私立百万石学園寮祭《石祭》についてのアンケート
その一 石祭名物時代劇でやって欲しい演目は?
その二 その希望するキャストはありますか?

ご自由に意見をどうぞ!

「なんか、あいつら皆、好き勝手書いてきてるな」
自室で沢木が、寮生のアンケートに目を通しながら呟く。
「プロフィールの原稿は督促してもなかなか出さなかったくせに、こういうのは全員出してくるんだからな」
寮のエントランスに設けた目安箱という名のアンケート回収箱は、その日のうちに一杯になった。寮生の期待の高さを物語っている。
そして、その中身も年々過激になっている気がする。
「なんだ、この内容は」
沢木の額に不機嫌なしわが刻まれる。
「却下!」
それにしても、今回のアンケート、311号室の双子がらみのネタが多すぎる。
希望キャストの欄では、お姫様役ナンバーワンが泉だ。まあ、当然かも知れないが。
(ヤチが知ったら唇を噛んで悔しがる……わけないか)
ちなみに人気二番目は春日だが、強を推す声も結構あって侮れない。
(ツヨムシのお姫様じゃ、お笑いだろ)
ドアを叩く音に、顔を上げて時計を見た。寮長補佐の来る時間だ。
「よう、いらっしゃい」
ドアを開けると噂の双子が立っている。一人は清楚に儚げに。もう一人は不機嫌そうに。
「アンケートの集計ですよね」
沢木の部屋に入りながら、泉が微笑む。
「いや、集計はいい」
できれば、泉の目には触れさせたくない内容も多い。というか、ほとんどそんな感じ。
「じゃ、何をするんだよ」
せっかく来てやったのにと言わんばかりの強に、沢木は黒マジックと模造紙をひょいと渡した。
「とりあえずこっちで決めるから、その掲示をつくってくれ」
「決めるって?」
強が訝しげに眉を寄せて沢木を見上げる。
「演目と配役」
「そんなの、勝手に決めていいのか?」
「俺は、いいんだ。寮長だからな」
寮長の権限を履き違えているが、いつものことである。

《和装シェークスピア 十二夜》
《本格大河ドラマ 利家とまつ》
《和装007 お庭番は二度死ぬ》

「なんだ、これは?」
春日がエントランスの掲示を見て眉をひそめる。
三つの題目の横には正の字が書かれている。十二夜の人気が僅かに高いようだが、和装007も迫っている。
「俺は、双子を主役にした《十二夜》が良いと思ったんだけどな」
春日の後ろから沢木のバリトンボイス。振り向くと、やれやれと言った顔の沢木が一緒になって掲示を見つめる。
「その双子に書かせようとしたら、猛反対にあって」
結局、二人の意見も取り入れて三択にしたのだという。
「お前、どれがいい?」
ウンザリ尋ねる沢木に、春日はふき出す。
「お前、キャラ変わったな」
(今まで、誰がなんて言っても、譲歩することなんかなかったろ?)
「そうか?」
「ああ」
「で、どうよ。この三択」
「うーん。女王、竹下景子さんに三千点」
「なんだ、そりゃ」

「ちょおおっと、待ったぁあ」
突然大きな声と共に、模造紙を持った数人の生徒が現れた。先頭で叫んだのは二年生の赤松幹夫(あかまつみきお)。
「先輩、ひどいっすよ。俺たちが一生懸命考えた案、簡単に却下してくれてっ」
赤松が沢木にそう言いながら、持っていた模造紙を拡げる。
「どうせもう一度意見をとるなら、三択も四択も一緒ですよね」
「何だ、お前ら」
「じゃーん」
赤松たちが拡げて見せた模造紙には
《和装かぐや姫 ←いや、最初から和装だって!!》
なぜか突っ込みまで書かれた第四案。
「あ」
沢木は小さく声をあげた。確かに自分が却下したアンケートの中にあった。
泉にかぐや姫をやらせて、寮生の希望者が求婚者になって数々の難問をクリアして、最後に優勝した一人が勝利のキスをもらうという、劇だかウルトラクイズだかわからない内容だった。
模造紙には、その内容までご丁寧に書かれている。似てない泉の少女漫画風イラスト付き。
「ふざけるな、お前ら」
と、沢木がその模造紙を取り上げようとしたとき、食堂から帰ってきた運動部の集団が目ざとく近寄ってきた。
「お、何だ、何だ」
「かぐや姫?」
「泉ちゃんがやるのか?」
口々に言って、覗き込む。
「泉ちゃんのかぐや姫なら、俺も求婚するぜ」
沢木の級友、バスケット部主将の鐘崎が言う。
「これは、違う」
剣呑な顔で沢木が言うと、わりあい沢木と親しい鐘崎が、豪快に笑って言った。
「いいじゃねえか。せっかくだから皆の意見も聞いてみろよ」
「そうっすよ。沢木先輩」
「俺たち、一生懸命作ってきたんです」
いそいそと模造紙を貼る赤松たち。わらわらと人が集まってくる。
「じゃ、俺こっち」
「オレも」
「おれも、おれも」
当初の三択に書いていた正の字を消して、皆が次々に第四案を支持していく。さすがの暴君沢木もこれを却下することはできなかった。
沢木専制君主の王国にひたひたと忍び寄る民主主義の足音。
沢木が隣にいる春日にだけ聴こえる声で呟く。
「これは、暴動か?」
「いえ、革命でございます」

泉は、エントランスの掲示を見て固まった。
「なに……これ?……ツヨくん」
同じく呆然と隣に佇む強のシャツをぎゅっと握りしめ、既に目には涙が溢れている。
「何で、泉が、かぐや姫、やんだよ」
一語一語噛みしめるように呟いて、強が顔を赤くして怒ると、通りかかった生徒たちが口々に声をかける。
「宜しくね。泉ちゃん」
「オレ、求婚者立候補」
「俺も」
「がんばっから!応援してよっ」
「イズミちゃんvvv」
寮生、全員がやる気満々。
「……ツ、ツヨくん……」
泉は、ふらりと強にもたれかかった。
強はそれをしっかりと抱きとめて言った。
「安心しろ、泉。俺が絶対優勝してやるっ」

* * *
翌日の昼には、私立百万石学園高等部の全員が石祭のイベントを知っていた。
利一が、松組の教室に飛んでくる。
「おいっ、泉のキスを賭けたウルトラクイズやるってホントかっ」
「リ、リイチくん」
泉が真っ赤になって涙ぐむ。
「ウルトラクイズじゃねえっ」
強がキッと睨みつける。せめて体力勝負にしてもらわないと、自分が優勝できない。
「どどどっちにしろ、泉のキスってのは、本当なんだな」
「リイチくんっ」
「キスキスいうなっ!リイチ」
「俺も出るぜっ」
強を無視して、利一が叫ぶ。
「はあ?」
強が素っ頓狂な声を出す。
「寮生の祭りだぞ」
「三年前から寮生外にも参加を認めているんだろ。その劇だかクイズだかに寮生以外が出たっていいじゃねえか」
利一が、拳を握って主張する。
それを聞いたクラスの連中が口々に賛同した。
「言われてみりゃ、その通りだ」
「そうだよな」
「よし、俺たちも参加を希望しようぜ」
「ちょっ、お前ら」
唖然とする強の目の前で、生徒の一団が職員室に向かって駆けて行く。
「なんだ、なんだ」
「何があるんだ?」
隣のクラスからも声がかかり、気がつけば集団は膨れ上がり、まさに暴徒と化していた。

《ジャンジャンジャン♪ジャララ――――――ン♪》
『生徒会長および副会長は理事長室に至急来てください』
お馴染みの音楽と共に流れた校内放送。
春日と沢木は顔を見合わせた。
何となく嫌な予感に眉をひそめて見せた沢木に、春日は片眉を器用に上げて応えた。
「いや、急に呼び出してすまないね」
百万石学園理事長、前田利彦。三十七歳。加賀百万石の前田家の血筋を汲むという御曹司。三年前に父親から理事長の座を譲り受けて以来、前理事長の趣味を踏襲しつつ、適当に自分の趣味も交えて楽しい学園ライフを演出している。
「実は、今年の石祭の出し物の件で、春日会長と沢木寮長にお願いしたい事があってね」
「はい」
真面目に頷く春日の横で、沢木は嫌な予感が当たったと内心舌打ちした。
「どうだろう、生徒たちの希望も強いようだし。今年は石祭を全生徒に開放して、全員参加型のイベントにしてみては」
「お言葉ですが、理事長」
沢木が生真面目な顔を装い意見する。
「残念ながら、今からではとても高等部全部を巻き込んでの準備など間に合いませんし、元々石祭は、寮生の親睦を図るための内輪の祭りです。せっかくのお話ですが」
「まあまあまあ、沢木君」
理事長前田が、その温厚そうな、それなりに整った顔を柔和にほころばせて話を遮る。
「何も、今までの形式にとらわれることは無いんだよ」
「はい?」
「今回の企画、実は私自身大変気に入ってね。ぜひやらせて欲しい。今からだと間に合わないと言っても、準備するのはクイズの内容くらいだろう?」
「クイズ?」
(いつのまに、ウルトラクイズに決定しているんだ?)
「それは、公平を保つために全て私が準備するよ。あと、かぐや姫の衣装は私の実家にある前田家の着物をお貸ししよう。国宝モノだよ」
「こく……」
呆れる二人を前に、前田は穏やかではあるが、有無を言わせぬ口調で言った。
「ま、今後の寮生活の待遇改善もかかっていると思って。ここは一つ私にも楽しませてくれたまえ」

理事長主催となって、やたら派手になってしまった《石祭版ウルトラクイズかぐや姫》
高等部生徒全員求婚者希望。
「お前、春日派だろ?別に羽根邑泉には興味ないって言ってたじゃねえか」
「いや、高校生活の思い出づくりに」
と、こういう奴らもいるのでしかたない。
沢木は頭が痛かった。
そして、強はもっと頭が痛かった。
「クイズなんていったら、ぜってえ勝てねえっ」
「ツヨくん」
不安げに瞳を潤ませる泉。
石祭(と既に言えなくなってきているが)まで、あと三日と迫った。


* * *
「野郎どもおっ!準備はいいかあっ!」
「オォ―――――ッ」
企画立案者として、司会を任された赤松の声がマイクで響き渡り、五百人を超える男達の声が反響する。もちろん、クイズが始まったら赤松も求婚者組だ。
「羽根邑泉の、キスが欲しいかああっ」
「ウオォォ―――――ッ」

「や、やめて……」
理事長室で、校舎前の庭から聴こえる叫びを聞きながら泉は気を失いそうになっていた。
「まあまあ、ほっぺにチュくらいで良いんだから、そんなに青褪めない」
教育者とは思えない前田の言葉。
「それより、私の実家から取り寄せた国宝級の着物。これほど似合うとは思わなかった」
「今、かつらも出しますからねぇ」
着付け係の女性が嬉しそうに笑う。
かぐや姫らしく黒々とした、身の丈くらいありそうな長い髪のかつら。
それを被らされた泉は、まさに大河ドラマの女優も裸足で逃げ出すお姫様ぶり。
「ではでは、皆の前に、ご披露といこう」
「は、はい」
理事長前田に手を引かれて、泉はそろそろと歩き出した。

《ウィ―――――ン》
前田がわざわざ演出のために借りたゴンドラ(窓清掃用)に乗って、泉の姿が降りてくると、騒がしかった前庭が、水を打ったように静かになった。この世のものとは思えない泉の美しさに、全員が息を飲む。
泉は、自分に集中する視線に焼かれて、死にそうになっていた。
まさに、気を失いかけたところで
「ウオォォ――――――――――ッ」
物凄い嬌声に、意識を取り戻させられた。むさい野郎たちが拳を振り上げて喜んでいる。
「ツヨくん……」
ゴンドラの手すりにすがってほろほろ泣く泉は、まさにかぐや姫そのものだった。

「泉……」
沢木も、泉の姿に毒気を抜かれたように佇む。春日がハンカチを取り出す。
「敦、ヨダレ」
「出てないっ」
と言いつつも、内心ダラダラ。
その気持ちを見透かして春日は、泉を見ながら、煽るように言う。
「可愛いねえ。あれじゃ、ほっぺにチュじゃすまないな。まず押し倒される」
「何?」
「着物を脱がすのって、そそるもんねぇ。あーれー、クルクルクルなんちゃって」
「何を、言ってる」
と、平静を装いつつも沢木はその妄想にとり付かれてしまった。思い切り下半身が反応。
「……ヤチ、後で責任取れよ」
「そう言う場合じゃないだろ?クイズ始まるぞ」

「第一問っ!四択!」
赤松に代わって、司会を引き受けた新任体育教師の福本が叫ぶ。
「我が百万石学園の理事長は加賀前田家の直系ですが。その祖、前田利家の妻の名前は?おそ松、カラマツ、ジュウシマツ、ただのまつっ」
「ウオォォ――――――――――ッ」
白いラインで四つに区切られた校庭を5百人もの男が走る。
「こんな簡単な問題でいいのか?」
「どこでも第一問は、ウォーミングアップだからな」
強と利一も走る。
次第に難しくなる四択をこなすうちに、参加者が十分の一に減らされた。
「第十五問!我が百万石学園の理事長は加賀前田家の直系ですが……」
「まただよ。前田家から離れてくれよ」
利一がゲッソリと呟く。
「俺は、ずっと前田家クイズでいいぜっ」
強は普通のクイズだと到底ここまで残れなかったが、加賀前田家問題なら、泉に付き合って見ていた大河ドラマのおかげでそこそこ付いていけた。一か八かの勘も働いて絶好調だ。
体育教師福本の司会も絶好調。マイクを握って絶叫している。
「ここからは四択でなく早押しですっ。わかった人は前面に設置されたマイクを取って答えを言ってください。先に二問正解した人からぬけて、ここで三十人に絞られまーす」
「ようし」
強の手足に力が入る。ビーチフラッグスは得意だ。マイクは誰にも渡さない。
「我が百万石学園の理事長は加賀前田家の直系ですが」
福本の声に頷く強。
「ジャニーズ、前田耕陽のいたグループ名はっ」
「前田家と関係ねえけどわかったあぁっ」
強が走る。
「男闘呼組ですがっ」
福本が叫ぶ。強、転ぶ。
「その男闘呼組のデビュー前のグループ名はぁぁっ!」
「知らんわっ」
転んだところの土を掴んで、強が叫び返した。

そんなこんなのウルトラクイズも佳境に入り、特設舞台の上には五人だけ。
「って、ヤチ。お前まで何でいるんだ」
「いいじゃないか。泉のキスなら俺も欲しい」
涼しい顔で笑う春日。本音は先般の試験でトップを取れなかった意趣返しと、ここで優勝して知力体力NO.1を印象付けようというところ。
そして、その舞台を下から悔しそうに見上げる強。
勘で答えられる四択問題でなくなってからすぐ、利一と二人で玉砕していた。
泉を見ると怯えたようにこっちを見ている。
(泉っ)
強はいきなりその場を離れて、校舎へと向かった。
理事長室の周りをうろうろして、泉に着付けした女性を探す。
帰ってしまっているかと思ったが、幸い、双眼鏡片手に見学していた。国宝級着物を畳むためにも帰れなかったのだ。
舞台の上では、さすがに最終コーナーにふさわしいハイレベルの問題に、一人二人と脱落していき、予想通りというかお約束というか、沢木と春日の二人が残った。
「ヤチ、譲れ」
沢木が眉間にしわを寄せる。
「嫌だ」
「何?」
「一番と二番じゃ、天と地の差だからね」
ニッコリ笑う春日。
頭にへんてこな早押し用シルクハットを被らされても、ゆるぎない美貌だった。
見学者となってしまったその他の生徒たちも、いつの間にか沢木派と春日派に分かれて激しい応援合戦を繰り広げている。
全員の視線が舞台の二人に釘付けとなっているその隙に、強は泉の裾を引いた。

一進一退の激しいデッドヒート。本物のウルトラクイズ真っ青の最終決戦。
勝負がついたのは、それから一時間も後だった。
「オォォ―――――ッ」
全生徒の喚声の中、ガックリとうなだれた沢木。
大きな溜息と共に帽子をとって仰向く春日。そして、舞台の下の全生徒に向かって微笑む。
沢木は、こんなことなら前回の試験で春日を一番にさせてやるべきだったとつくづく後悔した。
勝利者春日が、にこやかにかぐや姫に近づく。
恥ずかしそうにうつむいている泉の手をとって、
「あれ?」
春日が眉を上げる。
上目遣いに見上げる姫の、目つきの悪さは泉じゃない。
くっ、と笑った春日はいきなり堂々と唇にキスをした。
「んん―――――――んっ」
泉の身代わりとなった強が、じたばたするのを抱きしめて押さえ込む。
「やっ、やめろ、ヤチ」
泉だと思って、駆け寄って引き剥がそうとする沢木。
騒然とする舞台下。
それを校舎の陰で見ながら、泉は泣いていた。
「ごめんね。ツヨくん」





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