《強編》 夏休みが明け、帰省していた寮生たちも戻ってきて、賑やかな百万石寮。 食堂の横のラウンジから、笑い声がする。 「白石、全然変わってないな」 「ばあか、卒業して半年そこらでそうそう変わるかよ」 「いや、田代は、変わったぜ」 「そうか?」 「髪型だけだろ」 九月の第一日曜日。百万石寮のOBが、そろって遊びに来ていた。 いや、正確には『進学相談会』といって、卒業生が、そろそろ志望校を決定する三年生に自分の大学をレクチャーするという伝統行事なのだが、毎年OB懇談会のようになっている。 「先輩、お久し振りです!」 「よう、赤松、元気そうだな」 「お前、まだ二年だろ?」 「いやだなぁ、せっかく挨拶しに来たのに」 「肝心の三年生の集まりが悪いな」 「すいませんね」 時間よりも早く集まった数人の三年生が、ぺこりと頭を下げる。 そこに、沢木と春日が入ってきた。 「あれ、みなさんお早いですね」 春日が微笑むと、OBから口笛と拍手が沸いた。 「久し振りー。ヤチオちゃん」 「相変わらずの美人」 「春日の顔を見に来たんだよ、俺」 在校中から変わらない先輩達のからかいに苦笑しながら、春日も冗談で応える。 「嬉しいですね。俺のこと、まだそんな風に言ってくれるのは、先輩達だけですよ」 横で沢木が、ケッと笑う。 「うーん、確かに言われてみると、ずい分デカクなっちゃったね。ヤチオちゃん」 浜田という卒業生が、残念そうに見上げる。 「何センチ?」 「百七十八センチ」 春日がニッコリ応えると、数人のOBからブーイングが起きた。 「こされちまったな」 ラウンジのソファでゆったりと脚を組んでタバコを吸っていた男が、煙を吐きながら言った。 「藤代先輩」 春日は意味深な視線を送って、そのタバコを取り上げた。 「先輩、ここ、禁煙」 「だった?」 テーブルの灰皿を指差して眉を上げる藤代に、春日は笑って 「これは、来客用の特別です」 「俺たち、来客じゃないのか?」 去年の寮長白石が言うと、沢木がその正面に座りながら 「身内でしょ。お客様扱いして欲しいんですか」 長い脚を組んだ。 「沢木は、相変わらずエラソーだな」 白石が眉間にしわを寄せた。 「まあ、そこが沢木の良いとこだよ。なんせ、入学と同時に天下無敵の王様だったからな、沢木は」 去年生徒会にいた田代の言葉に、皆が思い出したように笑う。 「そういや、中等部にいた双子、寮に入ったんだって?」 白石の言葉に、沢木と春日の眉がピクリと動いた。 「え?ホント?」 「いるのか?今」 「見たい」 「おい、赤松、呼んで来い」 「はっ、はい」 先輩たちの命令で、赤松が飛んで行く。 「ちょっと待ってくださいよ。見世物みたいに」 沢木が憮然とする。 春日もひそかに眉を顰める。 「いいじゃないか、顔見るくらい」 浜田が言うと、そこにいたOBが皆頷いた。 そして、沢木と泉の関係を知る三年生は、何事も起こりませんようにと心の中で手を合わせた。 赤松に連れられて、泉と強がラウンジに入ってきた。 強は不機嫌そうだ。泉は、何事かと緊張している。 二人の姿に、OBたちがどよめいた。 おおおおっ。 噂以上の愛らしさ!! そして沢木は、二人の服装に目を剥いた。 「何で、そんな格好してんだ」 二人の服装は、残暑厳しい折からTシャツにショートパンツといういでたち。黒く焼けて健康そうな強はともかく、色白の泉のすらりとした太ももから膝にかけては、確かにかなり艶めかしかった。大体、泉はアメリカから帰ってきて以来、妙にツヤっぽいのだ。 沢木が立ち上がって、泉を隠すように胸に抱きこむ。 「部屋の外に出るときは、脚を出すなって言っただろ」 「ごめんなさい。急に呼ばれてしまったんで……」 泉が瞳を潤ませて、沢木を見上げる。 「そうだよ。昼寝してるとこ、突然呼び出したのは、そっちだろっ!」 強が唇を尖らす。 春日はその表情に、目を細めた。 「俺が、呼んだんじゃない」 そう言って、沢木は泉の肩に手を廻して、 「帰るぞ」 と、ラウンジを出て行こうとする。 「あ、ちょっと」 「おい」 浜田、白石らが呼び止めると、沢木は振り向いてぶすっと言った。 「先輩の皆さんへの挨拶は済んだので、俺は失礼します。じゃ」 泉の肩を抱いて、ラウンジの扉の外に消えた。 「…………」 「……じゃ、っておい……」 「あれ、何なの?」 ムッとする先輩たちに、三年生一同、苦笑いして曖昧に頷くだけ。 「俺も、帰っていい?」 頭を掻きながら、強が機嫌の悪さを隠そうともせず言うと、春日は微笑んで自分の隣を指した。 「せっかく来たんだから、座れば。まだ先だけど、大学の話、聞いておけよ」 「え―――っ、関係ねえよ、まだ」 と、口を尖らせながらも、強は春日の隣に座った。 アメリカから戻って以来、泉が沢木にべったりなので、自然と単独行動になる強だが、春日が何かとちょっかいを出してくるので、気づいたら仲良く一緒にいることが多い。 かと言って、強は春日と『沢木と泉のような』関係になりたいなどと思ってはいない。 寮の中で、それなりに頼りになる先輩として付き合っているという程度のもの。 春日のほうは下心ありありできわどい話もするのだが、つれなくされている今の状況も、結構楽しんでいるといったところ。 「君が強くんか。噂どおりの美少年だな」 先輩の藤代が言うと、春日がニッコリ笑って言った。 「売約済みだから、手は出さないで下さいね」 「何だよ、その売約って」 強が、春日を睨む。 「売約というより、キャンセル待ちかな。泉のあとの」 この前まで心底好きだった兄、泉の話題に、強の顔がむっとした。 しかしながら、泉を沢木に取られて――しかも毎日のようにアツアツベタベタぶりを見せつけられ――本当なら物凄くハートブレイクな状態のはずが、春日が何かとからかうたびに、免疫が出来てきた気がする。 「キャンセル待ちって、春日が待ってるのか?」 藤代始め、OB連が驚いた。 「そうですよ」 春日は微笑んで、強の肩を抱こうとして、その腕を強にピシリと叩かれた。 * * * 翌日。 強は、駅前の本屋で漫画を立ち読みしていたところ、肩を叩かれ振り向いた。 「やあ、強君」 「あ……」 強は、さすがに昨日の今日なので、覚えていた名前を口にした。 「ええと、藤代先輩」 「ピンポン♪良かった、覚えてもらえていて」 「はあ」 「独りなの?」 「まあ」 今日は生徒会の役員会議がある日で、沢木も春日も放課後寮にいない。 それで、泉を誘って街に出ようとしたのだが、泉は身体がだるいと言ってベッドに入ってしまったので、しかたなく独りでフラフラと歩き回っていたところ。 「よかったら、お茶でも飲まない?ご馳走するよ、食事でもいいし」 藤代の誘いに、強は訝しげに上目遣いで尋ねた。 「何で?」 強にしてみれば、素朴な疑問。 藤代は笑って応えた。 「ううん、まあ、何でと訊かれると困るけど。とりあえず、俺も時間が余っていてね。少しだけ付き合ってもらおうかと思ったんだけど」 「ふうん、いいよ。別に」 高校一年の強から見ると、大学生の藤代は『大人のひと』だ。ご馳走してもらってもバチは当たらないと考えた。 「お茶とご飯どっちがいい」 「夕飯は寮で出るから、マックとかがいい」 「マックか、落ち着かないなぁ。ようはハンバーカー系だな」 藤代は、強を駅前の喫茶店に連れて行った。 「ハンバーカーでも、ホットケーキでも、なんでも」 「両方いい?」 「え?いいよ」 育ち盛りの強はこのところ食欲が増していて、間食の量も増えている。 同じく育ち盛りのはずなのに相変わらず小食な泉の、二倍は食べている。 身長も、強のほうが泉より三センチ高くなった。 「気持ちいいほど、よく食べるね」 強の食べっぷりに、藤代は意外そうに目を見開いた。 「んぐ?」 「や、気にせず食べて」 「っす」 ホットケーキを丸々一枚ほおばって、強がペコリと頭を下げる。 藤代は、そんな強に目を細めながら、いきなり切り出した。 「春日と、付き合ってるの?」 「んぐ―――っ」 ホットケーキを喉に詰まらせた強が、喉をかきむしりながらジタバタする。 藤代が慌てて水を差し出す。 「大丈夫?」 「んぐっ、んんんっ」 真っ赤な顔をしてごきゅごきゅっと水を飲んだ強が、藤代を睨み上げる。 「付き合ってなんか、ないっ」 「あ、そうなの」 「あたりまえだっ」 コップをダンとテーブルに叩きつけて、強は眉間にしわを寄せる。 それでなくても、最近春日が強をかまうので、クラスメイトはおろか泉にまで誤解されそうになって、迷惑しているのだ。 むっとする強を見て藤代はクスクス笑うと、煙草を取り出して言った。 「じゃあ、春日の片思いか、かわいそうにな。でも、いいクスリかもな。あ、俺がこんなこと言ったの、春日には言わないでくれよ」 「いうかっ」 憮然として、強は改めて藤代を見た。 長い指で煙草に火をつける仕草は、大人っぽいが、笑いを含んだ目許は子供のそれのようでもある。 沢木ほどの男前ではないが、それなりにカッコいい部類だと思った。 藤代が、煙を細く吐いて笑う。 「でも、意外だったな。春日が君のような子を」 「ていうか、その話題ヤメロ」 「ごめん、ごめん。でも、気になってね。以前、ちょっと付き合っていた俺としては」 サラリと言って、強を一瞬固まらせた。 「付き合っていたって、春日と?」 「まあ、あいつが一年のときだけね。あいつが二年になったとき、沢木と同室になって、結局取られちまったんだけど……俺も受験だ何だで忙しくなってたし」 あっさりとしゃべる藤代に、強は剣のある視線を送る。 「何で、そんなこと、俺に言うんだよ」 「え?今、君が訊いたからだよ」 「え?」 そうなのか?俺が訊いたのか?? 強はちょっとだけ、混乱した。 藤代は目で笑ったまま、言葉を続けた。 「まあ、付き合っていたっていっても、恋人同士とかいうんじゃないから」 「は?」 「ただのセフレ」 セフレ?? 強はまたまた混乱した。 『セフレ』って何だ? 食べ物であった。それはスフレ。 さっきの本屋で置いてあった少女漫画?? いや、それはベツフレ……どうでもいい。 混乱した強の様子を察知した藤代は面白そうに言った。 「知らない?セックスフレンド」 こういう話に免疫の無い強は首まで赤くなった。 |
HOME |
小説TOP |
NEXT |