この季節は紅葉が美しい。
仕事が無ければゆっくり散策でも行いたくなるような陽気に、
俺は浮かれていた。

「新人くん!そろそろよ!!」
その時、先輩が俺に合図を送った。客達はすっかりくつろいでいるようだ。
「分かりました!!」
俺は顔と気を引き締め、バスを道端に停車させた。
「おや?運転手さん、どーなすったんで?」
最前列に座っていた男性が、訝しげに尋ねてくる。俺は立ち上がり、
おもむろにバスの運転手の制服を脱ぎ捨てた!

「おお!?」
客の視線が一気に自分に集中するのが分かる。
すると隣で先輩がやはりバスガイドの制服を脱ぎ捨て、

マイクを片手に宣言した。
「ほーほっほっほ!このバスは私達が占拠したわ!
お前達、皆大人しく『私』に従うのよ!!」

あの、先輩。俺もいるのですが。
ほんの数秒でどぎついメイクときわどい衣装に着替えた先輩の
「バス乗っ取り宣言」に客達は振るえ上が・・・らなかった。


「おお〜。何かの出し物か〜?」
「何だか孫と一緒に見てるテレビみたいねぇ」
「はい〜?」

予想外の出来事だった。流石、平均年齢60歳以上。
人生の酸いも甘いも噛み分けた人々は、少々の事では動じないらしい。
というかむしろ、唐突な展開について来られていないだけなのか。
「先輩!奴等、分かって無いみたいですよ?」
「ええっ!そ、そんな、ちょっとどーすんのよ!?」
先輩はすっかり動揺している。俺は人差し指を立て、小声で提案した。
「もう1回、丁寧に説明しましょう!そうしたら分かってもらえるはず」
「そ、そうね!そうしましょう!新人くん、まかせたわよ!」
何と、まかせられてしまった。俺は先輩からマイクを受け取り、軽く咳払いして、言った。
「え〜、皆様、本日はお日柄も良く、まさに行楽日和!と言った感じの天気に恵まれたこと、
大変喜ばしく思います・・・。
ですが、今回の旅行は、我々某悪の組織のメンバーが乗っ取らせて頂く事になりました。

思えばここに至るまで苦節何十年、晴れてここに我々はバスジャックを敢行することに
あいなったわけでございますが・・・」

いかん、自分で何を言っているのか分からなくなってきた。
「・・・とにかくですね、我々2人によってこのバスは占拠されたのです。
お分かり頂けましたか?」

救いを求めるような気持ちで、俺は客達を見つめた。だが。

「はあ」

・・・何て気の無い返事なんだ。これは多分わかってないぞ?
思わず涙ぐみそうになったその時!!
「ようやく正体を現したな!某悪の組織の手先!!」
「遂に尻尾を掴んだわよ!」
最後尾に座っていた学ラン&セーラー服が立ち上がり、
俺と先輩に指を突きつけてきた!!

「な、何者!?」
先輩が驚愕して叫ぶ。
するとセーラー服が持っていたカセットデッキのスイッチを入れた。


♪ ああ 制服戦隊茶レンジャー 雨が降ったら お休みさ ♪

それは奴等の主題歌だった。
「な・・・制服戦隊!?」
噂に聞いたことも無い謎の連中は、真中の通路を通って運転席の近くまでやってきた。
「く・・・!茶レンジャーですって!?聞いてないわよ、そんなの!」
先輩の顔に焦りの色が浮かんでいる。俺は2人を睨みつけた。
「ふっ!茶レンジャーだか何だか知らんが、
俺達の、いやさ俺の初陣の邪魔はさせん!表に出ろ!!

バスの中では狭いからな、外で決着をつけてやる!!」
そう言うと俺は、勢いよくバスの外に飛び出した。

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