かしましい声に包まれ呆然としている高遠の腕をとって、海堂はダッシュした。
よくわからないが、逃げないといけない。
海堂の野生の勘がそう教えた。さっきのサバンナ現象で野生の勘にも磨きがかかったもの。


「なんか……すごかったな……」
校舎に入ってもまだどこかぼうっとしている高遠に、海堂は軽く蹴りを入れる真似をする。
「何さっきはぼさっと突っ立ってたんだよっ!欲しかったのかっ」
「違うよ、びっくりしただけだ」
高遠はほんの少し赤くなった。
「まさか、自分があんなふうにチョコ貰えるとか、思わなかったから……」
高遠の言葉に、海堂は目を瞠った。
高遠は、背が高くて男らしくてハンサムだ。
(一見、な……)
高遠の本当の魅力はそんなところじゃないけれど、その『一見』が女にとってどんなに魅力的に映るか、海堂は十分知っていた。
「チョコ……」
「え?」
「チョコ、欲しかったか?」
海堂がチラッと見上げて尋ねると、高遠は照れたように笑って言った。
「まさか。それに、好きでもない相手から貰ったら困るよ」
その言葉に海堂は、珍しくズキッとした。

『好きでもない相手から貰ったら……』

それは、逆にいうならば、好きな相手からなら貰いたかったと言うことじゃないか?
海堂は、麻理絵から貰ったチョコレートを机の中にしまいこんだことを後悔した。
「持ってくりゃよかった……」
口の中で小さく呟くと、
「え?何、海堂?何か言った?」
高遠が顔を覗き込む。
「何でもねえっ」
海堂が教室に入ろうとしたとき、
「ほほほほほ……」
高笑いとともに、ジルこと川原一美が現れた。
「二人ともチョコレートは貰わないで来たんだね」
感心感心と言いながら、スキップで跳ねるように近づいてきた。機嫌が良いらしい。
「なんだよ」
海堂が剣呑な顔をするのを綺麗に無視してジルは、高遠にやたら派手な包み紙の高そうなチョコレートを渡した。
「本命用だよ」
にっこり微笑むジル。
「ざけんなあっ」
海堂がそれを奪い取ろうとすると、お取り巻き集団がそれを阻止した。
「やめてください、海堂さん」
「そうそう、海堂くん。害は無いんだから」
「貰うだけ、貰ってやって」
「それで、ジルの気が済むんだから」
健気なお取り巻きたちのヒソヒソ囁く言葉に、とりあえず海堂は大人しくなる。
相変わらずジルは気に入らないが、この横山をはじめとするお取り巻き連中の普段の苦労にはさすがに同情している海堂だ。
ジルはチラリと海堂を見て、持っていた紙袋から何かを取り出した。
「ハイ」
海堂の手に某菓子メーカーの十円チョコが渡された。
「義理チョコだからね」
「見りゃ、わかるよっ」
「君が、高遠君をあの下品な女たちから守ってきたことは高く評価するよ。だからと・く・べ・つ・にチョコレートをあげるんだからねっ」
「ってか、たった今、義理チョコって言ったじゃねえか、お前っ」
険悪になる海堂を横山がなだめる。
「まあまあまあ……」
ジルは、高遠にチョコを渡して満足したらしく、
「じゃ、横山、帰るよ」
くるりと踵を返した。
「次は、僕にチョコレートを持ってきてくれた人をリストアップする仕事だからね」
「はい」
「お母様が全員にお礼状を出すって言ってるから、もれの無いようにね」
「はい……」

去って行くジルの背中を並んで見送った後、二人はそっと目を合わせた。

「やっぱ、チョコ……持ってくりゃよかったな」
高遠の手の中のチョコレートを見て、今度ははっきりと海堂が言った。
「え?」
「川原がやってんのに、俺が何にもやんないのって……」
「いいよ、いいよ」
高遠は慌てて言った。
「海堂から貰おうなんて、思ってなかったし……」
その言葉に海堂は、眉を寄せた。
「それ、どういう意味だよ」




A キレル。

B 珍しく寂しそうに。