連載終了時のお礼SSでした。

「それじゃあ、アリエルはここに居ることにしたんだな」
「はい。色々と心配かけてごめんなさい」
 ペコリと頭を下げるアリエルが以前の明るさを取り戻していて、リヒャルトは胸をなでおろした。
 けれども、そのアリエルを守るように寄り添うアルベルトは、ほんの少し複雑そうな顔をしている。
「アルは、反対なのか?」
 アリエルがエゼルベルンに戻ってきたこと。
「いや、まさか。嬉しいよ。ただ……」
 言葉を濁すアルベルトに、アリエルは頬を赤く染めて言った。
「アル、大丈夫。僕、誰に何を言われても平気だから」
「アリエル……」
「アルが居てくれたら、僕、平気」
 今にも抱き合いそうな二人にあてられて、リヒャルトは、
「ああ、まあ、うちの連中は噂好きだけど、相手にしなきゃ実害は無いだろうよ」
 そそくさとその場を立ち去ることにした。これ以上いたら無粋な邪魔者だ。
 けれどもそこに、エルンストが足早にやって来た。
「おかえり、アルベルト」
 早口で用件を告げる。
「帰ってきて早々なんだけど、校長が呼んでる。アルベルトとそれから、アリエル……」
 アルベルトとリヒャルトは顔を見合わせた。
 そう、アリエルが覚悟を決めたとしても、二度も大きな騒ぎを起こしたのだから、このまま学校に在籍できるのかどうかはわからないのだ。
「わかった」
 アルベルトがうなずく。
 アリエルは、大きな瞳に困惑の色をのせてアルベルトの腕をギュッと握った。
「大丈夫だよ。アリエル」
 その手を優しく擦ってアルベルトは微笑んだ。
「アリエルがここに居るって決めたのなら、僕がなんとしても守るからね」
「俺も行こうか」
 心配そうなリヒャルトに、アルベルトは苦笑いして首を振った。
「ありがとう。でも、これは僕たちのことだから」


 そして校長室に呼ばれた二人は、意外な言葉を聞いた。
「本来、半年で二度も大きな事件を起こしたのだから学校としても厳しい措置をとらねばならないところだがね。しかし、まあ、アリエル君一人の責任というわけではないし、ジュスタン君のほうからはすでに転校の届出がでている。アリエル君についても、まあ、できる限り本人の意見を尊重したいと……」
 校長はかなり回りくどい言い方をしたが、結局のところ
「今後は身を慎んで、二度と問題を起こさないということを約束してくれたまえ。アルベルト君、よろしく頼むよ」
「あ、ありがとうございます」
 アルベルトもアリエルもキツネにつままれたような気持ちになった。
「ん、じゃあ、行ってよろしい」
 コホンと咳払いして、校長は机の上の書類を重ねて引き出しにしまった。アルベルトは、それを目の端に留めたが、アリエルの前で訊ねることはしなかった。
「よかったね」
 微笑んで、感激に瞳を潤ませているアリエルの肩を抱いて促す。
「失礼します」
 一礼して、部屋を出る。
「アル、嬉しい。僕、これからもアルと一緒に居られるんだよね」
「ああ」
 アリエルは屈託無く笑う。アルベルトは、その微笑みを一生守りたいと思う。
 そして、校長の机の上で見た書類を思い出した。重ねた書類の一番下は、便箋だった。アルベルトのよく知る透かし模様の入った。
(……父さんか)


 念のためクレマンスに確認したけれど、やはりクレマンスではなかった。バルドゥール侯爵家の紋章入りの便箋を使ったのは。
「私は、アリエルがエゼルベルンを出て帰ってくるのならそれでもいいと思っているんだよ」
 クレマンスは言った。
「ヒルデも今回の件で体力的に弱っているからね。できれば、アリエルに傍に居てもらいたいとも思っている」
「すみません」
「君が謝ることは無いよ。アリエルがそこに居たいと言っているんだからね。それに、ヒルデはアリエルにそっちで頑張って欲しいと言っているよ。君がいるから」
 受話器の向こうで、クレマンスは苦笑した。
「しかし、今回の件で全てが明るみに出てしまったね。アリエルが、意外にしっかりしてくれていて助かったよ」
「ええ」
「君とアリエルのことはさすがに言えなかったけれど、それ以外はハーラルトにも連絡しておいた。アリエルの父親のこともね」
 クレマンスの言葉に、アルベルトは納得してうなずいた。
(それで、動いたのか)
「父は知っていますよ」
「えっ」
「デルフィーヌと婚約できないのは、僕がアリエルを愛しているからだとはっきり言いましたから」
 さすがに、クレマンスも言葉が出ない。
「すみません、お父さん。電話でなんですけれど、アリエルは僕が幸せにしますから」
 クスクスと笑ってアルベルトは受話器を置いた。受話器の向こうでは、珍しいアルベルトの冗談にクレマンスが目を丸くしていた。
 公衆電話のお金を払い、アルベルトは外に出た。
(アリエルは、僕が幸せにします)
 アルベルトは、自分の言葉をかみしめる。
(できるだろうか……)
 ここ数ヶ月、自分の力の無さをアルベルトは痛感していた。アリエルが除籍を免れた件も、ハーラルトが手を回したのだ。おそらく多額の寄付でもしたのだろう。でなければ、あんなにあっさりと許される筈が無い。
「でも、何故?」
 ふとアルベルトは疑問に思った。ハーラルトは、自分とデルフィーヌが婚約することを望んでいる。アリエルがエゼルベルンに残って自分と一緒に居ることを助けてくれるなんておかしいじゃないか。 
(…………)
 考えれば考えるほど、不気味な気もするけれど、
「貸しを作る気かな」
 わからないことを、これ以上考えても始まらない。
 ハーラルトの思惑はどうあれ、アリエルと一緒に居られることを感謝しよう。
 そして、自分は一日も早く力をつけよう。ハーラルトに立ち向かい、アリエルを守れる力を。
(できるか、じゃなくて、やらないといけない。絶対に)
 

「アル、ご用事終わった?」
 アリエルが、大きな紙袋を下げて小走りでやって来た。
 今日は休日で、二人で外出許可をもらって町に出ていたのだ。
「ああ、アリエルも、もういいの?」
「うん」
「それは?」
「ふふ……お礼なの」
「お礼? 誰に」
「あのね、優しくしてもらったの」
 アリエルは頬を染めてうつむく。アルベルトは、ほんの少し気が気でない。
「誰に?」
 同じ質問をすると、
「名前はわからないの、でも、駅長さんに聞けばわかると思う」
 よくわからない答えが返ってきた。
「駅長?」
 首をかしげたまま、アルベルトは駅まで一緒に付いて行った。


「おや、あのときの」
 駅長は、当然ながら、アリエルのことを覚えていた。
「あのときは、ありがとうございました」
 アリエルはペコンと頭を下げて、紙袋から美味しそうなクッキーの包みを出した。
「これは駅長さんに」
「おや」
「それから、これ、あの日、貸してもらったの」
 紙袋から婦人物のショールが出てきた。
「駅長さんに返してくれればいいって、言ってたんですけれど」
 婦人の名前も聞かなかったことを恥ずかしがって、アリエルは小声になる。
「ああ、わかるよ。カタリナのショールだ。あの後、何度か来てね。君のことを話していたんだよ」
「すみません。ショールが返ってこなくて、怒っていませんでしたか」
「とんでもない。風邪をひいたんじゃないかと心配していたよ」
「よかった」
 実際その通りだったアリエルは、照れたように笑って、
「じゃあ、これも一緒に。遅くなってごめんなさいって伝えてください」
 駅長に渡したのと同じクッキーと、もうひとつ綺麗にラッピングされた包みを渡した。大きさから言ってハンカチの類らしい。
 アルベルトは、そのやり取りから、アリエルがこの駅長とカタリナという女性に何か世話になったのだと知った。駅長と目が合って、
「どうも。お世話になりました」
 礼儀正しく挨拶した。
「ああ」
 駅長はうなずいて
「君が、アルか」
 突然名前を呼ばれ、アルベルトは驚いた。
「よかったな、会えたんだ」
 駅長は、目を細めてアリエルを見る。アリエルは頬を薔薇色に染める。
「カタリナが心配していたんだよ。『従兄のアル』に会えたのかってね。誕生日だったんだろう」
 アルベルトにおめでとうと言うのを、
「あ、それじゃあ」
 アリエルは慌てて遮ろうとしたけれど、
「なにしろ、朝からずっと待ってるし、夜まで待っても君が来なくてとうとう泣き出すし、いやぁ、あの後ずっと気になってねえ」
 人の良さそうな駅長は、ペラペラと話を続けた。
 アルベルトは、一瞬にして理解した。
 誕生日――アリエルの誕生日――帰って来ると言った自分の言葉を信じて、アリエルは駅で待っていたのだ。
「ずっと、待っていたんですか……」
 声が震えた。
 駅長は白髪の混じった眉を上げて、
「聞いてないのかい? 寒いのに、朝からずっとそこに立ってたんだよ。待合室に入るように言ったんだけど、きかなくて」
「もう、行こう。アル」
 アリエルは、アルベルトの腕を引っ張った。
「駅長さん、本当にありがとうございました」
 グイグイとアルベルトの手を引いて、その場から逃げ出すアリエルに
「仲良くなぁ」
 駅長は、大きく手を振った。
「ふう」
 ずい分歩いてから、アリエルは立ち止まった。アルベルトの前であの日のことを言われるとは予想できなかった。
(恥ずかしい)
 あのときは死んでしまいそうになるくらい悲しかったけれど、過ぎてしまえば――こうしてアルベルトが戻ってきてくれた今では――思い出すと、ただ恥ずかしいのだ。

 熱くなった顔に風を送ろうと手をパタパタさせていると、ふいに抱きしめられた。
「えっ」
 驚くアリエルの髪に顔を埋めて、
「あの日、ずっと待っていたんだ……?」
 アルベルトは、くぐもった声を出した。
「僕の帰りを、ずっと……」
「う、うん」
「すまなかった。帰ってあげられなくて」
 アルベルトは、胸を詰まらせた。
 誕生日に帰れなかったことは謝ったけれど、まさかアリエルが、駅でずっと待っていたなんて知らなかった。どんな気持ちで一日中立っていたのかと思うと、アルベルトは泣きたい気持ちになった。
「本当に……悪かった……」
「いいの、だってアルは帰ってきてくれたもの」
 アリエルは顔を上げて、アルベルトの顔を覗き込んだ。存在を確認するかのようにアルベルトの頬に両手をあてる。
「ねっ」
 微笑む顔が、たまらなく愛らしい。
「アリエル」
 アルベルトは、こらえきれずにアリエルに口づけた。
「んっ」
 アリエルは、心臓を跳ね上げた。
 町の通りの真ん中で、アルベルトがこんなことをするなんて。全身に血が駆け巡って熱くなる。

 アルベルトも、また驚いていた。この自分が、公衆の面前でこんなことをしてしまうとは。
 衝動的に口づけたけれど、舌を絡ませているうちにひやかす声も耳に入ってくる。
(制服を着てこなくてよかった)
 長身のアルベルトと華奢で小さなアリエルとなら、男女の恋人同士に見えるだろう。だからといって、男女でも、こう大っぴらにキスするカップルもいないだろうが。

 アルベルトはそっと壁際によると、片手に持っていた鞄でアリエルの顔を隠した。
 もうしばらくはキスしていたい。けれども、かわいい恋人のしどけない顔を誰にも見せるつもりは無い。











エゼルベルン、最後まで読んでいただいた皆様ありがとうございました。
本編のあとがきに書いた35禁が色々波紋を投げかけましたが(笑)
おかげで、うちのサイトの年齢層は高いということが判明いたしました。
ええもう、コンセプトは『楽しいだけじゃない人生も知った(苦笑)大人の女性が癒されるサイト』
憩いの場としてご活用いただければ幸いです。

あっ、また二十代というピチピチ(当社比)の皆様も、実年齢じゃありませんから!!
もぐもぐの話題についてきていただいけますなら、35禁をものともせずにいらしてくださいね。
お待ちしています。

さて、お礼SS、あんまりアマアマじゃなかったですか?
アルベルトにはとにかくもっと大人になっていただかないと第三部が始まらないので、
そんな気持ちで書きました。アル、男になれ。

第三部、おそらくまだまだ先ですが、始まりましたらまたよろしくお願いします。


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