「やっぱり、混んでるなぁ」
 地元でも人気の高い動物病院の看板が見えると同時に、中で待てない犬達が外に並んでいるのを見て、海堂はうんざりした声をあげた。
「春は狂犬病とか混合ワクチンの注射だけじゃなくて、フィラリアの薬とかもはじまるしね」
 トラノスケの背中を眺めながら高遠がのんびりと言う。
「チッ、近所のバカ犬大集合だな」
「こら」
 海堂を軽くたしなめた時、
「こんにちは」
 後ろから、声がした。
 振り返ると、以前にも何度か散歩の途中で会った女子大生風お姉さん。ミニチュアダックスをつれている。

「トラノスケちゃんも注射?」
「え、あ、はい」
 高遠がうなずく。海堂は思いっきり険悪顔になる。
(この女、また高遠にちょっかい出しに来やがった)
 散歩の途中、互いに犬を連れてすれ違うと何故か会釈をしてしまう。オーナー同士の心のふれあいだが、この女はどうも男前の高遠が気に入ったらしく、二回目にすれ違った時は図々しくも話し掛けてきた。

「黒柴ですよね。男の子ですか?」
「あ、いいえ、女の子です」
 答えたのは高遠だ。なぜならこの女が高遠を見て聞いたから。
「お名前は?」
「トラノスケ」
「えっ?」
「トラノスケです」
「女の子ですよね」
「はい」

 あのときの会話を思い出して海堂はむかついた。雄でも雌でも、トラノスケは俺の弟なんだ。俺の付けた名前を他人にとやかく言われたくない。
 海堂から不機嫌オーラが立ち上ってくるので高遠は慌てた。
「じゃあ」
 失礼しますと言って立ち去ろうとしても、行き先が同じ動物病院だから、離れられない。並んで歩きながら
「うちの子、注射嫌いで」
 うふふふ…と笑う。
 高遠は困ったように愛想笑いを返して、そして海堂にささやいた。
「受付だけしたら、外で待つか」
 自分が不機嫌なのを高遠が感じ取ってくれたので、海堂は機嫌を直すことにした。
 名残惜しそうなお姉さんを振り切って、病院の外でウロウロ歩き回った。近くの神社まで行って帰ってきても、まだ時間はあるだろう。あと一時間くらいは待つといわれた。
「来週もまた来ないといけないんだよな」
「狂犬病と混合ワクチン、同じ日に打てないからね」
「あーあ」
 伸びをした海堂が前方を見て、
「地蔵っ」
 叫んだ。
 見ると笠二郎が、トラノスケそっくりの黒柴を連れて歩いている。
「龍之介くん、トラノスケの注射?」
 呼ばれた二郎は嬉しそうにやって来た。
「お前もかよ」
「うん、もう終わったの?」
「いや、一時間待ちらしいぜ、早くいかねえと午前中にやってもらえないぞ」
「この子が、リキ?」
 高遠は話に加わった。かつては二郎に妬いた高遠だったが、今は誤解も解けている。トラノスケと間違えてしまったリキを見て、
「やっぱりそっくりだな」と笑った。
 その笑顔に、海堂は眉をひそめた。

「おら、地蔵、さっさと行かねえと、本当に見てもらえねえぞ」
「わ、わかったよ」
 蹴飛ばすように追い払われて、二郎は動物病院に向かった。
「どうしたんだ、海堂」
 高遠が首をかしげると、
「高遠、お前、わかってんのか?」
 海堂は唇を尖らせた。何を? と首をかしげる高遠に
「アイツは、俺のこと、好きだって言ったんだぞ」
 海堂は、筆で描いたように綺麗な眉をつり上げる。
「あ、ああ」
 知っている。だから色々もめたんじゃないか。高遠がうなずくと
「そんなヤツと、何で仲良くできるんだ」
 海堂が声を荒げる。
「お前、俺がアイツと仲良くしていいのか」
「だって…」
 二郎を呼んだの、お前じゃねえか。
 そう言いたいけれど、とてもいえない。

「いっしょになって、笑ってんじゃねえよ」
 そう言ってケッと石を蹴る海堂に、高遠は溜め息ついた。

(でも……)
 ひょっとしたら、思わず呼び止めてしまって、すぐに高遠のことに気づいて、それで追い返したのかもしれない。

 この目の前の天使が一番自分勝手でわがままになるのが『高遠ごと』がらみだというのを思い出して、高遠は小さく笑った。





      いただいたコメント   とても全部に応えられないので、また書きますね。
      
      ・大学生になった二人を……
      ・周りなんか関係なくイチャイチャしているところがみたいw
      ・日常の海堂の王子様っぷりが見たいです
      ・この二人すごく好きなのでvv
      ・ありえないくらい妙に甘甘な2人を見てみたいですね。
      ・晴れて大学生になって、嬉はずかし同棲風景を♪
      ・三好クンも加えた3人で残り少ない高校生活を!ところでこの2人は次にいつ更新ですか?
      ・2人の休日の様子〜♪少しエッチくお願いしますv
      ・階段から落ちて人格入れ替わり。高遠襲われるの巻
      ・一番好きなカップルだから!!
      ・海堂のいろんな面、ケンカッ早いとか手が早いとか、キレッ早いとことか



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