」 ふふふと、お互い微笑み見詰め合っているが、ひょっとしたら目は笑っていないかもしれない。 その様子を今度は強と泉が見ている。 「ツヨくん。あの人、この前、ラウンジにいた人だよね」 「あ、ああ」 いや、田代も白石もいたのだが、泉の印象には残っていないらしい。逆にいえば、藤代は、ある意味印象的な男なのだ。 「春日先輩と仲良いのかな」 そう言ってしまって、泉はチラリと強の顔を窺った。強は無表情に二人を見ている。 「うん、そうだな」 一見、二人はとても仲良さげに見えた。それだけではない。男らしい大人びたルックスの藤代と並んだ美貌の春日は、まるで恋人同士のようにお似合いだった。 (って、何考えてるんだ、またっ) 強はブンブン頭を振って立ち上がった。 「あれ?強は?」 春日が食べるものを持って戻って来たときには、強の姿は無かった。 「お昼買ってくるって」 泉が可愛らしく小首をかしげる。 「なんでだよ。人に取りに行かせといて」 春日が両手に持ったパンとポカリスウェットを交互に見ると、泉はきゅっと唇を結んで目で笑った。 「春日先輩があの人と話していて、なかなか戻って来なかったから……」 「え?」 春日が訊き返すと、泉はフフフと笑った。 泉はこのところ少し性格が変わった――と春日は思った。 たぶん沢木の影響だろう。引っ込み思案で片時も強の傍から離れなかった泣き虫の泉が、最近ではそれほどシクシク泣くことも無く――涙腺は相変わらず弱いようだが――こうやって先輩と対等に話をしている。 「春日先輩、本当にツヨくんのこと好きなら、もっとはっきり言わないと、わからないですよ。ツヨくんは、そういうの鈍いから」 「へえ」 春日は目を瞠った。 「泉から、そんな言葉聞けるとは、思わなかったな」 ふふっとまた泉は笑って、睫毛を伏せた。 「僕、ね。自分が今、とっても幸せだから、ツヨくんにも幸せになってもらいたいんです」 泉の言葉を、春日は新鮮な驚きで聞いた。 「春日先輩は、ツヨくんを幸せにしてくれるでしょう?」 顔を上げた泉の真っ直ぐな視線に、春日は『らしくなく』動揺した。 「ね?」 泉が念を押すように顔を見上げる。 「俺は……」 春日が口を開こうとしたところに、沢木がやって来た。 「泉、何やってるんだ。飯食うぞ」 「あ、あっくん」 振り返る泉の瞳が潤む。感情の吐露が涙に表れるのは、相変わらずのようだ。 けれども、艶めかしいほどのその瞳は、そのまま沢木に愛されている幸せを語っている。 『自分が今、とっても幸せだから、ツヨくんにも幸せになってもらいたいんです』 泉の言葉を心に繰り返しながら、果たして、自分が本当に強を幸せに出来るといえるのか、ほんの少し疑問に感じた春日だった。 |
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