「リクちゃん、見て見て」
ジョニー高林が麻雀牌、ちなみに中(チュン)、を右手の上で転がしてそのまま耳に持って行く。
「こうやって、耳に入れて」
と耳に押し込むまね。開いた右手の上には何もない。
「こうして頭を傾けて」
左の耳を下にしてトントンと叩く。
「ほーら、左の耳から出てきました」
左耳に当てた手から、中牌が転がり出る。
「すごーい」
パチパチと手を叩くリク。
「だーっ!!牌が足りないと思ったら、お前が取っていたのかっ!!」
堤がジョニーにドロップキック。
「チュンが二枚も無いと、国士も大三元も出来ねえだろうがっ」
「部長、チュンが有ったところで、そんな役満、そうそう出ませんよ」
リクがもっともな突っ込み。
「リク、てめえ、いつから手品クラブの方を持つようになった」
「手品クラブではない。超魔術団だ」
「だって、堤部長が僕たちを この部に入れたんですよ」
部屋の隅では鳩のポッポが白い羽をまき散らしている。

ここは、先日まで『超魔術団』の部室だった部屋。
ジョニー高林と堤、両部長の話し合いのもと、それぞれの部員を互いの部に登録したのは良かったが、それが生徒会に受け入れられたと同時に、七人で部室は二つ要らないということで麻雀部の部室を取られてしまった。
ここは今、『超魔術麻雀団』というますます怪しげな部になっている。

「まったく、もともと部室を確保するための麻雀甲子園出場だったのに、最初から取られちまったら、しょうがないじゃないか」
東がシルクハットから万国旗を引っ張り出しながら文句をたれていると、桜井が帰ってきた。
「申し込み、済ませてきたぜ」
「何の?」
そろって訊ねる部員たちを睨み付け、
「甲子園だろうが!麻雀のっ!」
「ああ」
「ああって、お前らなあ」
桜井が呆れた顔をするのを横目で見つつ、東が堤にささやく。
「ねえ、堤の奥様、桜井さんったら急に張り切っていらっしゃるわね」
「そりゃあ、あれよ。あれ。優勝したらリクちゃんとむふふだから」
「むふふよね」
「そう、むふふふふ」
むふふふむふふふと笑う二人の頭をど突いて、桜井は言った。
「出ることが決まった以上、真面目に練習してもらうぜ。そういや、庄野はどうした?」
「麻雀部の部室を返せって、生徒会室の前でストライキしてる」
リクが応える。
「練習するのに面子が足りないから呼んできてくれ」
こうして『超魔術麻雀団』部室では、麻雀甲子園出場に向けて猛練習が繰り広げられることとなった。


「うーん……スーピン」
「惜しい!リャンソー」
「全然惜しくないぞ」
「これは、字牌だ」
「字牌の何だよ?」
「わからん」
「駄目だな、こりゃ」
「むむむう……これは、わかった!イーピンだ」
「ハツでした」

「これは何の練習してるの?」
東と堤と庄野のやり取りに首をかしげて、リクが桜井に訊ねた。
「盲牌らしいが……あやしいESP実験みたいだな」
しかも、ほとんど外れている様子はESPどころか第六感ですら1ミクロンも無さそうだ。
「盲牌できると、何かいいことがあるのか?」
ジョニー高林が口をはさむ。
「自分の所に持ってくるまでに、何を捨てるか考えることが出来る」
「それだけ?」
「それだけ」
「積込みとかもできるんじゃないんですか?」
と、リク。
「全自動麻雀卓じゃ、積込みは無理」
「そうしたら、盲牌の練習の前にやるべきことが有りそうですよね」
「俺もそれが言いたかった」


そんなこんなの練習を続け、いよいよ麻雀甲子園一次予選という時になって、事件が起こった。
「大変だ!」
東が部室に駆け込んでくる。
「堤が怪我したっ」
「えっ?」
「部長が?」
「何だって?」
驚く超魔術麻雀団員。
東の後ろから、右手の人差し指と中指にグルグルに包帯を巻いた堤が現れた。
「す、すまない……みんな」
「どうしたんですか?」
リクが駆け寄った。東が代わりに応えた。
「今日の四時間目の調理実習で、包丁でスッパリ」
「スッパリ〜?」
青ざめるリク。桜井はあからさまに顔をしかめた。
「利き腕のほうの指を切る?どうやったら、そんな器用な真似が出来る」
「かぼちゃが、硬かったんだ」
堤がキリキリと唇をかむ。
「俺の黄金のツモ手が……」
「あほが」
桜井がその指を叩く。
「いでででで……」
「ったく、それじゃ牌が掴めないだろ?」
「そう、それが一大事」
超魔術麻雀団(しつこい?)では桜井の次に麻雀の強い堤が、怪我で出場ならないとなったら、麻雀甲子園はどうなるのか?

「よろしければ、私が出ようか?」
薔薇の花をくわえて登場するジョニー高林に、
「ルールも知らないくせに、何言ってんですか」
桜井が憮然と言い返す。
ちなみに桜井がジョニーにだけは敬語なのは、尊敬しているわけじゃなく、ジョニーが年上だからだ。年齢ははっきり知らないが、五年前の卒業アルバムの修学旅行写真にジョニー高林の姿があることは、ここでは有名な話である。
余談はともかく、桜井はどうするか考えて、そして庄野に向かって言った。
「しかたないな。堤の代わりにお前が出ろ」
「断る」
ソッコー断った庄野に、全員の目が丸くなる。
「何を言うんだ、庄野」
堤と東が詰め寄ると、庄野はリクをチラリと見て言った。
「もともと俺はこの麻雀甲子園には反対だったんだ」
「もともとってゆーか、優勝したらリクを桜井にやるって言ったあたりからだな」
堤が眼鏡をキラリと光らせる。
「ああ、そうだよ」
庄野はぶすっと言って、リクの肩をつかんだ。
「なあ、リク。こんなわけわかんない大会の賞品なんかにされて、お前だって嫌だろ?」
「えっ?僕は……」

『お前のために優勝するから、俺のものになってよ』

桜井に言われた時に、密かに胸がときめいたのは事実。
リクが言葉に詰まっていると、桜井がリクの肩を引き戻して言った。
「お前が出ないんだったら、代わりにリクが出る。そして、俺たちは優勝するんだ」

「そんな、僕、無理ですよ」
「優勝したくないのか?出る前に、負けていいのか?」
桜井の真剣な瞳に、リクはまた心臓がドキドキしてきた。
ここで優勝したいというのは、桜井のものになりたいと告白するようなものじゃないだろうか。かあっと顔に血が上る。
「桜井さんったら、マジになっちゃってる」
「実は、熱血タイプだったのね。そうは見えなかったけど」
「俺たちとしちゃ、部室を取られちまったら、もうあんまり出る意味ないんだけどね」
「でも、誘った手前ねえ」
堤と東が得意の井戸端トークでヒソヒソ囁きあうのを振り返って、
「そうだよ。お前らが言い出したんだから、最後まで責任持てよ」
桜井はビシッと言った。

そして桜井、堤、東、リクの四人は駅前の雀荘に移動した。
堤が牌を持てず、庄野がふてくされて帰ってしまった今、もうひとり面子が必要だったのだ。
「ここのマスター、頼めば入ってくれるから」
「サンマでよかったのに」
「実戦が近いんだから、なるべくちゃんとしたところで練習したほうがいいだろう?知らない人と打つっていうのも勉強になる」
「なるほど」
「よし、じゃあ俺はリクの後ろについて、ナイスなアドバイスをしてやろう」
「怪我人は、大人しくしてろよ」
「後ろから口出されるのって、一番嫌なんだよな」
三人の会話をリクは黙って聞いている。
麻雀甲子園の一次予選はもう明後日だ。これから練習したところで、勝てるわけ無い。
そう思うと、気が重い。
「どうした?リク」
桜井が振り返る。
「やっぱり、僕、ダメです」
「何、言ってる。大丈夫だよ」
「だって……」
「俺が、ついてるから」
「桜井さん……」
きゅーん
リクの胸の音。
「……がんばります」
頬を染めてうつむくリクの肩に桜井の腕が回される。

「部長、僕もがんばります」
「東が言ってもかわいくないなあ」
「傷口、広げてやろうか?」

そして、雀荘のマスターにも加わってもらって麻雀卓を囲む。
サイコロを転がすと
「おっ、リクが親だ」
「くうっ、ダブ東のアズマともあろうものが、シロートに親を取られちまったぜ」
「どうでもいいだろ。ほら、取るぞ」
四人は、自分の前に牌を並べていった。
「リク、ルールはわかっているんだよな」
桜井が訊ねる。
「少しは」
自信無さそうにリクが応えると、後ろから堤が身体を乗り出して言う。
「頭は同じ牌二つだ。あとは三つずつの組を作っていくんだぞ。同じ牌か、続き番号だぞ」
「そんなの、入部したときに教えてやれよ」
桜井、遠い目。
「それくらいは、分かってますよ」
リクは小さく唇を尖らせて、何を切ろうか考えた。
「あれ?」
首をひねる。
「どうしよう」
「はやくしろーっ」
東が急かすと、
「切る牌が無いんです」
リクがなきそうな声を出す。
「えっ?」
驚く桜井。
「全く、これだからシロートは」
と、東と堤がリクの手牌を覗き込んで
「うおおっ!!あがっている」
「テンホー(天和)!!」
と叫んだ。

「テンホー?」
リクは、きょとんと目を丸くして訊ねた。
「テンホーって何ですか?」
「北朝鮮の独裁者に気に入られているマジック界のプリンセスだよ」
「それはテンコー、って高林さん、どこからわいてきたんですかっ」
ふふふ……と微笑むジョニー。
桜井は気を取り直して、リクに教えた。
「配牌と同時にあがっていることで、親の役満だよ」
「そうなんですか」
「す、すごい、すごいぞ、リク!これでお前も『天和のリク』だっ」
堤が感動している。
「そんな運でしかあがれない役で名前もらってもねえ」
ダブ東のアズマがちょっぴり僻む。
「お前は、自分の名前でもらっているだけじゃないか」
「ぷん」
「とりあえず、リクのあがりだ。点棒だせよ」
桜井が三人の点棒を集めて、リクの箱に入れた。
「うわあ、なんか、嬉しいです」
「この調子でがんばろうな」
「何がこの調子なんだか」
「東、おとなげないぞ」
「そんなビギナーズラックがそうそう続くわけないよ」
そして次の局は、始まってすぐ東が桜井に振り込んで、あっという間に終わった。
「次は、俺が親だな」
ふふふふふ、と不敵に東が笑った。
「ダブ東のアズマの怖さを思い知れ」
「怖かねえよ」
そして、配牌がすんで自分の牌をツモったリクが、再び困った声を出した。
「切る牌がありません」
「何っ!」
そろってリクの牌を覗き込む。と、同時に叫んだ。
「チーホー(地和)!!!」
「チーホーって?」
「杉田かおるが子役で」
「高林さん、あんた一体いくつですか?」
桜井が、高林の頭を雀卓に押し付けた。
ちなみにこのボケのオチは『チーボー』だが、これが分かる人はいい歳してこんなもの読んでいる自分にうんざりしてもいい。
それはともかく。
「チーホーって言うのは、子が配牌後の最初のツモであがることだよ」
「す、す、すごいぞ、リク」
そして、堤は叫んだ。
「わかった!!」
「な、何?」
「うっかりしていたが、さっきのリクの手も、最初からかなり良かった。これはもう、ビギナーズラックとしか言いようが無い」
「だから、俺がそう言ってるじゃん」
「東は黙ってろ。だから、リクは、これ以上やらない方がいい」
「はあっ?」
堤は、リクを指差して言った。
「本番まで、その運を取っておくんだっ」
「…………」
リクは、堤の意見にも驚いたが、もっと驚いたのは、その意見が通ってしまったことだった。




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