「陛下!姫!お怪我は!?」
ピエールの視界に鳥のように現れたのは、黒髪の少年だった。
背後の魔物と馬を気遣う声は緊張で硬くなっていたが、不思議と耳に心地良い。
「わしもミーティアも大丈夫じゃ!とにかく早う敵を片付けてしまえ、エイル!」
緑色の魔物が、杖を振り回して叫んでいる。口調こそ強いものの、そこに先ほどまでの焦りは感じられなかった。
「…はい!」
そしてエイルと呼ばれた少年は、来た時と同じ速さで大地を蹴り、魔物の群れに飛び込んでゆく。
「アニキ!アッシも行くでがす!」
「おっと、俺達も忘れるなよな…行こうぜ、ゼシカ?」
「いわれなくてもわかってるわ!さあ、一気にカタをつけるわよ!」

白刃の軌跡と魔法の炎が、光が、ピエールの前で踊る。
雄叫びが、咆哮が、身体の芯まで震わせるようだった。

(…勇者?)

スライムのピエールは、呆然と目の前の光景を見つめていた。
中心で戦う山吹色の衣の少年の姿を、無意識に目で追う。

(あの人は、勇者?)

「ピエール…」
そして小さなナイトが自分にしっかりとまたがったのを感じた時、戦いは終わっていた。

「さて、と…後はお前だけか?」
美しい緋色の装束を身に纏った青年が、挑発するような目つきでピエールに細剣を突きつけた。
しかしスライムナイトは、夢でも見ているような様子で黒髪の少年を見つめている。
黒髪の少年も、自分を見つめていた。

「ちょっと、ククール。何だかこいつ、様子がおかしくない?」
「ぼけっとしてるみたいでがすね。今がチャンスでがす。」
炎の色の髪の魔女と、木の実のようなものをかぶった大男が、警戒しながら近付いてくる。
それはわかっていたが、ピエールは動かなかった。

「こら、待て待て、お前達!そやつは違うぞ!」

その時だった。緑色の魔物と雌馬が、ピエールの前に立ったのは。
「は?違うって何が」
拍子抜けした様子のククールにすがるように、雌馬が嘶く。

(この人は、ミーティア達を守ってくれたのよ!)

必死の声は、言葉にはならなくても届いたのだろうか。
黒髪の少年が1歩前に出た。

「…君は?」
「スライムナイトのピエール。勇者になりたくて、旅に出たの。」

少年の顔に、笑顔が浮かんだ。

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