「ふんふん・・・そうなんですか」
中に入ったあたしは、ライゼに話し掛けた。
この子は妖精の血を持っているから、唯一あたしと話が出来るのよね。
「そうなのよ。だから、そこで倒れてるビラビラ男の事なんて、あたしは全く覚えが無いの。
だって、この店に来るまで、あたしは宿を定めてた事はただの1度も無かったのよ」
早口でまくし立てるあたしに、ライゼは一生懸命頷きながら、言った。
「じゃあ、ボギーさんが言っていた通り、キャディーさんが野良ドーベルマンって話は本当だったんですね」
「ううん・・・まぁ言い方は悪いけれど、事実ね」
ボギーのヤツ、とんでもない説明をしてくれたものだわ。
せめて流浪のドーベルマンとか、彷徨えるドーベルマンとか、もうちょっと言い方ってモノがあったでしょうに!
「分かりました!じゃあ、その事をあの男の人に話してきますね」
ライゼがにっこり笑って店を出て行ったので、あたしは一安心してジムの元へ行った。
「やあ、キャディーさん!大変な騒ぎでしたね!」
相変らずの素敵な笑顔と、逞しい腕があたしを迎えてくれる。
・・・そう言えば、この子、用心棒も兼ねて雇ったんじゃなかったかしら??
「ですから、キャディーさんは、貴方がお探しのワンちゃんとは違うんですって。
メリュジーヌさんは、別の場所にいらっしゃると思いますよ?」
復活した男2人に、ライゼが優しく話し掛けると、ビラビラ男はショックを隠し切れない顔で硬直し、
ボギーは勝利を確信した顔で輝いた。
「そ、そんな・・・では私のメリュジーヌは何処に・・・!」
打ちひしがれる男。ううん、何だか少し可哀想ね。
その場にいる皆も、同じ思いなのか、気の毒そうな顔で男を見つめている。
きっと、悪人では無いのよね。必死に犬を探している様子に嘘は無さそうだし。
「あの、元気出してください・・・」
ライゼが細い手を、そっと男の肩に置く。
「よし!それじゃあ俺達もそのメルヒェンとやらを探すのを手伝おう!」
「そうだね!それがいい!皆でメリーを探そう!」
店主兄弟が空の彼方を見つめつつ、勝手に決意を固めている。
どうでもいいけど、犬の名前が違うわよ?
顔を見合わせたジムとあたしも、何かしようかと外へ出たその時だった。
「旦那様。こちらにおいででしたか」
綺麗な黒髪をきっちり整えた、執事風の男が、店の前に現れた。
「まずは皆様、旦那様がご迷惑をおかけ致しました。心よりお詫び申し上げます」
呆気に取られた顔の一同を見回すと、執事風の男は90°のお辞儀をした。
「い、いえ、あのっ!迷惑なんて・・・」
「うむ、まあそうお気になさらず」
うろたえて畏まるバーディに、ふんぞりかえるボギー。この反応の違いは何なのかしら。
「あの、結局あなた方は一体?」
1人冷静なライゼが問い掛けると、執事風の男は魅力的な笑顔で答えた。
「こちらの方は、リチャード・ドラコン子爵。私は、執事を務めさせて頂いております、レオンと申します。
現在私共は、休暇を過ごす為、この町の近くにある別荘にて生活している最中なのです」
子爵・・・一応、きちんとした身分の持ち主だったのね。
「ああレオン、私のメリュジーヌが・・・」
またまた芝居そのものの仕種で泣き崩れる子爵に、執事のレオンがぴしゃりと言った。
「旦那様。メリュジーヌでしたら、先刻中庭bXで狂喜乱舞しておりましたよ」
沈黙が、店内を支配する。
「なに・・・?」
子爵が両目を見開いて執事を見つめると、レオンは続けた。
「その後疲れ果てたのか、いつものように旦那様の寝室へ舞い戻りました。
今頃はぐっすりと眠っているのではないかと」
再び、沈黙。
「そうか・・・分かった!」
沈黙を破ったのは、子爵だった。
「分かったぞ!そうかそうか!我が別荘の敷地が広すぎた為に、
メリュジーヌを見失ってしまったのだな!ぬははは!」
1人高笑いする子爵に、頷く執事。
「中庭bX・・・」
「そんなに沢山、庭が・・・?」
凍結する庶民達。
そしてあたしは、事件の終わりを予感して、玄関へと歩み去った。
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