超高速リレー小説『薔薇の鎖』

presented by もぐもぐ&れな

その12 byもぐもぐ
 

隣の橋田さんだった。
橋田さんは、もう直ぐ六十に手が届くというお婆さんというかおばさんで、話が長いので有名だ。髪が薄いらしく、頭のてっぺんにヘアピースとか言うのをつけているのだが、その部分だけ髪質が違ってしかも黒々としている。地毛になるに従がって薄くなるので、近所では『ヅラデ―ション』と呼ばれている。
「きょうちゃん。回覧板もって来たよ」
おばさん、きょうじゃなくて、けいだよ。と、思ったけれど、何度言ってもどうせわからない人なので、黙っていた。
「すいません、じゃ」
とドアを閉めようとすると、橋田さんはぐあしっとサンダル履きの足を玄関にさし入れ、ドアが閉まらないようにした。
お前は、悪質勧誘員かっ!!
「きょうちゃん、まあちゃんは、どうしたの?」
金歯を光らせて橋田さんが笑う。
「あ、今ちょっと、学会で、京都に」
「京都?いいとこに行ってんだねえ」
「はあ」
早くカギを閉めさせてくれ。タイムリミットも近づいている。
「京都っていえばね、内の孫がこないだ小学校の修学旅行でね」
「あの、すみません、僕今ちょっと手がはなせなくて」
「鎌倉にいったんだけど、やっぱり修学旅行っていったら、京都くらい行かしてやりたいよねえ」
きいてねえ、婆あっ!
「まあ、わたしの娘時代は、修学旅行なんてハイカラなもんなかったけどね」
「ちょ、ほんとにすみませんっ」
腕ずくで、押し出そうとすると、橋田さんは老人とは思えない力で玄関のドアにしがみつく。ほとんどホラー映画の世界だ。
そうこうしている僕の目に、通りの角を曲がってやってくる松井の姿が見えた。
ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!
今度こそ、本当のホラーだ。
あいつ、自分の授業終わって飛んできたな。
職員会議はどうした。
ああ、もうダメだ。
「橋田さんっ、立ち話もなんですから、どうぞっ」
究極の選択をした結果、橋田さんをうちにあげて、玄関のカギを掛けることにした。
橋田さんを奥に押しやり、震える指でカギをかける。
動揺しているのか、ただ横にひねるだけの動作が、ぎこちなく震えた。
そうだ。裏口のカギも見ておかなくては、僕は台所にある勝手口を見に行ってカギを確認した。
さっき篭城を決意したときにちゃんとかけた筈なので当たり前だが、やはり、ドキドキする。すっかり『13日の金曜日』(古っ!)のヒロインの気分だ。
大きく息をついて、はっと振り返ると、橋田さんがしわだらけの顔の中で小さい目を精一杯大きく見開いて言った。
「あたしを連れ込んで、かぎかけて、何しようってんだいっ」

  

       
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