その次の日から、静子は毎日のように受話器を取った。
相手の迷惑を思って、初めは遠慮がちだった会話の長さや口調も、回数を重ねる毎に変わっていった。
驚いた様子を隠さずぬまま、静子の話を聞いていた高木も、次第に口数が増え、
自分の話をよくするようになり、やがては静子の方が電話を待つような日も現れた。

「あたしね、こっちに来て最初に思ったのは、時間の流れ方が違うんじゃないかなって事だったの」

「へぇ・・・それは、どんな風に?」
「何となく、だけど、全体的にゆっくり流れている感じがしていたの。
その中で、自分は勉強したり、買い物したり、普段と変わらない、自分の時間感覚で暮らすでしょ?」
「そうだね」
「だから、ある瞬間にふと、空白があるように感じる事があったの。あ、今自分は何をしているんだろう、
何をしようかな、とか、取り止めの無い事を考えて、でも何も行動に移せないような感じで」
「ああ・・・何となく、分かる気がする」

「そう?でもね、今はそういう時間が無くなったの」
「電話をしているからかな?」
「違うってば!だって昼間はお互い仕事や勉強があるから、そうそう電話ばっかりしてないわよ?」
「そうだね・・・じゃあ、どうして無くなったんだろう?」
「単純な話よ。考える事が出来たの。出来れば、何時でも考えていたい事だから、
今まで空白みたいに感じていた時間を当てるの」
「それは、どんな事?」
「・・・それは・・・」

その時の静子にとって、思いを伝える事は、伝える前に考えていたほど難しくはなかった。
思ったよりもずっと少ない数の言葉で、ずっと短い時間で済んだ。
結果に対する恐れは微塵も無く、不思議な高揚感と満足感が、身体を素通りしていった。
予期せぬ告白に、しばしの間、高木は言葉を失っていたが、やがて穏やかな微笑みを浮かべると、
静子の手を握り締めた。

「ありがとう」

嬉しかった。

互いの気持ちの通い合いを確信した時から、2人の関係は少しずつ変化を見せ始めた。
互いの距離が近付いて行く。
隔たりが1つ、また1つと消えてゆく。
自分以外知る者の無かった時間に、場所に、必ずもう1人がいる。
彼は彼女を描く事もした。
彼女よりも少しだけ長い時を過ごしている彼は、次々と彼女の知らなかった事を教えてくれた。
彼女の中が、彼から与えられたもので満たされ始めた。
静かに、静かに、そっと、薄紙を1枚1枚重ねていくように、彼は彼女を満たしていった。

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