「秋山君、これも運ぶの?」
「ああ、それは重いからいいよ。それより、こっち」
「俺、先に持ってくぞ」
「お前は、もう一個持っていけ」

 引っ越し当日。
 約束どおり、工藤と高橋が手伝いに来てくれた。前原は、先に引っ越し先のアパートに行ってくれている。
引っ越す先は、家から車でニ時間ばかり離れた、どちらかと言うと田舎っぽい街だ。けれどもK大が郊外移転でやってきてから、若者が増えて、最近急に賑やかになってきていると不動産屋が言っていた。
一人暮らしの1Kのアパートは、バス、トイレ別で家賃四万五千円。新築なのに安いのは、駅歩があるからだ。
「じゃあ、出発します。誰か、乗っていきますか?」
引っ越し業者は運転手一人だけだ。大した荷物も無く、男手があるといったらそうなった。
助手席に誰か乗っていくかということだが。
「じゃ、俺が乗るよ」
高橋が手を上げた。
「秋山、葵と電車で来いよ。っていうか、電車の方が絶対早いだろうけど」
「いいのか?」
「電車賃、浮くし」
高橋は笑ってトラックに乗り込んだ。
「じゃあ、地図見てもらってもいいですかね」
「任せてください」
高橋は膝に地図を抱えて、
「じゃ、後でな」
ドアをバダンと閉めて、窓から手を振った。

 戸締りを確認するのに、家に入って、もう一度自分の部屋を見た。
壁のポスターも本棚もそのまま。タンスも引っ越し先には大きすぎるから、カラーボックスでも買うつもりだ。ベッドと机だけが運び出されて、中途半端にガランとしている。
十八年過ごした部屋だと思うと、それなりに感慨深かった。
いつのまにか、工藤が横に来て、
「初めて入ったのに、最初で最後になっちゃった」
部屋をぐるりと見ながら言った。
「また、来ればいいよ。その、とりあえずは新しい部屋に」
「うん」
俺は、窓を閉めて鍵をかけ、そして工藤と一緒に玄関を出た。
結局、工藤には、今夜泊まれとは言ってない。言えなかった。
その言葉に含まれる俺のいやらしい思いが、簡単に見透かされそうで。


「いらっしゃーい」
前原が玄関から顔を出す。
「誰の家だよ」
「ふふふ……あ、さっき、冷蔵庫届いたの。流しの横にセッティングしてもらったわよ」
「え? もう来たのか」
「うん、あと炊飯器と電子レンジ? 台所用品色々」
「ああ」
同じところで、フレッシュマンセットとかいうのを頼んだのだ。
「わかる範囲でしまっといたから」
「サンキュー」
前原のおかげで、台所回りはすぐに使えるほどに整っていた。
「後は、トラックを待つだけね」
そのトラックは、俺たちの着いた三十分後に到着し、運転手はきびきびと荷物を下ろし、エレベーターのないニ階までの階段を、慣れた足取りで往復した。
「じゃあ、私は、これで」
「ご苦労様でした」
俺は、母親から預かっていた封筒を渡した。心付とか言うものらしい。
「やっ、すみません」
よく日に焼けた運転手は、ニコッと笑って封筒を受け取ると、額に押し抱くふりをしてからポケットにしまった。
それから、前原の指示のもと(何でだ?)俺たちは、ベッドの位置を直し、カーテンを取り付け、細々とした荷物の入っていたダンボールを解いていった。
「あら、これ何、かわいい」
ピンク色の和紙に包まれた箱を前原が持ち上げた。
「ああ、叔母さんからの引っ越し祝い」
もらったはいいけれど、開けもせずにダンボールの中に入れてしまっていた。
「あ、あの、輸入食器のお店やってる」
ローテーブルの上で、前原が箱を開けた。
工藤も、その隣で見ている。
「わあ、可愛い」
箱の中には、コーヒーカップや大小の皿、スプーン、フォーク、ナイフなどが、二組ずつ入っていた。
「見て工藤君。すごく繊細な模様」
前原が、カップを手渡す。
白地に青の花模様だ。俺にはわからないが、たぶん、ブランド物なんだろう。
「カトラリーも全部ペアよ」
前原が工藤を見て言った。
「いかにも、新婚さんの家にふさわしいわね」
ガチャン
「あっ」
工藤が持っていたカップを落とした。見ると、カップの取っ手、というのか持つべきところが、きれいに外れてしまっている。
「あ……ご、ごめん」
工藤が青くなった。
「ゴメンなさい」
これは、前原。
「私が変なこと言ったからよね」
「えっ、ち、ちが、っ、違うよ」
工藤は可哀相なくらい動揺している。青くなったり赤くなったり忙しい。
「けがしなかったか?」
訊ねると、
「ごめんね、秋山君……」
工藤は、取っ手とカップを別々に持って、泣きそうな顔で俺を見た。
「気にするなよ、形ある物いつかは壊れるんだし」
「でも……」
うなだれる工藤に、
「接着剤で付くんじゃねえか」
高橋も「気にするな」と言い、そして前原も一緒になって、
「そうよ。それによく考えたら、秋山君がこんな上品なカップ使うわけないんだし」
お前が、そう来るか。
「でも、せっかく叔母さんがお祝いにくれたものなのに…」
「いいって」
俺は、工藤の手からカップを取り上げた。
そして、台所の窓の下に置く。もちろん取れたところは見えないように後ろ側だ。
「花瓶にしよう。その辺の花でも挿して飾ったら、きれいだろ」
そう言ったら、前原と高橋がギョッとしたように目を見開いて、そして次の瞬間そろって吹きだした。
「花だってーっ」
「あ、秋山が、花?」
「か、飾るって…」
「似合わねーっ」
転げまわって笑う二人、工藤は呆然としていたが、あんまり二人が可笑しそうにしているので、つられて微笑んだ。俺は、それを見てほっとした。
「悪かったな、似合わねぇこと言って」
二人の友情に感謝だ。



「ふーっ、食った、食った」
「ごちそうさま」
 部屋を片付けて、引っ越し祝いといって前原が近所の商店街から買ってきた惣菜を食べ終わった頃には、すっかり日が落ちていた。
「意外と遅くなったな」
「悪いな」
「いや、全然」
「今から帰ると何時だ?」
「私は八時かな」
「俺もそれくらいだな。前原、何で帰る?」
「JRの方に出ようかな。その方が早いし」
「じゃあ、俺もそうするわ。送ってく」
「あら、ありがと」
「葵は?ここからならバスで京王線か」
「うん。その方が近いから」
「じゃ、バス停まで送るよ」
俺は立ち上がった。まだ何となく、迷いながら。


 JRに向かう二人を見送ってから、俺は工藤とバス停の方角に歩いた。
バス停の黄色い明かりが見えたとき、俺は何かに突き動かされるような気持ちになって、唐突に言った。

「工藤、今日、泊まってかねぇ?」

 工藤は驚いて俺の顔を見て、そして、少しの間をおいてコクンとうなずいた。
それを確認した俺は、工藤の右手をつかむと来た道を足早に戻った。
一言もしゃべらずに。いや、口がきけなかったのだ。
手が汗ばんでいるような気がして、恥ずかしかった。
けれども、その手を離すと逃げられそうな気がして、工藤の細い指先を固く握り締めたまま、俺はただただ真っ直ぐに自分のアパートを目指した。
アパートの入口が近づいた時、
「あ」
工藤が、立ち止まって俺に握られていた手を引いた。
俺は、ビクッと振り返った。
俺は一体どんな顔をしていたんだろう。工藤は、困ったように俺を見て、そして小さく微笑んで
「電話……家にかけとく」
目で公衆電話を指した。
「あ、ああ」
俺はあからさまにほっとして、それがまたカッコ悪くて、情けなかった。
工藤がボックスに入っている間、俺は落ち着かなかった。
部屋に入ったら、まずどうすべきかを考える。
(そういや、風呂は洗ってたっけ?)
自分じゃ洗ってない。まあ、何とかなるだろう。
(工藤を座らせて、先に風呂をためて、それから…)
と、シュミレーションする俺は、間違いなく、初体験に舞い上がるガキと同じだ。

「お待たせ」
工藤が戻って来たときになって初めて、
「俺、ケータイ持ってたのにな」
思い出すあたり。
「携帯だと、番号出ちゃうから」
言ってから、工藤は赤くなって言い訳した。
「あ、ううん。ちゃんと秋山君のところに泊まるって言ったし、番号知られてもいいんだけど、でも、うちの親、たまに平気でかけなおして来ることとかあって……」
「あ、いいよ、いいよ」
俺も、工藤の親から携帯に電話をもらったりしたらビビる。
「……泊まっていいって?」
「……うん」
そして、俺たちは、ゆっくりと階段を上った。







 さっきまで四人騒いでいた空間が、今度は全く別の顔をして迎える。
俺は、自分の部屋に入るのに、恐ろしく緊張している。
「えっと…そのへん、座ってて…」
「うん…」
工藤を座らせて
(ええと、何するんだっけ。そうだ、風呂沸かして…)
俺はギクシャクと風呂場に向かった。そこで
「でっ」
風呂場の扉を開けようとして、その柱の角に足の小指を引っ掛けた。
「ったあ…」
何で角が出っぱってんだよ。
思わずしゃがみこむと
「大丈夫?」
工藤が飛んできた。ひざまずいて、俺の顔を覗き込む。
(カッコ悪りぃ……)
俺は、情けなくてため息をついた。
「ゴメン、工藤、俺……むちゃくちゃ緊張してる……」
自分の額に手を当てうつむくと、
「ほんと?」
工藤が言った。
顔を上げると、工藤がはにかんだような笑顔を見せた。
「秋山君も、緊張してるんだ……よかった、僕だけじゃなくって…」
それを聞いたとたん、俺の理性は吹き飛んでしまった。
衝動的に工藤の腕をつかんで、そのまま覆い被さった。

「あ」
驚いた工藤の唇をふさぐ。
もう止まらない。
舌の先で唇をこじ開けようとしたら、工藤はそっと口を開いて、俺を迎え入れてくれた。
工藤の舌を追って、吸い上げると、工藤はビクリと身体を震わせて、そして俺のシャツの胸元をぎゅっとつかんだ。
舌を絡めながら、その手をほどく。
工藤のシャツのボタンに指をかける。
ボタンが一つ外れるたびに、心臓がドクンドクンと鳴った。
「んっ…」
唇を離して、工藤の剥き出しの肌を見る。工藤は、恥ずかしそうに顔をそむけた。
「工藤」
たまらず、工藤の桜色の小さな突起に吸い付くと、薄くやわらかな皮膚が、ゆっくりと固くなった。
「あ…やっ…」
工藤の手が、俺の髪をつかんだ。
ぎゅっと引っ張られたのは痛かったけれど、それで止められるわけがない。
固くなった尖りを舌の先で押しつぶすと、工藤がかすれた声を上げた。
それを聞くと、俺の下半身は痛いくらいに膨張した。
自分でジッパーを下げ、楽にする。
工藤のそこも俺と同じように張り詰めているのが分って、嬉しかった。
「工藤も、脱げよ」
ジーンズのベルトに手をかけると、
「うん」
工藤は素直に、自分でボタンを外した。
赤く染まった目元。薄く開いた唇は唾液で濡れ光っている。横になったままジーンズを下ろす動作が、たまらなく俺をあおる。
俺も自分の服をさっさと脱いで、まだ工藤は途中だというのに、再び覆い被さって工藤の下着の中に手を入れた。
「あ、待って」
工藤が悲鳴のような声をあげた。
「待てない」
工藤を取り出して、口に含んだ。
汚いとか思わなかった。ただ、工藤を感じたかった。
工藤の一番敏感なところを愛撫したかった。
「ダメッ…」
工藤が身体を半分起こして、俺の頭を押しのけようとしたけれど、俺は、工藤の腰を押さえつけてそれを封じた。
「あ、ダ、メ…あっ、あ…」
ダメだという言葉と裏腹に、工藤のそれはビクビクと大きくなって、先からはしょっぱい液をこぼした。
工藤が感じているというのが、たまらなく嬉しい。
「んっ、あ…」
俺の髪をつかんだまま、工藤は倒れるように床に寝そべった。
切ない悲鳴と一緒に背中をそらす。
震えとともに放たれたものを、俺は全部飲み込んだ。美味しいものの筈はないのに、俺は最後の一滴まで飲み下そうと、先端を吸い上げた。
最後にもう一度工藤の身体がブルリと震えた。
「ふ…や、だ…」
目に涙をにじませて、工藤が俺を睨む。
その顔もひどく可愛らしくて、俺は、ぎゅっと工藤を抱きしめた。
「工藤」
名前を呼ぶと、
「あ…」
工藤の両手が、俺の背中に回った。
「秋山君…」
裸の胸が重なる感触が気持ちいい。
「工藤」
「秋山君…好き…」
涙声の工藤の声に、胸が締め付けられた。
俺はゆっくり身体を起こして、工藤の髪を撫でた。
「ベッド、行こ」
床に敷かれた自分たちのシャツの上で抱き合っていたことに気がついて、工藤が恥ずかしそうにうなずいた。
二人とも余裕がなかった。


 何も身につけていない裸の工藤をベッドに横たえたとき、俺は、思わず泣きそうになった自分に慌てた。
こんなにも、工藤のことが好きだなんて、今さら……。
ゆっくりと、工藤の膝に手をかける。
軽く押し上げると、工藤は抵抗せずに、膝を曲げた。
「いい?」
俺の言葉に、コクンとうなずく。
俺は、できるだけゆっくりと工藤の後ろをほぐした。
傷つけたくない。
俺の二本目の指を飲みこむと、工藤は喉をそらして、小さくあえいだ。
動かすたびに唇を噛む。まるで悲鳴を飲み込んでいるように見えた。
「痛い?」
訊ねると、首を振った。けれども、シーツを握り締めた指先が辛そうで、俺はとても先に進めなかった。
俺の動きが止まったので、工藤は俺を見た。
「…秋山君?」
かすれた声で、俺を呼んだ。
「痛いんだろ? 今日は、俺、最後までやらなくてもいいよ」
俺が言うと、工藤は泣きそうな顔になった。
「…嫌だ」
「工藤?」
「僕は、秋山君と…一つになりたいよ?」
「工藤?」
「…して…?」
真っ赤に染まった顔をほんの少し傾けて、俺をじっと見つめる。
これには、たまらなかった。
「ゴメン、工藤、我慢してくれよな」
俺は指を抜くと、ずっといきり立ったままだった俺自身を工藤の後ろに押し当てた。
「あっ、秋山君っ」
「工藤」
身体を進めると、工藤の手が俺の肩をつかんで引き寄せた。
「んっ、んっ…」
膝を折り曲げ、腰を高く上げて、俺を受け入れ易くする。
俺自身は、あまりに強烈な締め付けに、額に脂汗を浮かせた。
「っ、あっ…」
「ふ、くっ…」
俺も工藤も訳のわからない言葉を漏らしながら、それでも、ようやく一つになったとき、工藤は涙を浮かべた目で、微笑んだ。

 つながったまま、俺たちはゆっくりと口づけを交わした。







 明け方。
ふと目を覚まして、腕の中のぬくもりに、たとえようのない幸せを感じた。

 工藤がいる。

小学六年の時にその横顔に心奪われ、それ以来ずっと俺の心の中に住んでいた工藤が、今俺の腕の中で眠っている。

高校で再会してからの色々な出来事が甦る。
球技大会、七夕の夜、山梨の夏の日。二人だけの屋上での会話。
教室で、廊下で、すれ違ったあの日々。

 あきらめようと、思っていたのに―――。

高橋と前原の顔も浮かんできて、俺は、心の中で誓った。
(幸せにする)
偶然つかめたようなこの幸運を、決して、手放さない。
人生に、そう何度もこんな幸せは転がっていないだろうから、これからは自分で努力して、幸せをつかんでいく。
工藤と一緒に。
「工藤」
囁くと、工藤は俺の胸に鼻をこすりつけるようにして、眠ったままで呟いた。
「秋山君……」


 朝なったら、工藤を寝かせたまま、朝食を作ろう。
コーヒーを入れて、トーストを焼いて、叔母さんのくれた皿に乗せよう。
そして、あのカップに飾る花を買って来よう。
工藤は、笑うだろう。
俺が花を買うなんて似合わないと、自分こそ花のように笑うだろう。

 工藤の柔らかな髪に口づけて、俺はゆっくり瞳を閉じた。








2003/9





最後までお読みいただいてありがとうございます。

よろしければ、みなさまのご意見ご感想などをお寄せくださいませv
この後、大学生になった二人、社会人になった二人も
いつか書きたいと思っています。
その日まで、しばらくさようならvv


ご感想などいただけると、励みになります。


 



HOME

小説TOP

お礼SS