番外編 
《春日の独白》
ご注意!ちょっとエロあります。ちょっとだよね??これって……


初めて男とセックスしたのは、中学二年の夏だった。相手はありがちだが、当時大学生だった従兄弟。それなりに、顔も良かったし、セックスも上手かったので、その従兄弟との関係はしばらく続いたが、俺が百万石学園高等部に入学と同時に寮に入ったため、関係も終わりになった。俺の高校入学と同時に社会人になった従兄弟は、もう結婚の話も出ているらしい。ちょっと笑える。
もともと、恋愛感情があって付き合っていたわけじゃない。ただ、気持ちよかったから。
男同士でやるセックスなんて、そんなもんだと思っていた。
そして、初体験がネコだったのと、小さい頃から可愛い、綺麗だ、女の子のようだと言われ続けて育った俺は、すっかり自分を抱かれる側の人間だと思っていた。
そうあの日までは――――――――――

* * *
「おい、敦」
「なんだ」
「お前がしっかりしてくれないから、俺まで調子が狂うだろ」
俺はその日の委員長会議のことを思い出して、機嫌が悪かった。
羽根邑泉の件で、腑抜けになっている敦が気になって、この俺ともあろうものが会議の進行中にぼっとしてしまった。
「お前は、関係ないだろ」
ぶっきらぼうに応える敦。精悍な横顔が、俺以上に不機嫌そうに歪められている。
俺はこの男と高校二年の春から身体の関係があった。こいつとの付き合いも従兄弟と同じ。気持ちいいから繋がる。それだけ。
ただ、そういった身体の関係とは別に、何ていうのか、この男には親愛の情を抱いていた。
戦友に対する同朋意識のような……例えば、俺にとっての親友って誰だと聞かれたら、真っ先に顔がうかぶような……そんな相手。親友とセックスするか?って聞かれると困るけどな。
その敦が泉に避けられている原因っていうのが、モロ、俺との最中を見られてしまったからというのが、さすがに気が重い。
なにしろ、あの『俺様体質』の敦の変貌振り。それを毎日見せつけられては……。
俺はあることを考えて、泉の双子の弟、強の姿を探した。

食堂に行くと、強が二人分の夕飯をトレイにのせていた。お姫様は今日もお部屋食らしい。
強の肩を叩くと、ギョッとしたように振り返った。俺の顔を見るなり、剣のある目で辺りを見回す。
「いないよ。俺一人だ」
天敵、敦の姿を探したらしい強にそう言って、強の持っていたトレイを奪った。
「ちょっと、話がある。付き合ってくれ」
「俺には、ねえよ」
不愉快そうに唇を尖らす強の腕を掴んで、俺は自分の部屋まで引っ張り込んだ。
強は抵抗したが、所詮ついこの間まで中学生だった子供の力だ。俺が本気で掴んだら、逃れられない。部屋に入った強は、半ば投げやりに言った。
「なんだよ。話って、部屋まで来ないとできないことなのか」
「今日は、同室の三田村が帰ってこないんでね。ゆっくり話ができると思って」
「はあ?」
強は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「お前と、何をゆっくり話すって言うんだよ」
「俺と、敦のことについて」
泉が誤解している俺と敦の関係。本来、泉に話すべきところだが、この弟が邪魔をして会わせてもらえない。『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ちょっと例えが変だが、強から先にご理解いただこうと考えた。
この俺にしては、相当のおせっかいだ。
俺の言葉を聞いた途端に、強が踵を返した。
「おっと」
強の腕を掴んで引き戻したら、想像以上に軽かった身体がぐらりと倒れこんで、気づいたらそのまま床に押し倒していた。
「な、ん……」
一瞬、強の瞳に怯えたような影がさした。
その目を見たとたん、自分の中にひどく嗜虐的な気持ちが湧いたのを感じた。
「そんな顔しないで。襲うわけじゃないから。でも、この体勢の方が、大人しく聞いてくれそうだね」
「なっ、やめろ」
抵抗する強を身体で押さえ込む。
ぞくぞくした。
「聞けよ、強。俺と敦は、ただのセックスフレンドだよ。恋愛関係なんか何も無い。ただ、性欲をお互いの身体で処理していただけだ」
俺の言葉に、強は途惑うような視線を返す。頬に血が上ってうっすら赤くなっている。
もっと苛めてみたいと思った。
「強だって、男ならわかるだろ?自分でやったこと、ない?」
わざといやらしく耳元で囁いてやったら、強は真っ赤になった。
「自分の手でやるより気持ち良いから、お互いにやってただけなんだよ。だから、敦は泉を裏切ったわけじゃない。わかるだろ?」
こんな体勢で伝えるのもなんだが。とりあえず、当初の目的は達成したかな。
ところが、泉という言葉に、強はぴくっと反応して、俺の身体の下で身を捩った。
「離せよ」
抵抗する強がなんだか面白くて、俺は両腕に力を入れた。
「嫌だ。強がわかったって言うまでは、ね」
「わかんねえよっ。何で、好きでもねえ相手と寝れんだよ。泉を裏切ったわけじゃないって?都合のいいこと言うなっ」
ムキになる強が可愛い。
俺は、衝動的な気持ちに突き動かされて、強の両手を頭の上で一つにまとめると、右手で、強の下半身に手を伸ばした。スウェットの上からやんわり握ると、強が驚愕に目を瞠った。
「好きでなくても、寝れるって、教えてやるよ」

「やめろっ」
一生懸命に身体を捩る強が可愛い。スウェット越しに強自身に刺激を与え続けると、少しずつ硬くたち上がってくる。
「やっ、め」
強は歯を食いしばって、辛そうに眉を顰めている。
その顔が、俺の嗜虐心をますますそそった。
右手をスウェットの下に滑り込ませて直接握ると、強は小さく悲鳴を上げた。
固くなったそれを、下からゆっくり擦り上げて、またおろす。少しずつピッチを上げると、ビクビクと震えて、先からとろりとした液が漏れてきた。
「濡れてきた」
強が嫌がるのが分かっていて、わざといやらしく囁く。
強は羞恥に顔を背ける。その表情が、なんとも艶めかしかった。嫌な男に無理やり犯されているくの一とかいう感じ?昔見た山田風太郎の忍者映画なんかを思い出して可笑しくなった。
先端の雫を指先に取って、ゆっくりと括れを擦ると
「あっ、ああっ」
強が耐え切れず、声をあげた。
その時の表情(かお)。
頬が上気して、切なそうに眉根を寄せて、小さく開いた唇が震えている。
(可愛い)
普段、気の強い性格そのままに、目つき悪く睨んでいる顔しか見ていなかったから、その不意打ちの可愛らしさは、致命的だ。だれって、この俺にとって。
心臓を撃ち抜かれたようなショック。
この後は、自分が止められなかった。強の両手を押さえているので左手が自由にならないから、口を使って強のTシャツを捲り上げた。
「やめろ」
掠れて喘ぐ、強の声がますます俺を煽る。
口で服を脱がすなんて、敦とのセックスでもしたことない。なんとかTシャツを上まで捲って、胸の小さな突起に行き当たる。今まで誰も触れていないだろうそれは、薄桃色で平たくなっている。
衝動的にそれを口に含んだ。
「やっ」
強が甘い声を出す。そんな、可愛い声で鳴けるんだ。強。
執拗に舌で擦りあげると、平たかったそれが、ぷくっと小さく立ち上がった。舌先で転がして軽く甘噛みすると
「やっ、ああ、あっ……」
殺人的に可愛い声を出して、俺の手の中で強は果てた。
イく瞬間の顔が見たくて、身体を起こして覗き込んだ。
どくどくと精を放ちながら、強は恍惚とした表情で天井を見ている。
いや、何も見えていないのかも。
その上気した無防備な顔は、このまま口づけてしまいたいほど色っぽくて、可愛らしかった。
けれど、俺は、とたんに自分を取り戻した。
(何、やってんだ、俺は)
ついさっき『襲うわけじゃないから』と言わなかったか?自分。
まだぼうっとしている強を見ながら、未練を断ち切って立ち上がり、俺は、洗面所で手を洗った。
洗ってから、しまったと思った。
(……舐めてみればよかった)
「自分で拭く?それとも拭いてもらいたい?」
ぶっきらぼうに言ったのは、照れ隠しだ。
強は、がばっと起き上がり、Tシャツの裾をスウェットパンツに押し込んだ。キッと俺を睨んで、部屋を出て行こうとする。
「待て」
「どけよっ」
強が上目づかいで凄む。
「わるかった。こういうこと、するつもりは無かったんだけど」
そう、こんなことするつもり無かった。なのに『しちゃった』のは、俺だけのせいじゃないだろう?
「あんまり言うこと聞かないから」
本当は、あんまり、強が可愛いから
「ちょっとだけ意地悪したくなったんだよ」
ちょっとじゃなくて、かなりね。
「なんだとぉ」
強の顔が赤くなった。
「だって、好きでもないやつとこんなこと出来ないって、強、言っただろ。でも、出来た」
ああ、これって俺らしくない台詞だ。
「強は、俺が嫌いだけど、俺にイかされたもんね」
わざわざ、『強は、俺が嫌い』って言うところが、ちょっとでも好きになって欲しいって言っているようで、情けない。
強は、相当頭に来たらしい。
二発、三発と続けざまに拳を打ち込んでくる。
こういうところも、可愛い。

強が怒って帰っていった後、俺は自分自身の昂ぶりを慰めるためにシャワー室に入った。
今まで敦がいたから、自分でやる回数は同年代の男より格段に少ないはずの俺だけど、それでも自慰はする。前に、クラスでそういう話題が出たとき、『イメージ壊れるからやめてくれ』って言われたけど。大きなお世話だ。大体この俺だって、かなりの野郎どものオカズになっているはずだ。
普段は、適当な相手を想像して、抱かれる側でやってるそれを、今回相手を強にして抱く側で想像してみた。
嫌がる強を無理やり押さえ込んで、脚を大きく開かせる。強の目に悔し涙が滲む。
いやいやをするように左右に捩る顔を捕まえて、むりやり唇を割る。舌を絡めると、苦しそうに喉をそらして、俺がその喉をきつく吸うとさっきのような、普段きかせない切ない喘ぎをもらす。
『やっ、ああ、あっ……』
たった今聞いた強の声がよみがえって、俺ともあろうものが、あっけなくイけてしまった。
(……もう一回、やってみようか)
今度は、あの生徒会室の倉庫に強を閉じ込める。
敦が俺にするように、少し暴力的に強のブレザーを脱がす。
いや、上は着せたままのほうがいいな。下だけ脱がして、靴下とシューズは履かせておこう。
倉庫の壁に上半身を押し付けて、強の尻を高く持ち上げる。
『やっ、ああ、やだあ、春日ぁ』
『嫌じゃないだろ?ほら、ここは、こんなに……』
『やあ、ああん、いじわるっ』
うーん。
かなりくる。
本当の強がこんなこと言うとは思えないが。想像は自由だ。
そして、俺は気がついた。
俺は決して抱かれる側の人間ではなかったということ。

* * *
俺が、自分自身と強について、新たな発見をしていたときも、敦は相変わらずどんよりしていた。
この前、授業中にいきなり立ち上がって保健室に行った日。てっきり、泉と話ができたのだと思ったら、結局、顔だけ見て帰ってきたらしい。
情けない。
俺の好きだったお前は、もっと強引で、我侭で、自分勝手で、強い男じゃなかったか?
でも――――――――
「でも、本気で人を好きになるっていうのは、そういう『らしくなくなる』ってことなんだろうな」
今までの自分自身が壊れるほどの、命も賭ける恋。
俺には、まだそんな経験は無い。
「羨ましいよ」
「そうか?代ってやりたいよ」
ほんの少し唇の端をあげて、切なげに微笑んだ敦は、男前があがっている。


その泉と強がアメリカに行ってしまうという話を聞いた。
敦がひどく動揺する。
俺はまた、人を好きになるって言うのはこういうことだと、敦の姿を見て感じた。
泉を引き止めに行くという敦に、俺も付いて行った。
「百万が一、俺の勘が外れて敦がふられたときに、慰めてやるのさ」
そう言ったが、実際、俺は敦がふられるとは思っちゃいない。
ふられるのは、泣くことになるのは……
強の顔が浮かんだとき、一瞬ズキッと胸が痛んだ。
(なんだ。今のは)
実のところ、俺は、自分自身が一番可愛いという人間だ。
敦ほどじゃないにしろ、あまり他人の気持ちを考えたり、そのことで胸を痛めたりすることは無かった。
なのに、今、強の泣き顔が浮かんで、ひどく胸が痛んだ。

俺が、今、この成田エクスプレスに乗っているのは、強に胸を貸すためだ。

俺の勘どおり、いや、勘というより、確信に近かったが、敦と泉は上手くいった。
あたりまえだ。
そして、もう一つの予想も当たった。できれば、これは当たらせたくなかったが……。
抱き合う二人を見つめて強が泣いている。嗚咽を堪えて、ぎゅっと拳を握って。
「いいシーンじゃないか」
どう声かけるか迷って、俺は努めて軽く言った。
強は拳で涙を拭って、吐き捨てるように言った。
「馬鹿野郎っ」
「そうだよな。あんな馬鹿に泉をとられるとあっちゃ、お前の気持ちも治まらんだろう」
ここまで騒ぎを大きくして、最後はアツアツのハッピーエンド。強の気持ちも分かってやれよ、敦。
「でも、馬鹿なりに、気づいたんだから許してやってよ」
アメリカに行ってしまう前に、捕まえたのは上出来だ。
「俺は、お前に言ったんだ」
「え?何で俺?」
「何ででも。お前も、沢木も、泉も……みんなみんな馬鹿だ」
そう言って、強はまた泣いた。
子供の八つ当たりみたいだが、その姿が愛しかった。不思議な気持ちだ。温かくて、少し切ない……。
俺は、強をそっと抱き寄せた。
強の肩が一瞬ぴくっと震える。
「お兄ちゃんだけじゃ可哀想だから、弟くんにも胸を貸してあげよう」
「いらねえよ。ばかやろ」
憎まれ口を叩きながらも俺の胸に顔を埋める強を、心の底から可愛いと、愛しいと思った。
これが?
こういう気持ちが、人を好きになるってことなのか?

よく分からない。でも、分からないから、面白い。
双子の兄とはひどく対照的なこの弟。
思えば、石祭で、突然唇にキスしたいと思ったときから惹かれていたのかもしれない。
胸の中にすっぽりと抱きこんだ存在が、これから俺をもっともっと『らしくなく』してくれる。そんな予感がした。

終――――――っていうか、はじまり?




HOME

小説TOP

NEXT