「桜内、お前……」
友哉が背中に隠した『優君』を取り上げて、松井先生が小さく呟く。
僕は、松井先生の考えている事が判った。
なにしろ、ついさっき薬のせいで、先生のそれにむしゃぶりついたのだ。友哉のような発想はしてくれない。
『こんな物の世話にもなっているのか』
心の呟きが、聴こえてきて、僕はとっさに言った。
「先生、それ、座薬です」
「はあ?」
素っ頓狂な声をあげたのは友哉のほうだった。
僕は、友哉をキッと睨みつつ言葉を続けた。
「うちの兄、製薬会社に勤めているんです。それ、開発中の座薬です」
「座薬って、こんな形にすることないだろう」
もっともな先生の意見だが、ここで怯むわけにはいかない。
「消費者に愛されるためには、遊び心も必要だと兄が言ってました」
(ちなみに、こんなもの、誰が愛するのだろう?)
「だって、お前、さっき」
友哉が口を挟むのに、真面目な顔で振り向いて
「ごめん。まだ開発中だから、言っちゃいけないってこと思い出して」
「そうだったのか……」
信じ易いのが友哉のいいところだ。
そして、同時にさっきの淫行の言い訳を思いついた。
「松井先生、僕、実は病気なんです」
まちがっちゃ、いない。
「毎日、午後五時に、座薬入れないといけないんです」
「これで?」
先生が『優君』を持ち上げてみせる。
僕は、ばっとそれを奪って、ポケットに押し込んだ。
「いえ、これは、まだ……」
顔が火照る。
「でも、先生。さっきは、ありがとうございました」
「は?」
「座薬入れるの、手伝って頂いてっ!」
「…………………………………………」
負けるな、負けるな、負けるな、負けるなっつ。
ここは、怯んだら負けだ。
松井先生の視線は痛かったが、僕は頑張った。
「え――――っ」
それまで、話の展開にぼっとしていた友哉が
「お前、座薬なんてつかってんの?それ、先生に入れてもらったの?」
「そ、そう」
淫乱大魔人がバレルより、カッコ悪くても座薬投与中のほうがいい。
そう思った。
「なんで、先生に、そんなこと……」
ぼそっと友哉が呟くと、松井先生は鷹揚に言った。
「担任だからだ」
え?!僕がびっくりした。
「担任として、生徒の身体のことを気遣うのは、当然のことだろう?」
「はあ」
今ひとつ不服そうな友哉。
それより僕は、ちらりと僕を見た松井先生の瞳の奥が妖しく光ったような気がして、背中がゾクリと震えた。
僕は、ひょっとして、何か間違ってしまったのだろうか……。
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