別に、ティトーだって何も考えていない訳では無かった。
「ティトー、お前ももう15歳だ。これがどういうことか分かるか?」
「もうこの村で羽を見つけていない若者は、お前だけなのよ?
まったく…アーイの方が先に羽を見つけるなんて、恥ずかしくないの?」
彼には欲しい羽がある。彼はそれ以外の羽は欲しくない。ただそれだけの事だった。
「いいか、ティトー。自分で自分の羽を見つける事ができて初めて、お前は大人として認められる。
お前はもう羽を付けるに充分な歳だ。早く1人前になって、村の為に働かなくてはいけない」
「お母さん、この前隣の奥さんに言われちゃったわ。ティトーはまだ羽探しにいかないんですかって。
お隣のレイジャはそれはそれは立派な鸚鵡の羽を手に入れてきたのよ?
別に、どんな羽だっていいの。お前が自分の羽だと思うのならね?
でも、羽がないといつまでも子供のままなのよ?」
彼は、両親に欲しい羽があるということ、そしてそれがどんな羽なのか、もうずっと語り続けてきた。
「ティトー。何か言う事は無いのか」
「貴方、まさか…まだ竜の羽が欲しいなんて、思っているんじゃないでしょうね?」
その、まさかだった。
「何度も言っただろ。俺が欲しいのは竜の羽だ。だから『古の西の島』まで行って、竜の羽を取ってくるって。
それを父さんと母さんが許してくれないから、俺が1人前になれないんじゃないか」
「何時までそんな夢のような話をしているんだ!」
父の拳が机を叩き、水晶のコップが倒れる。
「夢じゃない!!俺は行きたいんだ!絶対に行く!」
「ティトー!」
何時も、話はこれで終わりだった。
ティトーが夢を語っても、笑わないのは妹と月と星々だけだった。
そして、応えてくれるのは妹だけだった。
「今日は何のお話?」
屋根の上に2人で並んで、アーイに昔話をしてやるのが、ティトーの日課だった。
「そうだな…よし、今日は氷山の魔王の話だ」
かつて、1,000年の眠りから蘇った魔王が人間の国を滅ぼそうとした時、
その国の将軍の朋友であった或る妖精が軍旗の先端に立って軍を導き、人間達を勝利に導いたと言う。
吹雪の吹き荒れる氷山で、妖精はさながら嵐の海の灯台のように、騎士達の道標となった。
「それが、お兄ちゃんが憧れている妖精の英雄?」
「ああそうだ。英雄ヴェライト様さ」
歴史上ただ1人、竜翼をその背に負った妖精。幾多の試練を超え、『古の西の島』で太古の竜と言葉を交わし、
竜の皮膜と爪と鱗で最も強固な羽を作り上げた男。
その名を声に出すと、ティトーはいつも魂の底から震えが走るような気がした。
「行きたい…『古の西の島』へ!いいや、絶対に行ってやる!そして、竜の羽を手に入れるんだ!」
そう言う兄の眼の奥に、アーイは遥か遠い西の島を見た気がした。
「ねぇ、お兄ちゃん、その時は私も連れて行ってね」
そう言うとアーイは、美しい花の羽を少し動かして屋根から飛び降り、窓から自室へと戻って行った。
「…ああ、一緒に行こう。何処に居ても、何があっても、必ず俺が守ってやる。だから、一緒に行こうな…」
妹の羽が描いた軌跡を思い出しながら、ティトーは呟いた。
それは、ずっと前から約束していたことだった。もっと子供の頃から。必ず一緒に行こうと。
そしてティトーは独り、夜半の月に誓った。何があっても、アーイだけは守ると。
季節は穏やかに過ぎ、風が初夏の熱と強さを孕み始めた頃。
その日、ティトーはいつものように、草原にいた。寝転がって、眼を閉じて、見果てぬ夢を見ていた。
夢の中でティトーは、竜の背に乗って、天空を自由に駆け巡る。
悪魔の体内に潜り込み、黒い心臓に白銀の刃を打ち込む。
黄金郷を求め、砂嵐に乗って砂漠を走る。軍旗の先で竜の羽を燃やし、騎士達を導く。
何時しかティトーは、夢の中で英雄ヴェライトになっていた。
「各々方、我を灯火として進め!魔王の居城は近いぞ!!」
針のような剣を振り上げ、声も枯れよと叫べば、幾万の声が応える。
それは溶岩よりも熱い奔流となって、ヴェライトの、いや、ティトーの身体を駆け巡った。
「…ん?」
その時、額に1滴の水を感じ、ティトーは目覚めた。頭上の空は暗く、重たい雲が逃げるような速さで流れてゆく。
「まずいな、ひと雨くるか?」
ティトーは立ち上がり、急ぎ足で村へと戻った。
次へ★前へ