三月。
 ありきたりな言葉を使えば『桜の花の満開の下』俺たちは卒業を迎えた。
昔は桜というと入学式のイメージだったのに、去年も今年も、卒業式の日に校庭の桜は完全に咲ききっていて、ときおり吹く強い風にあおられ花びらを舞い散らせていた。
髪にも肩にも桜の花びらをつけた工藤が、美術部の後輩に囲まれている。



「秋山、卒業しても、遊ぼうな」
突然背中を叩かれた。
「あ?ああ」
クラスの連中だ。
 式が終わり、教室での挨拶も済んで、一度バラバラになったのが、いざ正門を出るあたりになって何となくまた集まっている。
「なんか、みんな同じ大学だから、秋山くらいだよな、こうやって別れを惜しむ相手って」
足立が言うと、
「俺もだろ」
小林が卒業証書の入った筒で殴る真似をする。
「小林は、浪人生だから、遊んじゃダメだって」
「つめてーっ」
「愛のムチ」
「愛なんかねーだろっ、お前ら」
小林が暴れて、皆が笑う。
俺と同じく外の大学を受けて残念ながら落ちてしまった小林は、今年一年浪人するらしい。
「たまには、会えるよな」
「たりめーだって」
「あ、そうだ!小林の合格祝いで同窓会開こうぜ」
「そんな不確実なのヤダよ」
「なんだよ、それー」
なんだかんだ言いながら、俺たちは、三年間の高校生活に別れを惜しんでいた。


「葵ちゃーん」
 突然の叫び声に驚いて振り向くと、あの三隅が、以前よく着ていた白衣を髣髴とさせる白いトレンチコートを羽織って颯爽と正門を入って来た。
右手には真っ赤な薔薇の花束を持っている。
(派手なヤツ…)
工藤を囲んでいた美術部の連中から歓声がおきた。

「派手ねえ、相変わらず」
いつのまにか前原が隣に来ていた。
「てゆーか、パワーアップして帰ってきたってところかしら。見て、あの薔薇。百本くらいありそうよ」
工藤は、その花束を押し付けられて、なんだか困っているように見える。
工藤がこっちを見た。
三隅が気づいて、大またで近づいてくる。
その後ろを、工藤が慌てて追いかけて来た。薔薇の花を抱えて。
「よっ、お久し振り」
ニコリと笑って片手をあげるのに
「どうも」
と、頭を下げると、三隅はそのまま俺の首に腕を回して耳元で囁いた。
「よかったな、卒業前に見れて」
工藤の絵のことだ。
「ええ、よかったです」
照れてもしょうがないので、はっきり言う。
三隅は俺の答えに満足気にうなずいた。
「星学美術部の歴史に残る『初恋伝説』として、代々伝えていってもらうから」
「やめてください、三隅先輩」
顔を赤くした工藤が、小さく叫ぶ。

 工藤の描いた絵のモデルが俺だということは、美術部でも全く知られていなかった。
そりゃそうだ。美術部の同学年には俺たちと同じ小学校の奴はいなかったし、仮にいたとしてもそうそうわかるはずがない。あの絵については、タイトルだけが一人歩きしたものとして、何とか工藤はごまかしていた。そして、恥ずかしいからと言って表彰式も代理人を出した。ちなみに前原だ。その表彰式でえらく誇らしげに壇上に立って、市のお偉いさんを相手に立ち振舞った前原を見て
『コイツは女優になるべきだ』
と、俺は思った。
それはともかく、三隅のからかいに、工藤は半分泣きそうになっている。
「三隅先輩」
俺は、わざとらしく丁寧に言った。
「ん?」
「俺は別に構いませんけれど、工藤にこんな顔をさせないで下さい。お願いします」
「あ、秋山君……」
花束を抱いた工藤が俺を見上げて、三隅はそれを見てチッと舌を鳴らす。
「お前こそ、人前で葵ちゃんに『こんな顔』させんなよ」
「えっ? 何?」
工藤が三隅と俺の顔を交互に見て、俺はプッと吹き出した。
気がつけば、美術部の奴らが俺たちの周りに集まっている。
「工藤先輩、本当におめでとうございます」
後輩の女の子の言葉に、皆がそろって拍手する。
工藤は、照れたように笑って、
「どうもありがとう」
って…なんかこの雰囲気は、卒業おめでとうって感じじゃねえんだけど……。

 美術部の誰も知らない――ってのは俺と工藤の思い違いじゃないか?

恐ろしい気持ちになったところで、三隅がたたみ込むように言った。
「おめでとう、秋山君」
ジッと見ると、俺の言いたいことがわかったのか
「卒業」
取ってつけたように言って、ニヤリと笑った。
やっぱり、俺は、コイツ苦手かもしれない。

「せっかく三隅先輩が来てくれたんだから、美術室で記念写真撮りましょう」
さっきの女の子が言って、みんながそれに賛同すると、工藤は困ったように俺を見た。
「じゃあ、俺、角のマックで待ってるよ」
「いい?」
「当たり前だろ」
「私も待ってていい?」
俺の後ろから、前原が顔を出す。
「あ、うん、もちろん」
工藤はそう言ったが、俺はわざとらしくムッとした。
「何で、お前も?」
「いいじゃないの。高校生活最後の日を工藤君と過ごさせてよ」
「お前ら、どうせ同じ学部だろ」
工藤と前原はそろって星城大学の教育学部に行く。うらやましくないと言ったら嘘になるが、前原がそばにいてくれたほうが安心だとか思う俺は、かなり自分勝手だ。
美術部のある校舎に戻っていく工藤の後ろ姿を見送って、「さて」と鞄を抱え直したとき、
「秋山」
高橋が走って来た。
「あ、高橋、送別会、終わったのか?」
高橋のクラスは、担任の山田のノリがいいこともあって、教室でそのまま送別会と称して飲み食いしていた。もちろん父兄と一緒に帰った生徒もいたけれど。
「ああ、最後は誰かが缶チューハイ買ってきて、さすがに山田が慌ててた」
「ははは……」
高橋が俺と並んで歩き始めると、前原は気を使って少し下がった。

 俺はまだ、工藤とのことを、きちんと話してなかった。
工藤に想いが通じたとき、落ちついてから真っ先に浮かんだのは高橋のことだ。
工藤の絵を見た高橋は、俺たちのことを知っている。けれど、俺たちの口からはどう言っていいのかわからず――何も言えないうちに、今日の卒業式を迎えた。

 今、言うべきだろう。
歩きながらどう切り出すか迷ったその時、
「秋山、ゴメンな」
唐突な高橋の言葉に、俺は思わず立ち止まってしまった。
「え?」
「もう、葵から聞いてるかもしれないけど」
「何を?」
俺が謝ることはあっても、高橋に謝られることは何もないはずだ。
「俺、葵がお前のこと好きだって知ってた」
何?
「お前が、葵のこと好きだってのも、気がついてた」
突然の話に、言葉が出ない。ただ、黙ってじっと見ると
「ゴメン!」
高橋が大きな身体を折り曲げて深々と頭を下げた。
周りが一斉に振り返ったので、俺は焦った。
「な、何やってんだよ。いいからフツーにしろよ」
「だって、俺、今、謝っておかないと、もうお前らに会えないから」
「んなわけないだろ」
俺は、高橋の背中に手をやって、歩くように促がした。
高橋はうつむいて歩きながら、話を続ける。
「俺、お前らが両想いだって知ってて、黙ってたんだよ。なんか、悔しくてさ。お前らくっついたら、自分が惨めになる気がして……」
「高橋……」
工藤のことをずっと好きだった、俺の親友。
高橋の気持ちを思えば、自分のことだけで手放しに喜べない。
俺が黙ると、高橋は
「でも、よかった。お前らが、無事こうなってくれて」
「え?」
意外なほどの明るい声で言った。
「ずっと気になってたんだ。なんか、ようやく罪の意識から解放されたよ」
「んな…罪って…なんだよ……」
何て答えていいかわからない。
高橋は、爽やか過ぎる笑顔で笑う。
「それにしても、葵の初恋の相手がお前だったなんて、ビックリした。ったく、早く言えよって感じだよな」
(高橋……)
胸が詰まった。
「お前も、葵が初恋だった?」
高橋のその質問をはぐらかし、
「小学校のとき一番好きだった奴は、俺の親友の高橋昭だよ」
そう答えたら、
「今でも、親友は俺って、言ってくれるか?」
高橋は照れたように言った。
「たりめえじゃん」
拳で軽く殴ると、同じ強さで返って来た。

二人してど突き合ってたら、
「ちょっと、二人ともどこまで行くのよっ」
後ろから前原の声。
マックの看板の前で、両手を腰に当てて得意の仁王立ち。
「やば」
「ん?」
「マックで、工藤、待ってるって約束してんだ」
「俺もいい?」
「モチ」

 三人でマックの二階に席を取って、たわいない話で盛り上がる。
俺は、嬉しかった。
またこうして高橋と話が出来ること。

 窓の外に工藤の姿が見えた。
前原が手を振ると工藤は顔を上げて、前原の隣に座る高橋に気づいて一瞬目を見開いた。そしてこぼれるような笑顔を見せて、走り出した。
「あーあ、薔薇の花びら散っちゃうよ」
目を細める前原に、
「あれ、どうしたんだ?」
と高橋。
「三隅が持って来たんだよ」
「げっ、マジ?」

 嬉しかった。
こうやって、また四人の時間が持てること。



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