「かさばるもんじゃねえし、明日、考えよう」

海堂は制服のポケットにチョコレートを突っ込んで、さっさと寝ることにした。
布団の中に入って、自分がチョコを渡した時の高遠の顔を思い浮かべると、何となく楽しくなった。
明日考えようといいながら、何となく渡してもいいような気になっている海堂。

翌日。
いつものように高遠が迎えに来たとき、海堂はチョコレートの存在を思い出したけれど、その場では出せなかった。
何だか後ろから視線を感じる。
チラリと振り向くとさっと影が隠れた。麻里絵が覗いていたのだ。
(ババア……)
海堂は舌打ちしてそのまま高遠といつも通りの通学をした。




都立和亀高校の正門には、いつになく華やいだ雰囲気があった。
近隣の女子高生が、気合を込めたチョコレートを手に、自分のお目当ての男子を待っている。
「すげえな。去年もそうだったのか?」
転校してきた海堂、去年のバレンタインディは別の学校だった。そこではこんな光景はなかった。
「うん、何か、このへんのイベントみたいになってるんだよ」
その証拠に一人で待っている子は殆どなく、二、三人から、多くはそれ以上の集団だ。
「あ、三好がつかまってる」
二人の視線の先に、女の子に囲まれた三好がいた。
「さすが、三好。モテてるな」
のんびり言う高遠のところに、突然セーラー服の集団が押し寄せてきた。
「2―Bの高遠さんですよねっ」
告白する相手の顔と名前を確認するあたり、いいかげん。
「体育大会の応援団のカッコ見ましたっ」
「受け取ってくださあい」
「え?」
呆然とした高遠に、手紙つきのチョコレートを押し付けて
「きゃあああっvv」
黄色い声をあげて、セーラー集団は去って行った。
海堂が、遅ればせながら眉間にしわを寄せる。
高遠はそれに気が付いて、慌てた。
「し、知らない子だよ」
「わかってるよっ」
海堂は憮然として足を速めた。高遠はそれを追いかけながら言う。
「全部、返すから……受け取らないし……」
海堂は、キッと振り向いた。
「返すってことは、会いに行くのかよ」
「う……」
ものすごい形相で歩く海堂に、チョコを渡そうとしていた女の子たちは誰一人近寄れなかった。
教室に入っても、海堂は不機嫌だ。
高遠は懸命に考えて、真面目な顔で言った。
「わかった。送り返す」
「……送り返す?」
三白眼で睨みあげる海堂。
「うん。住所書いている子に送り返して、一緒にいた子たちに返してくれって頼む」
海堂はちょっと考えて、そして吹き出した。
「ひでえ」
海堂が笑ったので、高遠はホッとした。
「うん、ひどいけど……ちゃんと断る。他に好きな人が、いますって」
高遠の言葉に、海堂は頬を染めた。
さっきまでの顔と大違い。ホワイトエンジェル降臨。
「タァコ..そんなの、いちいち言うかよ」
言って欲しい海堂。
「言うよ。ちゃんと」
高遠が優しい瞳で見つめる。
海堂は思わずぎゅっとしがみ付いた。
「お前ら……いくらバレンタインディでも、教室でそういうことはヤメロ」
担任の藤本が出席簿を手にして立っている。
「スミマセン」
すごすごと席につく二人。
笑う教室。
妙に平和な都立和亀高校だ。




「ま、よく考えたら、送り返すってこともないよな」
昼休み、買ってきたパンを食べ終わって海堂が言った。
「だって、イベントなんだろ?マジに受け取らなくってもいいんじゃねえの」
「そうそう」
海堂の言葉に頷いたのは三好。
「あんな風に集団でやってくるのなんて、どうせ遊んでるだけなんだから。マジレスしたら、かえって変なこと言われちまうぜ」
「そうなのか?」
三好の言葉に高遠は、困った顔をした。
「でも、俺、チョコ苦手なんだよね……そしたら、どうしようかな」
「高遠、チョコ、ダメなのか」
海堂が訊くと、高遠は頷いた。
「餡子とかクリームは大丈夫なんだけどな」
幼稚園の頃、チョコレートの食べ過ぎて鼻血を噴いて以来苦手……と言う高遠に、三好は
「そういや、そうだったな。忘れてたけど」
と、大笑いし、海堂はほんの少し眉を顰めた。
三好が知っているのに、自分が知らなかったということも悔しかったが……
(そしたら、麻里絵の用意してくれたアレ、渡せねえじゃん)



A それでも渡したい。

B 渡すのはよす。