『俺が一番好きなのは―――工藤葵だ』

(一番好きなのは―――好きなのは―――)
高橋君の声が頭の中をぐるぐる回って、他の音は何も入ってこなかった。
どれくらいの間そうしていたのか―――気がついたら、僕の頬に暖かい手が触れていた。
そっと僕の顔を上向かせて、高橋君が僕の目を見つめた。
「ごめん、工藤。告白する順番が、違ったよな」
僕は高橋君を見つめ、それからゆっくり視線を巡らした。
秋山君の姿は無かった。
「あいつ、教室に帰った」
僕の視線の意味を理解して、高橋君が言った。
「あいつにも知って欲しくて、あんな言い方になっちまったんだけど……」
高橋君は僕の前にしゃがんで、もう一度両手で僕の頬を包んだ。
「俺は、お前が好きだ」
高橋君が、僕を好き?
「ずっと前から、好きだったんだ」
ずっと、前から?
「六年の時……」
「嘘……」
信じられない。小学校の頃の僕たちには、そんな接点はどこにも無かった。もちろん中学でも。ずっと前からなんて、ありえない。
「嘘じゃないよ」
高橋君はきっぱりと首を振った。
「小学校の……卒業間近の頃だったけど、俺、お前が教室で泣いてるのを見た。みんなの描いた絵を見て、放課後、一人で泣いてただろ」


あの日―――秋山君の絵を見て泣いた、あの日の自分がよみがえった。


辛くて、忘れたくて、僕自身が無理やり蓋をしていた思いが激しく溢れ出した。
「みんなの顔を見ながらポロポロ涙こぼしているお前の横顔が、なんか、すごく綺麗で……俺、見惚れたんだよ」
みんなの顔じゃない、僕が見ていたのは。
「秋山が、帰ろうって言わなかったら、そのまま何時間でも見惚れていたかもしれない」
「あ……?」
(秋山君も、いたの?)
「秋山が忘れ物したって言って、二人で取りに言ったんだけど、結局、それで入れなくてさ……それから、俺ずっとお前のことが気になったんだけど、ガキだったから、それが好きだって言う気持ちだとはわからなかった」

あの日、秋山君が、あそこにいた。

あの日の、後悔にまみれた、たまらなく切なくて悲しかった気持ちが、あの時のまま胸に溢れる。

「そのまんまお前とは、中学、別になっちまったけど……二年の時、本屋で見かけたんだよ、お前のこと……」

(秋山君……)
僕は、涙が溢れてくるのを止められなかった。
僕の心は、あの日に――小学校六年生のあの日に還っている。
古びた教室――冬の陽の僅かに射しこむ、光の中に埃舞うあの教室。画用紙に押しピン。クレヨンの匂い。

「お前の横顔見て、はっとして……そして、分かったんだ」

(秋山君……)
そして、冬の日の焼却炉。木枯らしの中で見つめた白い煙。ゆれる炎。隣に立つおかっぱの女の子。

「俺、お前のことが好きだったんだって。あの瞬間、好きになっていたんだって」

(秋山君……)
「うっ……ふっ……う……」
「工藤っ」
高橋君が、僕を抱きしめる。
(違う―――違う―――)
僕は、泣きながら首を振ったけれど、高橋君の大きな手が僕の頭と身体を包み込むように抱きしめるので身動きが取れなくなって―――そして―――キスされた。
(違う―――違う―――)

僕の思いは、嗚咽ごと高橋君の舌に絡め取られた。









僕の涙の意味を勘違いした高橋君は、僕のことをすっかり信じていて、それが僕にはたまらなく辛かった。
あれから、高橋君と秋山君は仲直りして今までどおり口もきくようになったけれど、それでもお昼は席をはずすことが多くなった。
「気ぃ、使ってんだよ」
片目をつむって立ち去る秋山君の後ろ姿に、僕は、胸が締め付けられた。
僕が、本当に一緒にお昼を食べたいのは、秋山君なのに……。
けれども、高橋君に、そんなことを言えるはずもなかった。
僕が、今、こうして高校生活を送れているのは、誰が見たって高橋君のおかげだ。
勉強以外さほど取り柄の無い、人見知りの激しい僕が浮かないように、何かと気を使ってくれる。
「お前ら、本当に仲いいな。アヤシイんと違う?」
クラスメイトが、からかってくると、
「そう、ラブラブなんだから、邪魔すんなよ」
高橋君は、笑って返す。
彼の明るい性格、愛嬌のある八重歯に象徴される憎めない人柄が、僕の盾となってくれていた。
『ナイトと姫』
冗談半分に、クラスの女子からそう呼ばれたこともあったけれど、不思議とそれは気にならなかった。

僕が、気になるのは、二人だけだ。

秋山君が、どうおもっているか?
そして、僕の本当の気持ちを知ったら、高橋君がどう思うか―――。






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