そんな事をしながら、店を開いたのが正午過ぎ。
あたしは今日も、背筋を伸ばして店を守る。
女の美しさは、姿勢から。
それは犬も猫も人間も一緒なのよ。
今日も完璧な姿勢で座るあたしに、道行く人が声をかけて通る。
害の無い町民には、何があっても咆えないあたし。
軽く尻尾を振るだけで応えるのみよ。

ところが、その時。
「メリュジーヌ!?」
聞き心地の良いテノールが、全く覚えの無い名前を呼ぶ。
あたしの目の前には、たっぷりとレースとベルベッドを纏った男が1人。
バックにオーケストラかコーラスかパイプオルガンの演奏でも背負ってそうな、
無駄に豪華な男が、潤んだ眼差しであたしを見つめている。
「ああ、メリュジーヌ!何故にお前がこんな所に!!」
芝居がかったというよりは芝居そのものの動きであたしに駆け寄ったベルベッド男は、
断りも無くあたしに抱きついた。
いつもならこんな無礼者を許しはしないのに、あたしは動かなかった。
何故ならあたしは番犬だから。
金持ちそうな男には、吠えたりなんてしないのよ。

「お客さん?ウチのキャディーさんに、何か用ですか?」
ようやく外の様子に気が付いたボギーが、フライパンを片手に出てきた。
そりゃそうよね。こんな田舎のお兄ちゃんにとってみたら、レースにベルベッドなんて纏った男は、
変質者以外の何者でも無いわよねぇ。
「キャディーさんだと!?違う!この子は私のメリュジーヌだ!!」
そう言うと謎の男は血走った目でボギーを睨みつけ、すっくと立ち上がった。
あら、よく見たらなかなか背も高くて、いい男じゃないの。
服装は、ちょっとやりすぎだけどね。
「兄さん?一体どうしたんだ!」
外の不穏な雰囲気に、バーディも麺棒片手に慌てて出てくる。
「どうしたもこうしたもバーディ!変質者だ!」
「なぬッ!?こッ・・・この私に向かって、事もあろうに変質者だと!?」
「に、兄さん!変質者は失礼だよ!」
「何を言うか弟よ!華美な男にロクなヤツはいないと、親父が言ってただろう!!」
「それは親父のヒガミだよ!」
「ええいッ!貴様等、私を無視するなぁ!!」
ボギーとゴージャス男、2人の間に飛び散る火花!
ああ、2人の男があたしを奪い合ってるのね・・・。悪くないわ。
でも、どうせならジムに奪い合って欲しいわね。

言い争いは止む気配を見せず、ついにはボギーが男のタイを掴んだので、
退屈だったあたしは、とりあえず2人の間に割って入ってみた。
「うお!?キャディーさん、驚かせるなよ!」
「ああ、メリュジーヌ!何て主人思いな子なんだ、お前は!」
双方勝手に解釈しているようなので、あたしは低く唸ると、それぞれの腹部にタックルを仕掛けた。
「うごあ!」「げふぅ!」
あえなく倒れる男2人。情けないったらありゃしないわね。
「キャディーさん・・・」
すっかり困った顔のバーディに頭を擦り付け、あたしは店の中へと入った。


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