「なんで……」
 呆然と呟く歩みの視線の先で、二人は仲良くブロックに腰掛けた。
犬の綱ひもを外すと、その小さな黒い塊はダダッと駆けて、山を登っていった。慣れているのだろう犬がいなくなったのを気にする風も無く、二人は何か話をはじめた。走っていった犬がまた駆け戻って、飼い主の姿を確認すると、また飛んでいく。海堂はそれを、目を細めて見遣る。その海堂を見つめている高遠の目もまた、優しく細められている。高遠を振り返った海堂が、甘えるように頭を高遠の肩に寄せた。
(この二人……)
 歩は、二人がただならない仲だとすぐにわかった。
(でも、海堂さんは、常隆ちゃんの……)
 すぐに思いついたのは『大切な常隆ちゃんが恋人に裏切られている』と言うこと。かなわないと思って諦めようとしたのに、その相手は別の男の人と―――。
「許せない」
 歩は二人の前に飛び出した。
「海堂さんっ」
「あれ?」
「歩くん」
 海堂と高遠は、突然現れた歩に驚く。
 叫んだきり、ワナワナと拳を握り締めて震えている歩に、海堂は首をかしげて、
「あ、俺、あんときのことまだ謝ってなかった」
 見舞いも三好に断られていたし、と屈託の無い顔で笑った。
「悪かったなっ」
 ケロリと言われて
「なっ、何、言ってんだっ」
 歩は怒りで顔を赤くする。海堂は、眉をひそめて、急に剣呑な顔になる。
「なんだよ。まさかお前、まだ諦めてないのか?」
 自分が高遠と一緒にいることに歩が怒っているのだと思って、海堂は立ち上がった。
「よせ、海堂」
 高遠がその腕をつかむ。
「だって、コイツまだ高遠のこと」
「そんなことあるわけ無いだろ」
 パーティーの帰りに海堂から聞いて、高遠はそれを笑い飛ばした。礼紋に、かつがれたんだと。新宿駅で会うまで何の接点も無かった上、会場でも全く話もしていないのに、歩が自分に一目惚れなんてありえない。それはまさしく正しい答えだ。
「じゃあ何で、コイツは俺に喧嘩を売って来てんだよ」
 綺麗な顔で凄みを利かせて歩を睨み上げると、歩は叫んだ。
「あんたが、二股かけてるいい加減な人だからだ」
 その言葉に、高遠と海堂は固まった。
「そ、そうなのか?」
 恐る恐ると言った風に訊ねるのは高遠。海堂はブンブンと首を振った。
「そ、そんなこと、あるわけねえっ」
 顔を赤くして、歩に噛み付く。
「何で、そんなこというんだ。この嘘つきの卑怯もんっ」
「だって、そうじゃん」
 歩もむきになって大声を出した。
「常隆ちゃんって恋人がいながら、この人ともベタベタしてんじゃないかっ」
 高遠と海堂の目が、これ以上ないほど大きく見開いた。

 しばらくの沈黙の後、またも叫んだのは歩だった。
「ひどいよ。僕と勝負して勝ったくせに。僕に諦めさせておいて、それなのに、この人と」
「ちょい待て」
 海堂が片手をあげて制す。高遠は顎に手を当てて、考えている。歩は涙目になって二人を見た。
「常隆ちゃんって、三好のことだよな」
 海堂がポソリと呟く。
「ああ」
 高遠が小さくうなずく。海堂は、ちょっと呼吸を整えて
「何で三好が俺の恋人になんだ、ああっ」
 歩を締め上げた。
「やめろ、海堂」
 またも止めに入る高遠。
「つまり、歩くんは、三好のことが好きだったんだよね」
 高遠の言葉に、歩は『今さら何を』と目で言った。


「なるほど、そういうわけか」
 三人並んでブロックに座って、落ちついた歩から事情を聞いた。小さなときの思い出話から全て。
「そんな小さな頃から好きだったんだね」
 高遠が優しく微笑んで、歩は恥ずかしそうにうなずいた。身体は大きいが、乙女チックな中学三年生だ。海堂は気まずそうに頭を掻いた。
「レイモンのヤツが、変なウソつきやがるから」
「ちょっと考えたら分かりそうなことだけどね」
 高遠は、海堂の膨らんだ頬と尖った唇を見て笑った。
 そして歩に向き直って、
「話聞いてて、思ったんだけど」
とつとつと言った。
「ひょっとしたら、俺の勘違いかもしれないけどさ。その、三好のいとこに、歩くん以外で、そんな小さなときに、一緒に遊んだ子っていた?」
 歩はちょっと考えるように眉を寄せて、
「ううん」
 首を振った。
「じゃあさ、歩くんのほかに、小学校でロンドンに行ったいとこって言うのは」
「さあ……いたら、お父さんやお母さんから何か聞いたと思うけど……」
 誰ともロンドンでは会ってないという歩に高遠はうなずいた。
 さすがに海堂にも高遠の質問の意味はわかった。
「三好の言ってた初恋の相手って」
「うん。歩くんだよ」

 歩には、言葉の意味がわからなかった。

「三好の初恋の相手は、歩くんなんだよ」
「そうだ」
「俺たち、ちゃんと聞いてるから」
「聞いた、聞いた」
「いとこのアユちゃんで、ロンドンに行っちゃったって、歩くんしかいないじゃないか。三好は歩くんのことが、好きだったんだよ」
「ああ、どうして隠してるのか、わかんねえけどな」
「今だって、きっと好きなんだと思うよ」
「まあ、アイツはちょっとひねくれたところあるしな」
「諦めなくていいよ」
「そうそう、お前、けっこう根性あるし、大丈夫、俺も応援する」
 高遠と海堂が交互に励ます。高遠は持って生まれた優しい心で健気な歩を助けてやりたいと思うし、海堂は相手が高遠でなければ、どうでもいい。まあ、高遠が応援するなら、俺も俺もと言うノリで、その実、高遠より熱心になったりするタイプ。
 かなりいい加減な発言もあったが、もともと素直なたちの歩は、繰り返される言葉に次第にその気になった。
「じゃあ、常隆ちゃんも、僕のこと好きなんですね」
「絶対、間違いない」
 うなずく二人が神様に見える。歩は舞い上がった。
「俺たちには、恥ずかしいから女の子ってことにしてたんだぜ」
 海堂の言葉に、歩は心配そうに訊ねた。
「僕が男の子だから、常隆ちゃんは恥ずかしがって隠しているんですか?」
「あ? ああ、いや、その初恋話を聞いたときだよ」
「男同士なんて、別に気にすることねえし、三好だって本当は気にするような性格じゃねえよ」
「そ、そうですか……」
「そうそう、男同士でも俺たちみたいにラブラブ〜♪で、しあわせ〜♪な二人がそばにいるんだから。アイツだって本当は羨ましいと思ってるって」
 海堂の根拠の無い理屈に、歩は思いっきりうなずいて、元気良く叫んだ。
「そうですよねっ。僕も海堂さんたちみたいになりたいですっ」
 いつのまにか戻ってきていたトラノスケが、その声にあわせてキャンと鳴いた。
「トラノスケも応援するってさぁ」
 またいい加減なことを言う海堂。
「はい。頑張りますっ」

 冬の透きとおった空の下、大団円の笑いが響く。
 三好の本当の試練は、これからだった。



完 




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
結局、三好にホモの引導は渡せずじまいの私を許してください。
よかったら、続きを考えてやってください。
ではでは、また地味に続きます和亀シリーズ、よろしくお願いします。


  


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