超高速リレー小説『薔薇の鎖』

presented by もぐもぐ&れな



その2 byもぐもぐ

「外道……」
詰襟の金釦をかけながら、僕はぼそりと呟いた。
いつものことだが薬の効果の切れた後は、普通の高校生に戻る僕としては、こうやって兄に恨み言を言うことで、精神の均衡を保っていた。
というより、心から僕は思っていた。
「いつになったら、俺の身体、元に戻してくれんだよっ」
涙目になって訴えても、この半年間兄は
『鋭意努力中』だの『勇往邁進中』だの『率先垂範中』だの『只今工事中』だの訳のわからない言葉ではぐらかし、いっこうに中和剤を作る気配が無い。
半年も言いなりになっている僕も僕だが、この七つ年上の兄は昔から絶対で、僕は絡む事はできても本気で逆らう事は出来なかった。
思えば、幼少の頃から『神童』『天才』『多摩小算数チャンピオン』などの名を欲しいままにしてきた兄は、昔から僕をモルモット代わりにするところがあった。
『背が伸びる薬だから』
『頭がよくなる薬だから』
そう言われて、何度、怪しいモノを飲まされたことだろう。ちなみに、その薬の効果は全く無かった。腹を壊して学校を休んだ分、頭は悪くなったかもしれない。
その兄の人体実験で、これだけ効果が現れたのはこの催淫薬だけだ。

「まあ、まあ、それより京、大切な話があるんだ」
いつものようにはぐらかしつつ、兄が白皙の美貌で微笑む。
「何?」
つい素直に尋ねる僕は、柴犬並の忠犬さだ。
「明日から、学会の発表のため、三日間ほど京都に行かないといけない」
は?僕は呆けた顔で聞き返した。
「京都って?」
兄はおや?と片眉を上げて言った。
「知らないのかい?七百九十四年に平安京に都が移って以来……」
「って!京都の説明を求めてるんじゃねえっっ」
僕は、興奮すると少々口が悪くなる。
「兄貴が京都に行ってしまったら、その間、僕の身体は、どうなるんだよ」
午後五時からの淫乱大魔王。この悶える身体を誰が慰めてくれるのだ。
「ふ……」
兄は薄い唇を歪めて笑うと、戸棚から箱を取り出した。
「こういうこともあろうかと、ちゃんと用意はして置いた」
おお!!『こういうこともあろうかと』だな。さすが、科学者!!
「半年間、何も考えていなかったわけじゃないんだよ」
兄が優しく囁く。
ひょっとして、中和剤。いよいよこの身体ともおさらばか?
僕は期待に胸を震わせて、その箱の中身が取り出されるのを待った。
そして、出てきたものは―――――――
「電動桜内優……よくできているだろう」
さっきまで僕が咥えこんでいた物と寸分たがわぬグロテスクなイチモツだった。
「ご覧、京。この色艶、張り具合、重量感。実物に忠実に、皺の一つ一つにもこだわりを持った名工の手による珠玉の一品だよ」
「なるほど、良い仕事してますねえ……………………っていうか!ぼけえ!!」
こんな恥ずかしいもん準備する暇があったら、さっさと中和剤作れっ。
僕は、その電動桜内優をスポーツバッグに詰め込むと、怒りに顔を赤くして家に帰った。


* * *
翌日。
四時間目の授業は英語の小テストだ。ここでよい点を取って置けば、期末の結果が多少悪くても、総合評価してもらえるから、気合を入れて望まないといけない。
それにしても、前の日だって充分時間はあったというのに、何故、試験前のこの十分が一番集中できるのだろう。
僕はものすごい勢いで英単語を頭に叩き込んでいった。
「おい、京っ」
いきなり頭を叩かれて、僕は覚えた単語が三つ四つ頭からこぼれた気がして、声の主を睨んだ。
「何だよ。友哉」
「わり、体操着貸して」
慌てているらしく、早口で言う。
「俺、部活なくなったから一緒に持って帰って忘れちまって、次、体育なんだよ」
「ああ、あるけど、洗ってないぞ」
友哉はなぜかニヤリと笑って、
「俺は、全然かまわねえ」
と言った。
「ほら」
うちは今日体育の授業は無いから、バックごと渡した。
「さんきゅ!」
「今度、昼一食おごり、な」
そう言いながら、目は単語帳に。あと三分でどれだけ詰め込めるか…………。

そして、テストが始まって五分経過。
「あ―――――――――――――――――――――っ!!!!」
大声で叫んで、椅子を倒して立ち上がった僕を、クラス中が凍りついたように見つめる。

スポーツバッグの中に入りっぱなしなのは、体操着だけじゃなかった。

――――――電動桜内優。

       
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