結局、仁志を怒らせてしまった僕には何の権限も無く、仁志の好きにしていいということで『スウィートルーム計画』に従うことになった。
 
 そして当日、その部屋に入るまで、僕はスウィートルームというものをなめていたかもしれない。ベロベロに。
「何、これ」
 ドアを開けると、エントランスホール。高級そうなキャビネットに薔薇の花が山のようにいけられている。その隣に部屋に続く扉。開けると二十畳はありそうな(ホテルの広さを畳で計算する辺りが、僕の貧乏臭いところだ)リビング。そこには豪華なシャンデリアがキラキラと二つも輝き、ぐるりと囲めば十人は座れるであろうダイニングテーブルに、ソファは、わざわざデザインを変えたのが大小二セットずつ、そして、海の見える大きな窓の下にはカウチ。
「一体何人で泊まるんだ……」
「二人だろ」
 僕の独り言に、仁志が突っ込む。
「いや、十人くらい泊まっても大丈夫そうだなぁ、と」
 そうしたら、部屋代も無難なところに落ち着くだろう。
「ベッドルームは二つしかないけどな」
 見れば、キングサイズのベッドの部屋と、ゲスト用なのか、それより少し小さな、けれども装飾には凝っているダブルベッドの部屋と二つあった。
「じゃあ、僕はこっちに」
「バカか、何が嬉しくて別々に寝るんだ」
「冗談だよ」
 そして、キングサイズベッドの部屋からはバスルームに直接行けるようになっていたが、
「うわ、スケスケ」
 バスルームの扉は、全部ガラスだった。よくフランス映画なんかに出てくる猫足の真っ白なバスタブが、高慢ちきそうに鎮座ましましている。
「こんな風呂じゃ、落ち着いて入れないな」
 また独り言を言うと、
「落ち着いて風呂に入れると思ってんのか、余裕だな」
 仁志がニヤリと笑った。
 咥えていたタバコを、大理石の洗面台に投げ捨てて、
「何のために二泊取ったと思ってる」
 僕の顎をとらえて上向かせる。
「あ…っ」
「ベッドルームは、二つともグシャグシャにしてやるぜ」
 囁いて、唇を重ねる。
「ん……」
 舌先に絡むタバコのにがみ。すぐに離れて、上顎をくすぐる。
「んんっ」
 上顎、歯の付け根の上辺りが僕の弱いところだと知ってから、仁志は執拗にそこを攻める。キスだけじゃない。僕がどこをどうされると感じるのか、僕より詳しく知っていて、今も悪戯な指が薄いセーターの上から胸の突起を探っている。
「ん、ふっ…」
 そのまま抱きかかえられて、広い方の(洗面台も二つある)洗面台に座らされた。
「ちょっ、何?」
 唇が離れて、僕はうろたえた。まだチェックインしたばかり、窓の外は明るいのだ。当然キスだけだと思っていたのだけれど、
「ディナーの前に、運動しておこう」
 いきなりベルトをはずされた。
「ちょ、仁志っ」
 止めるまもなく仁志は、手際よくファスナーをおろすと、一瞬腰を抱えあげ、下着ごとあっという間に剥いでしまった。僕は、上はセーター、下はスッポンポンという、なんとも間抜けな格好になった。
 ジーンズならこんなにあっさりと脱がされることは無かったのだが、夜はディナーだと聞いていたから、スラックスにしていたのが間違いだ。
「シャツから見え隠れしているのが、やらしくていいな」
「バカか」
 恥ずかしくて、洗面台から降りようとすると、
「おっと、降りるなよ」
 仁志の両腕に邪魔された。そのまま腰をかがめた仁志にいきなり敏感なところを口に含まれて、
「やっ」
 思わず仰け反った。
「何する。やめろ」
 白とピンクを基調にした洗面所は、やたら明るく清潔感にあふれている。こんなところで、何をするんだ。
「バカ…あ…やめろ、ってば……仁志ぃ」
 僕の声はさっきより弱々しい。仁志の舌技は絶妙で、僕は(情けなくも)二分と持ったためしがない。(計ったわけではないけれど)
「ふ、あっ…ああっ、ん」
 嫌がっていたはずが、仁志の髪に手を入れ弄っている。
「んっ、あ、出るっ、もっ、あ、出っ…うっ」
耐え切れずに放った精を、仁志は口で受け止めて、自分の手のひらに吐き出した。
(あ…)
 今日の潤滑剤はそれかと思うまもなく、足を高く持ち上げられて、僕はバランスを崩した。
「後ろに手をついて、しっかり支えてろよ」
 その辺のシティホテルの洗面台だったら、とっくに悲鳴をあげて、下手すれば割れているところだろう。その前に大の男が座れる広さがあるわけが無い。けれどもさすがはスウィートというか、いや、こんなことでさすがとか言われたくないかもしれないが、この洗面台は、僕の椅子となり、体重を支えてビクともしない。
「あっ、待、て」
 精液で湿らせた指を二本同時にいきなり突っ込まれて、僕は抗議の声をあげた。
「急に、入れるなよ」
「ゆっくり入れても一緒だろ」
 クチュクチュと中を掻き混ぜる。
「あ、だから、もっと…そっと…」
「そっと何だよ」
「そっとしろって…あうっ」
 仁志はわざと乱暴に指を動かす。
「痛い」
 涙目で睨むと、仁志は嬉しそうに微笑んで、舌で自分の唇を湿らせた。こういう顔にゾクゾクする僕は、かなりマゾッ気があるのかもしれない。
「あの時、約束したよな」
「な、何? ……あ、はぁ…」
 増やされた指の刺激で、息がだんだん荒くなる。
「クリスマスは、俺の好きにさせるって」
「え?」
 好きにって言うのは、このスウィートルームに泊まるってことで――あれ?
「ああっ」
 指が感じるところを擦りあげた。
「まるまる二日間、好きにさせてもらうからな」
「そ、そういうこと?」
 気づいた時には、洗面台から降ろされ裏返され、背中から仁志の逞しいモノを押し付けられていた。
「ちょ、やっ、ここ…よせって」
 後ろ向きにされるまで鏡があることに気がつかなかったのは、迂闊というより大間抜けだ。
 自分の上気した顔を見ながらセックスするなんて、趣味が悪いにもほどがある。
「嫌だって」
 うつむくと、仁志の指が無理やり顔をあげさせる。
「ちゃんと見てろって」
「やっ」
 グッと押し込まれ、悲鳴をあげる。
「バックからでも顔が見えるなんてサイコーだな」
「変態」
「そうだよ?」
 ゆっくりと抜き差しをしながら、僕のセーターとシャツを捲り上げる。胸の突起を押しつぶされる様子が鏡に映ったのを見たときは、そのいかがわしさに首まで赤くなってしまった。
「ふ、あ……あっあっ、あっ、あぁんっ」
 だんだんと仁志の動きが激しくなって、僕の声も高くなっていく。
「いいぜ、もっとないてくれよ」
 耳朶に口づけながら囁いて、腰をつかんで激しくゆする。
 僕はいつのまにか、鏡に映る仁志の顔に見惚れながら、仁志が好きだといってくれる声を、際限無く張り上げていた。


「さてと」
 気がつけば、窓の外は暗かった。
「…………」
 僕がグッタリと洗面所の床に崩れ落ちているにもかかわらず、ジーンズのフロントしか開けていなかった仁志はさっさとモノをしまうと、やけにすがすがしい顔で言った。
「ちょっと、腹に物を入れるか」
「…………」
「ゴムつけてたから、始末楽だろ」
 まるでそれがお手柄だと言わんばかりの言い草だ。
「……悪いけど……とても外に出られる状態じゃないよ……」
 恨めしげに言うと、
「バァカ、こんな色っぽい顔した順一を、外になんか連れて行けるかよ」
 仁志は僕を抱き上げた。
「あっ」
「さすがに重いな」
「当たり前だろ」
 重いと言いつつ、僕をリビングまで抱いて連れて行くと、ソファに座らせた。そしてクラシックな装飾の受話器を取り上げる。
「頼んでいたヤツ、たのむ」
 受話器を置いて振り返った仁志に尋ねた。
「何? 今の」
「クリスマススペシャルディナー」
「ここで食べるのか?」
「当たり前だろ」
 何のためのダイニングテーブルだという顔をする。
「すぐ来るから、下だけ穿いとけよ」
「うわっ」
 僕は、間抜けでいかがわしい格好の自分に気づいて、這うようにベッドルームに駆け込んだ。仁志はクツクツ笑っている。

 チクショウ、まだ安田とのこと、怒ってるんだな。


 意外に(でもないか)根に持つ性格の仁志に、丸まる二日「好きに」されてしまったクリスマスだった。二つのベッドルームは、嘘でなくグチョグチョになった。ソファも、カウチも、猫足バスタブも予想の範囲だったけれど、ダイニングテーブルの上でやられた時には、もう二度と仁志を怒らせまいと誓ったのだった。





End






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