超高速リレー小説『薔薇の鎖』

presented by もぐもぐ&れな

その1 byれな

「京(けい)、一緒に帰らねえ?」
僕の肩をそう後ろから叩いてきたのは、隣に住む幼馴染の友哉だった。僕は桜内 京。友哉とは同じ私立S高校に通っている。
「お前、部活は?」
バスケ部、練習ないのかよ、と友哉に聞くと
「来週から期末だろ?休みだよ」
と、何を今更、とあきれた顔で教えてくれた。
「ああ、そうか」
頷きながらも、僕には友哉と一緒には帰れない事情があった。そろそろタイムリミットが近づいてきている。
「ごめん、今日もバイトなんだ」
自然と早足になってしまいながら僕がそう彼に軽く頭を下げると
「余裕だなあ。試験前だっていうのに…お前の兄貴も人使い荒いよな」
と、友哉は以前僕が彼に告げたことをまるまる鵜呑みにするような答えを返してくれ
「それじゃ、頑張ってな」
と僕の背を叩いた。
「ありがとう」
ちくりと胸が痛んだのは、彼をだましているという良心の呵責か――だが、もうそのときには僕にはそんな己の『良心』に関わりあっている余裕がなかった。
「じゃ」
と僕は友哉に挨拶もそこそこに駆け足で路地を曲がった。僕の通う高校から徒歩十分、武蔵野の面影を残すこの街に、僕の兄の働く研究所があった。
僕の兄の優は、去年大学院を卒業し製薬会社に就職した。兄の研究成果を狙っての引き抜きだそうで、入社したばかりだというのに研究所に彼の『研究室』と専属スタッフを配されていた。
僕はこの半年あまり、毎日午後五時にその研究室を訪れる毎日を送っていた。表面上は、兄の研究室の雑用をして小遣い稼ぎをしている、ということになっていたが、実情は――とても人には話せるものではなかった。
もうすぐ五時になる。僕は殆ど全力疾走するように路地を駆け抜け、通い慣れた研究所の門をくぐり、兄の待つ部屋へと向かった。

「遅かったじゃないか」
バタン、とドアを開き、肩で息をしている僕を向かえてくれたのは、いつもと少しも変わらぬ端正な兄の微笑だった。
「…担任に呼ばれて…」
言いながら僕は自ら詰襟の金釦を外して脱ぎ捨て、続いてシャツを、そしてズボンのベルトを外し、机に座る兄の前まで到着するときには既に全裸に近い格好になっていた。
「…鍵はかけたのか?」
微かに眉を顰めながら兄が僕を見下ろしてくる。
「そんな余裕…っ」
ない、と言いながら僕は兄の腰に縋り付いた。
「……人に見られたらどうする?」
口ではそう言いながら兄は僕の身体を引き剥がすと、手早く自分のスラックスのファスナーを下ろし、彼自身を取り出してきた。いつものように僕に口淫を強要するつもりらしい。僕はあまりそれが得意ではなかった。兄は容赦なく頭の後ろを押さえてそれを僕の喉の奥まで咥えさせ、僕が息苦しくて咳き込むのもかまわず突き立ててくるからだ。
「…ほら……突っ込んでほしかったらやることやらないと」
兄はそう言いながら、ぐい、と僕の頭の後ろを抑えてきた。僕は仕方なく兄に促されるままにそれを咥え――既に勃ちつつあるそれを丹念に舐りはじめた。頭の上で、兄の息が少しずつ上がってくるのをもどかしい思いで聞きながら、僕は必死になって自分の身体の変調に耐えていた。
「……そろそろ、だな」
まだ勃ちきらないそれを兄は僕の口から奪い去ると、そう僕を見下ろしにやりと笑う。女性的にすら見えるその白皙の美貌はそんな下卑た笑いにすら品性を感じさせた。
――などと、僕が思ったのは一瞬で、身体の奥から突き上げてくる熱い衝動にあっという間に僕は飲み込まれ、叫ぶような声をあげながら兄の下肢へとすがり付いてしまっていた。
「待てよ。まだ出来ない」
くす、と笑いながらも兄は僕の身体を乱暴に振り払うと、仰向けに倒れた僕の両足を床の上で大きく開かせる。
「…いやっ…」
自分でも驚くような上ずった声をあげながら、僕は彼に足をとられたまま床の上で身悶えた。
「……待てって」
言いながら兄は僕のそこへと手を伸ばし、その細く長い指で僕の後ろをかきまわしはじめる。
「あっ…やんっ……」
欲しいのは指じゃなかった。僕が欲しいのは―――


いや、「僕が」じゃない。僕の身体が欲しがっているのは――
「…わかってるって」
兄はそう笑うと、僕のそこから指を引き抜き、猛る彼の雄をいきなり挿入させてきた。
「あっ…」
乱暴な突き上げに、僕の口唇からは歓喜の声が漏れる。薄く目を開くと、少し頬を紅潮させながら僕を見下ろす兄と目があった。
「動くよ」
いいながら激しく腰を使い始めた彼の背中を両足でしっかり抱き締めながら、我が身を捕らえるこの呪縛がこの先いつまで続くのだろうと、僕は口唇を噛んだのだった。

そう――あの日、兄は僕の知らぬ間に、僕に彼の作った『新薬』を投与したのだ。
偶発的に出来てしまったという隠微な薬――あの日から、僕の身体は午後五時を回ると熱く滾り、性行為でしかその熱を醒ますことが出来なくなってしまったのだった。
毎日毎日僕がこの研究室を訪れるのは、兄に抱かれるためだった。
はじめて薬の作用に見舞われたとき――体中の血が下肢へと集まり、その熱を醒ましたくて身悶える僕を、冷静に見下ろしていた兄はおもむろに僕の着衣を剥ぎ取り、殆ど強姦のようにして僕を抱いた。痛みよりも身体の熱を醒ましてくれたその行為の前にその瞬間から僕は屈服したと言ってもよかった。
兄が何を考え、僕にそんな薬を投与したのか――その答えを未だに聞けずにはいたが、僕は毎日五時に、こうして彼の研究室を訪れている。

「…あっ…やっ……」
兄の突き上げが一段と激しくなり、高く声をあげ始めた僕の後ろで彼が達した。
「……や……」
そのままずるりとそれを抜こうとする彼の動きを自然とその腰にまわした足に力を込めて制してしまいながら、僕は今更のように何故僕たちはこんなことをしているのだろう、と、見惚れるような兄の美貌を思わず見上げてしまったのだった。

       
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