「何、それっ」
弘美は大きな目を瞬いた。
「余命半年って? いったい何でそんなことになってるのよおぅ」
ぷーっと頬を膨らます弘美に
(私があんたのこと、殺してやりたいって思ったからかもね――)
という物騒な台詞は飲み込んで、
「そうとでも言わなかったら、デートしてもらえなかったのよ」
圭子は溜め息混じりに言った。
なんでこんな嘘をついてしまったのか。嘘をついてまで弘美とあの彼をくっつけたいと思っているのか。圭子の胸中は複雑だ。そんな圭子の心も知らず、
「そっか、そうよね。ありがとう、ケイちゃん」
弘美は、嬉しそうに両手の指を組んだ。夢見る乙女の顔で呟く。
「高遠ヤマト君っていうんだぁ。ああ、早く日曜にならないかなぁ」




* * *

高遠が弘美とのデートに応じた日曜日。
ここは都心から一時間ほどの海にも近い遊園地。日曜というのにディズニーランドのように混んでいないのが良いところ。
「おい、何でお前がここにいるんだよ」
海堂が凶悪な顔で睨みあげている相手は三好。
「お前だってここにいるべきじゃないだろ。恥ずかしいから絶対来るなってアイツに言われてたじゃねぇか」
「だからこそ、俺は、高遠のことを見張らないと」
「俺は、そんなお前を見張らないと」
「なんだと」
「あ、しっ、来たぞ」
三好に引っ張られて、二人は柱の陰に隠れた。
大通りの方から長身の高遠と、白いスカートにふわふわのピンクのカーディガンを羽織った髪の長い女の子が歩いて来る。
「あれか……」
思わず呟く海堂。
「へえ、可愛いじゃないか」
と、三好。
海堂は、ギュッと拳を握った。



「ええと、大竹さん」
「やぁん、ロミちゃんって呼んでっ」
甘ったるい声は、海堂の耳まで届いた。握った拳がブルブル震える。
「やっ、それは……」
「なんでぇ、何で、名前で呼んじゃいけないの?」
カワイコぶって、小首を傾げてみせる弘美に
「……高遠家の家訓だから」
高遠は遠い目をする。
聴こえた海堂。
「そうだったのか」
「お前が、だまされるな」
海堂と三好は、付かず離れず二人の後を追う。


ゲートを入ってすぐ、ウサギの着ぐるみが風船を配っていた。
「やぁん、カワイイ〜。欲しい〜」
やぁんは口癖なんだろうかと思いつつ、高遠はその風船を貰ってやった。
「はい」
「嬉しいっ」
受け取ろうとして、
「あっ」
風船が、指から離れた。
「おっと」
高遠が慌てて手を伸ばす。
間一髪で風船の紐を捕まえる。高遠の長身だからできた技に、
「スゴーイ」
弘美の目はハート。


「おい、三好」
「何?」
「吹き矢」
「持ってるかっつの」
差し出された手をパチンと叩く。
海堂はギリギリと歯を食いしばって、弘美の顔を睨んでいる。
三好は、海堂の嫉妬ぶりに、密かに笑いをかみ殺していた。


弘美のリードで、デートは進んだ。
メリーゴーランドに乗り、ジェットコースターに乗り、ポップコーンをほおばる二人の後ろにチョロチョロと現れる大小二つの影。その三好と海堂の尾行も段々と堂に入ってきた。
もちろん、高遠は全く気がついていない。
「しかし、俺たち何やってるんだろうな」
「嫌なら、お前はとっとと帰れよっ」
「おっ、今度は、お化け屋敷だ」
「あんな作りモン見て、どこが面白いんだ」
「馬鹿だな。デートの定番じゃないか」
「何で?」
「大っぴらに抱きつけるだろう」
「なにっ」
目を剥いた海堂の視線の先で、弘美が高遠の手を取ってぐいぐい入り口に引っ張っていく。
「積極的だなあ」
「あいつ〜ぅ、全然、かわいそうにも不幸そうにも、見えねえじゃねえかっ」
「ああ、はは、ははは……」
弘美余命半年説。まだ信じているのかと、三好は乾いた笑いを返した。
二人がお化け屋敷に入って、十分。海堂はジリジリと出てくるのを待った。
そしてようやく出てきたとき、弘美は、思いっきり両手で高遠の胸にしがみついていた。
そして高遠も……。
「う…」
ショックに、言葉を失う海堂。
「ありゃあ」
三好も、これはやりすぎだなと思った。
高遠にしてみれば、別段見たくもなかったちゃちなアトラクションにキャーキャー騒いだ挙句しがみついて離れない弘美は邪魔でしかなかったのだが、女の子を邪険にもできず、仕方ないから少しでも自分が歩き易いように肩を抱いて支えていただけ。
けれども、海堂の目には、たった十分で二人がラブラブになっているように映ってしまった。これぞお化け屋敷マジック。

深刻な顔になった海堂。二人を見ないように目を伏せ、しばらく黙ったままだったが、ボソッと呟いた。
「やっぱ、女の方がいいのかよ」
三好は、いきなり自分がかなりマズイことをしている気になった。
「いや、あれは、たぶん、あの弘美って子が勝手にくっついてるだけだって」
その通りだが、
「高遠も、嬉しそうじゃん」
海堂の目には、嫉妬フィルターがかかってしまっている。
「いや、まあ、そんなことは」
と、言葉を捜してウロウロと視線をさまよわせた三好の視界に、どこかで見た顔。
「あれ?」
ジーンズ姿の圭子が木の陰から現れて、やはり呆然と高遠と弘美を見ている。
「確か、高科さん」
三好が呼びかけると、圭子はハッと振り向いた。
「あ、あなたたちは」
「奇遇ですね、って、わけないか、やっぱりつけてたんだ」
三好に言われて、圭子は気まずそうに横を向いた。そして、
「えっ、やっぱりって、あなたたちも? あの二人を」
ワンテンポずれて驚いた。
「ええ、ちょっと、訳ありで」
と、三好が目で指す海堂は、圭子の姿も目に入らないのか、途方にくれたような表情で観覧車の列に並ぶ二人の後ろ姿を見つめたまま。
圭子も、それを目で追って
「ああ、観覧車ね」
ポツリと言った。
「ロミちゃん、得意なのよね」
「な、何が?」
正気に返った海堂が、圭子をキッと見た。
「観覧車って、個室でしょ?」
圭子の言葉に、海堂は頭に血を上らせた。
「個室…って」
あんなこともこんなことも出来ちゃう個室。海堂の妄想力は、たくましかった。
「ゆるさねぇっ」
叫んだとき、二人はちょうど観覧車に乗り込んでいた。
ダッと駆け出す海堂を、三好と圭子も追いかける。
ゆらゆらと高遠と弘美を乗せたゴンドラが上昇していく。海堂は木の上に逃げた猫に向かって吠えかかる犬のように悔しそうにそれを見上げる。
ゴンドラの中に座って窓からぼうっと空を見上げている高遠に、その姿が見えるはずがなかった。
「戻ってくるまで、何分だよっ」
下にいた係員に詰め寄ると、
「いっ、一周、約二十分です」
バイトらしい青年は怯えて応えた。
「二十分……」
あんなことはできないけれど、こんなことなら出来そうな時間。
思わず呟いていたようで、
「いや、フツーしないって」
三好が突っ込んだ。


七、八分ほど経った頃、突然ガタンと観覧車が止まった。
「えっ?」
「キャア」
「なんだっ?」
下から見ていた三好たちも驚いて見上げる。
さっきのバイトの若者が、慌てた様子で機械を見ている。
「なんなの?」
「まさか、故障か?」
「え?」
しばらく機械をいじっていたが、観覧車は止まったまま。係員は青ざめてどこかに電話をしている。遊園地の客たちが「なんだなんだ」と集まって来て、空にそびえる観覧車を見上げる。
「本当に、事故ったみたいだな」
「そんな」
時計で言うなら10時くらいの位置にある二人の乗ったゴンドラを見上げて、圭子がポツリと呟いた。
「嘘なんかつくから、罰が当たっちゃったのかも」
三好は、それを受けて
「ロミちゃんには好都合だから、罰じゃないでしょ」
「だから、罰は、私によ」
「え?それって、自分、ひょっとして……」
と続く二人の会話に、海堂が割り込む。
「嘘って、何だよ」
「え?」
二人ビクリと振り返った。


「じゃあっ!あの女があと半年で死んじまうって、嘘だったのかっ!!!」
海堂が真っ赤な顔をして怒る。それも無理はないから、三好はひたすら謝った。
「わるかった。まさか二人してここまで信じるとは思わなかったんだ」
圭子も、深く頭を下げる。
「ごめんなさい」
けれども、海堂の怒りは、もちろん治まらない。
誰に対してって、誰よりも一番、あの女が憎い。
「高遠の優しいところにつけ込みやがってぇっ」
叫ぶなり海堂、観覧車乗り場へ続く階段を駆け上がり、
「えっ?」
観覧車を登り始めた。
「きゃあああっ!」
「バカッ、やめろ、海堂っ!!!」
三好の叫びも聴こえない。
海堂は、火事場の馬鹿力で、いや、いつもの馬鹿力を最大出力200%カッコ当社比で、グングンと観覧車の鉄柱を登っていった。物凄い脚力と腕力。某テレビ番組スタッフが知ったら、間違いなくスカウトされるだろう。
しかし、見ている方はたまらない。
「やっ…ヤメロ〜っ、海堂〜っ」
三好は小さくなる海堂の後ろ姿に、柄にもなく声を震わせる。
圭子はあまりの出来事に、貧血を起こした。
海堂は、ただひたすら高遠の乗っているゴンドラを目指した。あんな狭いところに二人っきりになんてさせては置けない。
「高遠おおっっ」
その声が聞こえたか、下の騒ぎに気づいたか、高遠は止まったままの観覧車の中から、ふっと下を見た。
「海堂っ??!!」
「えっ?」
止まったのを幸い高遠にモーレツアタック(死語)を開始しては、かわされ続けていた弘美は、その彼が顔色を変えて下を見るのを見て、一緒に覗き込んだ。
「きゃあああっ」
あまりの驚きに叫び声をあげると、
「黙れっ」
高遠が叫んだ。
高遠には信じられなかった。
何で海堂が、ここにいるのか。いや、この観覧車によじ登って来るのか。
地上から何メートルあるのかなんて知らないが、落ちたら確実に死んでしまう。
(海堂、海堂、海堂……)
呼びかけて「やめろ」と言いたいのだが、そんな声一つでも、海堂の気が散って手を滑らせたらおしまいだ。
高遠は、必死に無事を祈って海堂を見つめた。
(海堂っ)
高遠と目が合って、海堂のスピードがあがった。
中心の鉄柱から、今度は横に伸びた鉄の棒を器用に交互に掴んでゴンドラに近づいてくる。
(海堂、絶対落ちるなっ……)
窓ガラスに取り付いた海堂が、黄金の右を振りかぶった。

「海堂っ!」
割れた窓から入って来た海堂に、高遠は
「このバカッ」
いきなり平手を食らわせた。
海堂は一瞬ポカンとし、その直後に凶悪な顔になりかけたが、
「心臓止まるかと思った……」
泣きそうな声の高遠に抱き締められて、その目の険を消した。
「バカ、海堂、心配させんな」
「うん」
「お前、落ちたらどうなったかわかってんのか……」
「うん」
「俺も死んだから……」
「うん」
膝立ちになって海堂の胸に頭をこすりつける高遠を、海堂は優しく抱き締めた。
「十年、寿命縮んだから」
高遠は、海堂の片手を取ってそっと自分の口元に運ぶ。
「うん」
「お前より先に死ぬってことだぞ」
海堂はその手を頬に滑らせ、
「そんなこと、させねえ」
優しく髪を梳いた。

弘美にとって観覧車が動き始めるまでの時間は、ひどく居心地悪いものになった。





* * *

「信じられない。ホモよ、ホモだったのよ〜」
ブウッとむくれる弘美を、圭子はたしなめる。
「ホモホモ、言うんじゃないわよ」
月曜の勝緒女子高校の昼休み。
「じゃあ、ドウセイアイシャ」
「いいじゃないの、別に」
と言う圭子の言葉に、
「何でよ?」弘美は目を瞠った。
「……同性を好きになる気持ち、私、わかるもん」
ポツリと告白した圭子に、弘美は
「うそっ、まさか、ケイちゃん、女の子好きになったことあるのっ?うそ、うそ、うそっ!!だれよ、相手っ?!」
興味津々と言う顔で詰め寄った。
「私、やっぱりアンタ殺したい」
圭子は、ワガママでかわいい幼馴染みを恨めしげに見つめた。







ありがとう20万ヒット記念は、お久しぶりの高遠×海堂でした。
久しぶりで、私も懐かしかったです。
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