「あっくん、痛い?」
沢木の部屋。
沢木の左眼の上に貼られたばんそう膏をそっと撫でて、泉が涙ぐむ。
「うん、痛い」
ベッドサイドに身体を預けたまま、沢木は憮然という。
「ごめんね、僕のせいだよね」
「そうだな」
「ごめんなさい」
泉がうつむくと、涙の粒は、ほろほろと沢木の膝の上に落ちた。
「痛くなくなるように、キスしてくれる?」
沢木が緩みそうになる口許を我慢しながら言うと、泉は真面目な顔で沢木の瞼に口づけた。
「ここも」
沢木が喉を反らすと、顎の傷にも口づける。
「ここも」
「ここも」
言われるままに、肩にも指先にも口づけながら、泉の瞳が欲情に潤む。
「口の中も、切ったんだけど」
沢木の瞳と、目が合って、泉は倒れこむように沢木に抱きついた。
「あっくん」
首に腕を廻して、激しく口づける。
沢木も、すがりつく泉を膝に乗せて、きつく抱きしめた。
ほんの少しの間でも離れていた悲しさの、隙間を必死に埋めるような口づけを繰り返す。
ようやく唇が離れて、ぼうっとした表情で、泉がポツリと言った。
「ごめんなさい……僕のせいで、ファイヤーストームも一緒に見れなかった」
沢木は、ああ、と何でもないように頷くと、ニヤリと笑った。
「大丈夫。ちゃんと、代替案は考えているから」
「え?」
きょとんと目を瞠った泉を、再度引き寄せて沢木は耳元で囁いた。
「それより、今日は泊まっていくんだろ」
「あ、うん」
泉は、頬を染める。
「うちには、春日先輩が来てるから……」
「ふーん……」
沢木は、一瞬いやらしく目を細めた。
それから、面白そうに瞳を輝かせて、泉を見つめる。
「何?あっくん」
「あのさ」
「うん」
「俺、今日は怪我してて、自分で動けないから、泉からやってくれないかな」
「え?」

「僕から、って、どうすればいいの?」
泉が怯えたように、口許に手をやる。
沢木は、その肩を抱くと、耳元でヒソヒソ囁いた。
泉の顔が、真っ赤になる。
「そんな、やだ……」
泉が小さく首を振ると、沢木は突然胸を押さえて
「いたッ、痛たた……」
わざとらしく呻き声を出す。ちなみに、胸など怪我していない。
「あっくん」
泉が驚いて顔を上げると、泉の好きなこの上ない男らしい顔で微笑んだ。
「ね、だから、今日は泉が自分からやって」
泉は真っ赤になりながらも頷いた。

バカップルがそういうアマアマな夜を過ごしていたとき、311号室では不毛な会話が行われていた。
「嫌だっ!ぜってぇ、嫌っ」
「何でだよ。強のほうが小さくて可愛いんだから」
「小さいのは、まだ一年だからだよっ、これからどんどん伸びるんだからな、俺はっ」
「いいけど……じゃ俺より大きくなったら交替してやるよ」
要は、どっちが抱く側になるかについてもめているのである。
しかし実のところ、強も自分が春日を抱けるとは思っていない。何しろ経験も全くないのだから。
ただ、恥ずかしくて、どうしていいか分からずに、無理難題をふっかけているのだ。
春日もそれがわかっていて、この会話を楽しんでいる。
「じゃあ、さ」
春日が強の身体を抱きしめて、パジャマ代わりのスウェットパンツに手を滑らす。
「どっちが上手いかやってみて、先にイった方が負けで女役、ってのは?」
「やだやだ、やめろー」
どたばたとベッドの上を転がりながら、二人とも妙にテンションが上がっていた。
「た、っ」
沢木同様怪我をしている春日が、転がるはずみで痛めたらしく、腕を押さえて起き上がる。
強も慌てて起き上がる。
「いてっ」
起き上がった拍子に、自分も足を捻挫していた事に気づいた。右足をさすって春日を見ると、春日がふっと吹き出した。
強もおかしくなって笑う。
笑いながら、春日が囁く。
「しかたない。今日はお預け。怪我が治ったら、思い切り抱かせてくれよ」
「ばかやろ……っ」
殴ろうとする強の腕を取って、春日はその唇を掠め取った。
「ん……ん」
新しいバカップルの誕生。



* * *
そして、その週の生徒会役員会議の席上。
沢木が私利私欲に絡んだ重大発表をかましていた。
「今月末の体育大会のフィナーレで、ファイヤーストームをやる」
黒板にカツカツと書きなぐり、両手の粉を払ってくるりと振り向く沢木に、呆れた面々の視線が集中。
「副会長、この前やったばかりでしょう」
勇気ある三年竹組の委員長が発言する。
「別に、一年に一度という決まりはないぞ」
王様沢木のひと言に、全員下を向く。
おそるおそる顔を上げた児島が
「ええと、それは何を燃やすんですか?……学園祭と違って、資材もほとんどないと思うんですけど……」
小さく訊ねるのに、沢木は事も無げに答えた。
「百万石寮の大掃除をする」
「えー――――――っ」
叫んだのは、寮生の役員達。
沢木はニッコリ笑うと
「年末には少し早いが、この機会に各部屋のいかがわしい雑誌から、開かずの部屋のガラクタから何から、全部まとめて燃やしてしまおう」
ぐるりと面子を見渡した。
「寮長決定」
寮生、呆然。
寮生ではない自宅通いの役員達が、ぷっと吹き出す。
沢木は、そちらを向いて、言った。
「あとついでだから、校内の大掃除もやる。座敷牢と呼ばれた反省室もここ数年開かずの間だからいろいろあるだろう」
「ひいっ!」
「そうだ。旧体育館の倉庫の中身は、燃やしがいがありそうだな」
遠い目をして微笑む沢木。
「か、会長、良いんでしょうか?」
児島が春日を振り向くと、春日は頬杖をついたまま、うっとりと優雅な微笑を見せた。
「いんじゃない?」
はあああっ、全員が突っ伏した。


そうして、愛と奇跡のファイヤーストーム再現は実行に移された。







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