「ようし、俄然やる気がわいてきた」
桜井は、カッターシャツの袖をまくった。
「ち、ちょっと待ってください、先輩」
リクは、慌てる。
「そうだよ、勝手に決めるなよ。リクがいやがっているじゃねえか」
リクを庇う庄野に、堤は眼鏡のフレームをきらりと光らせて言った。
「お前だって、いっつも嫌がるリクになんだかんだ先輩風吹かせてこき使っているだろ」
「そうそう」
東も大きくうなずく。
「これは、先輩命令だ」


「ロン。メンタンピン、ドラドラ」
ダマテンしていた桜井が、庄野の捨てたリャンピンで、パタリと牌を倒した。
「うっ」
「はやっ」
「軽くジャブっていうところだな」
そして、四人はリクを見た。
「やっ……そんな……」
首まで真っ赤になるリク。
「さっさと脱げ、減るもんじゃなし」
部長命令。
「ネ、ネクタイとかで、いいんだ。最初は」
何故か声がかすれている庄野。
「あっ、そっか」
リクは制服のネクタイに手をかけた。
先日衣替えがあったばかりで、ブレザーが無いのは痛かったが、ネクタイだけはきっちりしめていてよかった。
シュルッとネクタイを外すと、
「おおーっ」
庄野を除く三人が歓声を上げた。
この瞬間、自分が脱衣麻雀に乗ってしまっていることにリクが気づいたのは、その後三回続けて桜井があがってからだった。

「ロン。イーペーコー三色ドラドラ」
「げっ」
「失敬、リーヅモ、イッツー。裏ドラ乗りました」
「つええな」

「大当たり、白(ハク)、トイトイ」
「大三元じゃなくて良かったとしよう」
「そういうこと」

振り込んだ堤から点棒を受け取って、桜井はリクを振り向いた。
先の二回で室内シューズを脱いでカッターシャツを脱いでいたリクは、Tシャツを脱ぐべきか靴下を脱ぐべきか躊躇した。
考えた挙句、靴下に手を伸ばすと、
「あっ」
桜井が変な声をあげた。
「な、何っ?」
怯えるリク。
「俺としちゃあ、靴下は最後にとっておいて欲しいんだけどな」
「オヤジだな桜井彰、しかし、俺も同意見だ」
「じゃあそのTシャツを思いっきり脱いでもらおう。リク」
「先輩たちまで一緒になって喜んでんじゃねえよっ」
「庄野だって、嬉しそうだぞ」
「そんなことないっ!」
卓を囲む四人を見て、リクは思った。
(何で、こうなっちゃったんだろう?)


「ほら、リク、さっさと脱げ」
「はあ」
部長命令に、よくわからないままリクはTシャツを脱いだ。
Tシャツからすぽんと首を抜くと、サラサラの黒い髪が乱れて舞い上がる。
リクはプルプルと軽く首をふってその乱れを直すと、そのまま脱いだTシャツを胸の前で丸めた。
「うっ」
突然、庄野が鼻を押さえた。
「なんだっ?」
「げえっ!」
堤と東が叫んだ。
部室に一つしかない古い雀卓に、ポタポタと庄野の鼻血がたれていた。
「てめえ、雀卓、汚すんじゃねえっ」
「ああ、染みてる、染みてる」
慌てて雑巾を取りに行く二人。
リクは、無意識にTシャツで胸を隠したまま、小首を傾げた。
「気持はわかる」
いつの間にか桜井がリクの隣に立っていた。
リクの脱いでいたカッターシャツをそっと肩から羽織らせて、
「あの男が貧血になる前に、隠せよ」
耳元で囁いた。
リクは、耳を掠める吐息にちょっとゾクッとして、そして慌てて服を着た。


「あああ、血の痕、消えないぜ」
東が恨めしそうに卓を見つめる。
「呪われた麻雀卓」
堤が呟いた。
「いや、それより何十年もたっておじいさんの土蔵から小学六年生の進藤某がこれを見つけるんだ」
「そして烏帽子を被った庄野が現れる」
「庄野が成仏して、初めてこの血の染みが消えるのか」
「しかし、庄野がとり憑いても麻雀は強くならないな」
「先輩たち、ふざけている場合っすか!」
両方の鼻の穴にティッシュをつめながら、庄野が叫んだ。
「何だかんだ言って、某囲碁漫画も読んでいるんだな。お前ら」
と、桜井。


「これじゃあ、続きが出来ないな」
独り言のように東が呟くと、桜井は麻雀牌を片付けながら言った。
「いいよ。お前ら面白いから、助っ人やってやるよ」
「本当か?」
「ああ、でも条件を一つ」
「何だ?」
堤と東が身を乗り出す。
「大会に優勝したら、この子、俺にくれよ」
リクの肩を抱いてニッと笑う。
「ひっ」
リクは、再び息を飲む。
「何言ってんだあっ!」
庄野が叫んだ拍子に、鼻に詰めたティッシュがスポンと二メートルほども飛んだ。


「その条件、呑んだ!」
「優勝したら、リクはお前にやろう!」
堤と東が頷くと、
「待ってください」
さすがにリクが口を挟んだ。
「何なんですか、さっきから……よく考えたら、何で僕が服、脱がないといけないんですか」
「よく考えなくてもそうだ」
庄野がティッシュを鼻に詰め直しながら相槌を打つ。
「くれとかやるとか、人をモノみたいに……大体、桜井さん、変ですよ。どうしてそんなこと言うんです?」
続けてリクが早口で言うと、
「気に入ったから」
桜井は真面目な顔でリクを見た。
「そのつぶらな瞳も、小さい鼻も、閉じているのに何故か前歯の覗く無防備な口許も、めちゃ好みだから」
「え……」
リクはドキンと心臓を鳴らした。桜井は、リクの両手を包むように握って言った。
「君にチャイナ服を着せて、超魔術胴体分離のアシスタントをやらせたい」
「やめろー!!」
見つめ合う二人の間にスライディングばりに飛び込んだのは、庄野。
「邪魔すんなよ」
桜井が眉間にしわを寄せ庄野を睨みつける。
「リクにチャイナ服なんか着せたら、この俺が黙っちゃいないぞ」
「ほー」
睨み合う庄野と桜井を見ながら、
「おい、庄野ってリクのこと好きだったのか?」
「東はわからなかったのか?鈍いヤツだ」
「お前は知っていたのか?」
「さっき」
「なんだ。変わんないじゃねえか」
「鼻血の前にわかったかどうかは大きな違いだ。それはもう、紀元前と後のような差だな」
「ビフォー鼻血」
「B.H.30に俺は気がついていたぞ」
「歴史を分単位に刻むのはよそう。煩わしい」
堤と東は雑談にひたっていた。

「大事なのは、リクの気持だ」
「あっ、馴れ馴れしく呼び捨てにするなよ、お前っ」
庄野を無視して桜井はリクを振り返る。男らしい顔でじっと見つめて、囁いた。
「お前のために優勝するから……俺のもんになってよ」

「ひょえええ」
気の抜けたような声をだしてパタリと倒れたのは、この場合『部外者』の三年生二人だ。
リクは顔に血を上らせて、大きな瞳で桜井を見返す。
「……あの」
「ん?」
「僕……」
熱に浮かされたようになっているリク。
庄野が割り込もうとして、堤と東に取り押さえられる。
「やらせろ、いいところなんだから」


そこに
「桜井っ!!」
大声がして、麻雀部のドアが開いた。
「お前、超魔術団の活動に参加せず、こんな所で何をしているっ!」
「あっ」
制服のシャツの上から、タキシードジャケットを羽織った長髪の青年。
「部長」
「ポッポに餌もやらずに、何、油を売っているんだ。まさか、また麻雀に転んだとか言わないだろうな」
「餌はやりましたよ。それに転んだのは麻雀にじゃなくて、この子です」
「おっ」
桜井が指すリクを見て、超魔術団(手品クラブ)の部長が目を瞠った。
「にゃるほど、可愛い」
タキシードの胸ポケットに手を突っ込んで、ポンと白い薔薇を出した。
「こんにちは、初めまして。超魔術団団長のジョニー高林です」
ちなみに本名は高林正弘。うさんくさいジョニーの名はどこから来たのだか誰も知らない。
「はあ」
薔薇を受け取って、リクはどうリアクションすべきか悩んだ。
そこに堤が割って入って、
「よろしく。私は、超麻雀部部長の堤太一郎」
「パッション?」
「だからそれは、大二郎。それより、お宅の部員をお借りする件で、かくかくしかじか……」
「ほお?」
ジョニー高林の瞳がきらりと光った。



「その麻雀甲子園とやら、面白そうではあるけれど……」
腕組みするジョニー高林。
「うちも残念ながら部員不足に嘆く弱小クラブでね。一人でも欠けるとイタイのだ」
「まあ、そうだろうね」
超魔術団とか怪しいことを言っている団体に、部長がこれじゃ、と堤はうなずいた。
「そこで提案だが、君たち麻雀部もうちの部に入らないか?」
「何?」
「うちの部員も、麻雀部に登録。そっちの四人もうちの部に登録で、一挙に部員倍増だ。麻雀部に入った桜井が麻雀甲子園に出ることは全く問題ない」
「なるほど!」
東がポンと手を打った。
「いい考えかも知れん」
堤も同意した。
「それじゃあ、お互いの部のために」
「決まりだな」
二つの部の部長は固く握手した。
ジョニー高林がウッソリつぶやいた。
「これで、うちの部も部員が七人になったな」

「三人しかいなかったんかいっ!!」
堤は思わず叫んだ。





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