「このままじゃ、廃部になる」
部長の堤が重々しい声で言った。


「廃部?」
「っていうか、うちってまだ部として残っていたの?」
庄野と東は、読んでいた雑誌をとりあえず閉じて、顔を上げた。
「部室がある以上は、部だろ?」
堤はノンフレームの眼鏡の位置を直しながら、二人と、そして部室の隅でぽやんとしている四人目の部員、相原リクを見た。
「えっ?じゃあ、部じゃなくなるってことは、この部室が取られるってことか?」
「そんなっ!そしたら俺たち、これからどうやって生きていけばいいんだよ」
「べつに生き死にの問題じゃないでしょう? 先輩」
騒ぐ庄野と東に、一年生のリクは半畳を入れて、
「うるさい。リクは、リクらしく、掃除でもしていろ」
二年の庄野に小突かれる。
ここは都内の、と言っても西の外れだが、私立男子高校の一室。
普段は『旧実験準備室』ということで物置状態の部屋だが、堤が入学した年から昼休みと放課後は『麻雀部』の部室になっている。
そう、ここで今騒いでいる彼らは、たった四人の麻雀部部員だった。




「何で、廃部、っつーか、この部室が取られるんだよ」
堤と同級の三年生、東がむっとした顔で訪ねる。
「囲碁部がな」
「囲碁部?」
「某漫画の影響で突然人気が出て、部員が増えたから部室が欲しいって生徒会に言って来て、それで、一番部員数が少ないのに部室を持っているうちが明け渡すように言われた」
「横暴だっ!」
堤が言い終わらないうちに、庄野が叫ぶ!
「生徒会の不当なやり方に俺は断固として抗議する!!」
もっていた雑誌を丸めて振りかざす。ちなみにその雑誌は竹書房の某麻雀週刊誌だ。
「不当なって言っても、もともとたった四人で部室持っている方が変だと思うんですけど……」
「リク、お前、掃除が嫌で、ここがなくなりゃいいとか思っていないだろうなっ」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
入学早々さらわれるように入部させられたリクは、いわゆる流され易い性格で、麻雀のマの字も知らないのに、ずるずると二ヶ月もの間最下級生としてこき使われていた。
リクをどやしつけて、庄野は再び拳を握った。
「今年で卒業してしまう先輩二人はともかく、俺はあとニ年はここで楽しい高校ライフをおくるつもりだったんだ」
「ともかくはないだろう?俺たちだって、残された半年ちょっと、部室があるのとないのとじゃ大違いだ」
東が言った。
そこで堤がパンパンと手を打った。
「人の話は、最後まで聞けえ」
三人が一斉に堤の顔を見ると、麻雀部創設部長は小脇に抱えていた封筒から徐に一枚の紙を取り出した。
そこには

《麻雀甲子園出場申込書》

と書かれていた。


「麻雀甲子園?」
「何ですか、それ?」
庄野とリクが紙を覗き込む。
「全国の高校から選抜された高校生雀師が腕を競う、麻雀界の高校野球のようなものだ」
東が応えた。
「そんなもの、あったんですか?」
庄野は驚いた。
「今まで、そんな話一回も出なかったじゃないですか」
「ああ、今まで出る気はサラサラ無かったからな」
堤が当然のように頷く。
「大体、出場するには三人いないといけないんだ。うちは昨年の秋までは部員二人だったから、でようにも出られなかったんだよ」
東も相槌を打つ。
「なるほど、今年は俺とリクが入って四人になったから、参加可能って訳か。じゃあ、俺と先輩二人ででるんですね」
庄野の言葉に
「ブブ――――ッ」
堤は、大きく顔の前で両手をクロスした。
「ええっ!まさか、リクをだすんですかあっ?!」
「あほか、庄野。リクは麻雀の麻の字も書けない男だぞ」
「書けますよ」
口をはさむリク。
「黙れ。そのリクが選手として出たところで、一回戦も勝ち抜けるか。何しろ、三人別々に卓を囲んでその持ち点を足すんだからな。いくら俺たちがコツコツ稼いだところで、リクが役満に三連発くらい振り込んでアウトだ」
「そりゃそうですね」
うなずく庄野。
「それと同じ理由で、お前もボツだ」
「しょえっ?!」
堤は眼鏡のフレームを持ち上げて、キラリと反射させて言った。
「何しろ、ここで優勝しないと、部室が取られてしまうんだ」



「全国大会で優勝なんて、無理でしょう?」
リクが大きな瞳を、さらに丸くした。
「まあ、全国大会って言っても、高校に麻雀部があるところ少ないから、そんなにたくさんは出てこないんだよ。優勝しても特に何があるってわけでもないから、知っていても出ないヤツラ多いし」
東が応える。
「でも、優勝となると、簡単じゃないぞ」
堤が釘をさす。
「わかっているよ。いや、俺たちの力じゃ優勝は無理だろ?」
そう言って東が堤を見ると、堤はニヤリと笑った。
「そう、俺たちだけじゃ無理だ」
「そう言えば、俺が出ないんなら、三人目は誰なんですか?」
庄野が尋ねる。
「桜井彰の名前を聞いたことあるか?」
「さくらい?」
「しょう?」
庄野もリクも、ちょっと考えてブンブンと首を振った。
東だけがはっとして叫んだ。
「伝説の中学生雀師ショウ・サクライ!!」
(伝説の?)
(中学生雀師ぃぃ??)
リクと庄野が同時に心で叫んだ。
「桜井彰が、どうしたんだよ?」
東は興奮している。
「この学校にいる」
「ええっ?」
「三年前、この東京都下三多摩中のゲーセンの、脱衣麻雀ゲーム全てにその名を刻んだ男!桜井彰は、実はうちの学校にいたんだよ!!」
「嘘っ!」
「すげえ」
「本当だっ!」
「うおおおおっ!!」
拳を握り締め前かがみになって吼える先輩三人を見つめて、リクは思った。
(だったら僕なんか入部させないで、さっさとその人、入れておけば良かったのに)



「ここにいるのか?」
堤に連れられて、三人が向かった先、それは―――
『超魔術団部室』
あやしげな張り紙が貼られてある旧校舎の教室だった。

「何、これ?」
「マジッククラブ」
「手品か?」
「その桜井って、手品部なのか?」
口々に言いながら、ドアを開ける。
中から、いきなり白い鳩がバサバサと飛び出してきた。
「ぎゃっ」
リクが思いっきり、尻餅をついた。
鳩を追いかけるように一人の男が出て来た。
「つかまえてくれっ」
庄野が咄嗟に、リクの頭に乗っかっている鳩を両手で掴む。
「さんきゅ」
男は、庄野の手から鳩を受け取ると、廊下にへたり込んだまま呆然と見上げるリクを見た。
「わり、おどろかした?」
リクは、その男の顔が妙に整っているのに見惚れてしまった。
「大丈夫か?」
鳩を懐に入れて、男が手を差し出す。
その手を掴んだのは、何故か堤。
「桜井彰君だね。僕は、麻雀部部長堤太一郎」
「パッション?」
「それは、大二郎」
今時の高校生とは思えない会話をしてから
「その部長が、俺に何か用か?」
桜井は右手を振り払った。
「君に、僕たち麻雀部に入部して欲しい」
「断る」
話はニ秒で終わってしまった。
「ちょっと待て、桜井彰」
「フルネームで呼ぶなよ」
肩をつかまれて、桜井は嫌そうに振り返る。
「とにかく、俺たち、いや、僕たちの話を聞いてくれたまえ」
「んな、かしこまって話すことないって」
「聞いてくれるんだな。じゃあ、立ち話もなんだから中で」
「って、ここはお前の家かよ」
「まあまあまあ」
堤のペースに乗って、一同は超魔術団部室に入った。


「……というわけなんだ。ぜひとも君の、かつて伝説の中学生雀師と呼ばれた君の、その麻雀の腕を貸して欲しい」
堤の話を黙って聞いていた桜井だったが、全ての話が終わったのを確認すると、
「だから、断るって」
あっさり応えた。
「ちょっと、俺が今、五分二十七秒も熱く語ったのは、何だったのよ?」
「お前が、勝手にしゃべっていただけだろ?大体、何?その麻雀甲子園?俺たち三年生よ?大事な夏休みにそんなことやっている暇あるわけ?」
「懐から鳩出しながら言われても、説得力に欠けるってもんだ。桜井彰」
堤は粘り強かった。
東も一緒になって嘆願。
「頼むよ。お前がそんなに麻雀強いんなら、大会の間だけ助っ人って形で入ってくれれば……」
「強いんなら?」
桜井の瞳がキラリと光った。
「強いんなら、じゃなくて強いんだよ」
「えっ、じゃあ」
桜井の言葉に、堤と東が目を輝かすと
「あほか。強いんだって言っただけで、助けてやるなんていってねえよ」
桜井は鳩を両手で抱いて、手作りらしい鳩小屋の中に入れた。
それまでリクと庄野はそのやり取りをただ見ていただけだったが、桜井の態度にムカついた庄野が言った。
「もう、いいじゃないっすか、先輩。こんなヤツに助けてもらわなくっても、俺が大会でますよ」
「庄野」
「どんなに強いか知らないけど、やる気のないヤツに頼むくらいなら、俺がやるって」
庄野の言葉に、堤と東は顔を見合わせた。
「庄野、お前の気持ちはわかるが、大会に勝つには、桜井の力がいるんだよ」
「俺たち三人じゃ、とても大会で優勝することはできないって」
二人の言葉に、桜井はニヤッと笑って庄野を見た。
庄野はますますムッとして言った。
「それじゃあ、コイツがどれくらい強いのか、見せてくださいよ」
庄野は高校に入って初めて麻雀を知ったので、伝説の中学生雀師の噂を知らなかった。
「半荘一回、付き合ってもらいましょうよ」
庄野の提案に、意外にも桜井は頷いた。
「いいぜ。半荘一回ならな」


そして五人は麻雀部部室に向かった。
「ところで、あんた達はどれくらい強いの?」
牌をかき混ぜながら桜井が訊ねると、堤はフフフと笑った。
「俺は、中野じゃ国士(コクシ)の太一郎、コイツはダブ東(トン)のアズマって呼ばれているんだぜ」
「国士の太一郎ねえ、そういうヤツって、たった一回あがったきりでも、そういう名前自分で付けてんだよね」
「うっ」
図星を指されて堤は胸を押さえた。
「でもダブ東のアズマってのは、由来を聞いてみたいな」
桜井の呟きに、東ではなく堤が応える。
「簡単だ。こいつの名前が東東だからだ」
「は?」
「東東と書いて、ヒガシアズマ。コイツの名前だ」
「…………」
東の顔をじっと見て、
「ふざけた親、持っちまったな」
桜井は気の毒そうに顔をしかめた。
東はその言葉に、ふっと眉をひそめて、うつむいた。
「違うよ……俺の前の名前は榎本東。小学生の時に両親が離婚しちまって。女手一つで育ててくれた母親が、一昨年再婚したんだ……」
東は自分の前髪をいじりながら、寂しげに呟く。
「母親がようやく幸せになってくれたんだ。再婚で名前が変わることくらい……」
「すまない」
さすがに申し訳なさそうに頭を下げかけた桜井に
「だまされるな、桜井彰」
堤が言った。
「再婚にあたって、名前が変になるからって旧姓のままにしようとした母親に無理言って、東の籍に入れさせたのは、コイツ自身だぞっ」
東を指差す。
「受けを狙うためだけに」
「うくくっ」
東が吹き出した。
「お前ら……」
桜井が牌を重ねて、ウンザリ言う。
「俺も人のことは言えないが、お前らも大概ふざけたヤツだな」
「気が合いそうじゃないか。桜井彰」
「ざけんな」


その間、庄野は黙々と自分の目の前の牌を積み、リクはと言えば桜井の指さばきの見事さに感動していた。

そして、半荘が終わった時、勝ったのは堤だった。
「ど、ど、どうしたんだ?桜井彰」
トップをとった堤の方が慌てている。
「お前の実力は、こんなものじゃないはずだ」
「ふははは、伝説の雀師っていってもこんなものかっ」
勝ち誇ったように叫ぶ庄野。
「果てしなく沈んでいるお前がいばるな」
東が突っ込む。ちなみに桜井が二位で、東と庄野は大負けだ。
「うーん」
桜井は、頭をボリボリとかいて言った。
「イマイチ、ノレないんだよな」
「何だと?」
桜井は伸びをしながら
「ほら、俺って脱衣麻雀のプロだろ?」
(プロだったのか?ゲーセンで?!)
他の三人が一斉に内心で突っ込んだ。
「誰かか脱いでくんないと、正直、やる気がでないや」
そう言って、桜井はちょこんと隣に座っているリクを指差した。
「例えば、この子とか」

「えええええええええっ」
一瞬の間が開いて、リクの叫び。
「なるほど」
堤と東は頷く。
庄野は何故か、リク以上に真っ赤になって、
「何、言ってんだっ、この変態っ!!」
卓を倒さんばかりに憤っている。
桜井は、ニッコリ笑ってリクを見る。
リクは、口をパクパクさせるが、言葉が出ない。
「ようし、わかった」
堤が言った。
「あと半荘、桜井が上がるたびにリクに脱いでもらうから、お前の実力を見せてくれっ」




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