「ふっ、ぷるんとして可愛いじゃないか」 「やん、優しく食べてね、レッドさん」 「優しくするぜ、と言いつつ、ずぶっ」 「やああん」 「かき混ぜてやるっ」 「やんやん」 「こうしてやる!どうだ!ずぶずぶずぶっ!!」 「やああぁぁん」 「と、レッドは思う存分欲棒をつき立て、可愛いキミをかき回したのだった」 「レッド。頼むから朝飯くらい普通に食ってくれ」 ストーカーブルーが、卓袱台で必死にご飯をかき混ぜているストーカーレッドに言った。 「そうだよ、レッド。卵かけご飯のときは、ちゃんと醤油をいれないとね」 と、舌ったらずなこの声は、グリーン。 「だって、切れてたぞ」 「冷蔵庫の卵の横に、小僧寿司で付いてきた醤油があるよ」 「そうか、気がつかなかった」 「生卵に醤油は欠かせないよね」 「俺が言ってる普通ってのは、そういう意味じゃない」 ブルーが口を挟む。 「朝から変な声色使って、一人二役しながら飯を食うなってことだ」 「なにっ?」 レッドはブルーをキッと睨んだ。 「一人二役ではない。最後のナレーションを聞かなかったのか?」 「三役だと言いたいんだな」 「そうだ」 きっぱり頷くレッドに、ブルーは溜息をついた。 (再結成は、間違っていたかもしれない) 武蔵小金井にあるストーカー5の秘密基地。彼らはそこに住んでいる。 先日、いつものレッドの自己中なコードネーム騒ぎで、いったん解散したのだが、一緒に住んでいる関係上、またもうやむやに再結成された。 またもというのは、ストーカー5の解散そして再結成は、今年に入って七回目という定例行事だからだ。 「それはともかく、メガネとカレーはどうした?」 「カレー、じゃなくてイエローは、昨日から大学に泊り込みだよ」 「なに?あいつまだ学生だったのか?」 レッドはマジ驚いた。 「うちのメンバーで学生は短パンだけだと思っていたんだがな」 「短パンじゃなくてグリーンって言ってよう」 グリーンが可愛い顔をむうっとさせる。 「そうだ。お前が変なコードネームつけるから、メガネ、じゃなくてパープルは怒って出て行ってしまったんだぞ」 「何? あいつまだ怒っているのか?」 レッドはまたまたマジ驚いている。 「ふっ、狭量な奴だ」 「そういうこと言ってると、戻ってきてもらえないぞ」 ブルーがレッドの頭を小突いた。 ちなみに、ブルーはレッドに『腹黒』と名づけられたが我慢している。意外にいい奴。 「別に、戻りたくないなら、戻らなくてもいい」 レッドは胸を張って言った。 (意地っ張りな奴だ) ブルーは思った。 「でも、それだとヒロくんのストーキングに支障が出るぞ」 「どういうことだ?」 ブルーは急に作戦会議用の真面目な顔になると、手にしたストーカー手帳を開いて、報告口調で話し始めた。 「当初の予定では、前々からこの日はストーキング出来ないと申し入れのあったイエローを除いて、ヒロくん通学、ヒロくん学校、ヒロくん下校、ヒロくんお家、と四交代でシフトを組んでいました。ところが、メガネ、じゃなくてパープルが抜けたことによって、ヒロくん下校のストーカーが不在な訳です」 「なんと」 「あっ、そうだ!ボクもう行かないと、ヒロくんの通学、間に合わないよう」 グリーンがランドセルを背負って駆け出していく。 「で、ヒロくん下校時はどうしますか?」 ブルーの問いかけに、レッドが腕を組む。 「腹黒、お前が学校内からそのまま下校までストーキングしろ」 「残念ですが、私はその時間バイトです」 まだ、報告口調のブルー。 「うううむ。バイトかぁ」 「まあ、生活費だけは稼がないとな」 手帳を閉じて、素に戻るブルー。 「そうだな。俺たち、毎日ストーキングするのに、会社勤めできないし。バイトくらいはちゃんとやらないと生活できないからな」 生卵かけご飯を口に運びつつ、レッドはしみじみする。 「その点、ピンクは羨ましいな」 「そうだな、もう生活の心配せず、好きなだけストーキングできるんだからな」 ストーカーピンク。旧ストーカー5の中で紅一点だった彼女は、去年結婚して専業主婦になって、ストーカー5を脱退した。その後釜に入ったのが、当時小学三年生だったグリーンだ。 「俺も、専業主婦になりたいなぁ」 「てか、あんた男」 ブルーに突っ込まれても、レッドは専業主婦を夢見てぼうっとしている。 「ご飯粒、ついてるぞ」 口の周りにご飯粒をつけて、箸の先から卵つきご飯粒をぽろぽろ落とす、そんなレッドをブルーはちょっとだけ可愛いと思った。 「そうだ!」 レッドが突然叫んだ。 「メガネの抜けたところを、急遽ピンクにお願いしたらどうだろう」 「ピンクに?」 「ああ、あいつは主婦になってストーカー5は脱退したが、まだ、身体はなまっちゃいないはずだ」 「それは、そうかもしれないが」 「え?ヒロくん??」 受話器の向こうで弾んだ声がする。 「いいわよう、ヤルヤル。懐かしいわぁ、皆でやるストーキング」 「そうか、ピンクがそう言ってくれると心強い」 「で、どうすればいいの?」 ピンクに今後の打ち合わせしたレッドは、受話器を置く直前に言った。 「で、ピンク、キミのコードネームだが」 「はい?」 「シュフだ」 (そのまんまやんけ!) そのころメガネことストーカーパープルは駅前のパチンコ屋でスロットの目押しに励んでいた。足元にはメダルが積みあがっている。 「ちょっと、おにいさん、こっちもお願い」 「いいですよ」 にこやかに微笑んで、リーチのかかった台の目押しをしつつ、心は武蔵小金井の秘密基地に飛んでいた。 (皆、心配しているだろうか……) あの俺様レッドはともかく、イエローやグリーンは心配してくれているはずだ。クールなブルーもあれで実は面倒見が良いから、レッドに意見の一つもしてくれているかもしれない。 たかだかコードネームにムッとして出てきてしまったのは、おとなげなかったかも……と、思っているうちに自分の台がまたリーチ目をだした。 早く戻らねばと思いつつも、スロット絶好調で台から離れられないパープルだった。 「いかん、ずい分遅くなってしまった」 メダルを換金し、尚且つ大量に景品にも替えたパープルは、足早に駅前の通りを歩いていた。今日はヒロくん下校時のストーキングがある。いくら家を飛び出しているとはいえ、律儀なパープルとしては、自分の役割は果たすべきだと心得ていた。 そして、家の前まで来て足が止まった。 「あれは……ピンク!!」 脱退したはずのピンクが何故かレッドと嬉しそうに話をしている。 話の内容は聞こえないが、あの『秘密手帳』はヒロくんストーキング用のもの! パープルは理解した。 「私の、代わりなのか……」 手にしていた景品の紙袋をばさりと落とすと、中からカップ麺や大塚食品『あっ、これ食べよう』などがバラバラと転げ出た。 (私の…代わり……) グラリとする身体を電柱に預け、パープルはもう一度レッドとピンクを見る。 (仲良さげに語り合っているあの中に、私の入る隙間は無い……) ふと、二人がこちらを見た。 突然、パープルは駆け出した。 (もう、もう、私の居場所はないのだ!!) 胸が苦しくなって、メガネが曇る。 「おっと」 正面からぶつかった男が、パープルの身体を支えた。 「前方不注意だぜ、パープル」 「……ブルー」 ニヒルに微笑むブルーが、パープルの腕を掴んで立っている。 「は、離せ」 「ダメだ」 「私はっ」 パープルが何か言おうとするところに、レッドとピンクが駆けつけてきた。 「パープル、どこに行っていたんだっ」 レッドが叫ぶ。 「パープル?」 呼ばれた名前に、驚く。 (メガネじゃないのか?) 「お前が嫌なら、もうメガネとは呼ばない。だから…戻って来い!」 「え?だって……私の代わりは……」 パープルがちらりとピンクを見る。 ピンクは笑った。 「私はもう脱退したのよ。今日は、里帰り気分で来たけど、あなたの代りにはなれないわ」 「ピンク」 パープルの瞳に涙がにじんだ。 「パープル、お前は間違っている」 レッドがパープルの肩に両手を置いて、笑った。 「ピンクじゃなくて『シュフ』だ」 「いいかげんにしろ」 ブルーがレッドをたしなめる。そこに、大学から戻って来たイエローが、パープルの落としたカップ麺を拾ってやってきた。 「これ、俺のために取ってきてくれたんだろ?」 それは、カレー味。 「ああ」 クールビューティのはずのパープルが照れくさそうに下を向く。 「ようし!旧ストーカー5が揃ったところで、同窓会だ!」 レッドが右手の拳を振り上げる。 「いいわねえ」 「俺、駅前の白木屋の割引券持ってますよ」 「ようし、パープルも戻ったところで、ぱあっと騒ぐか」 「まだ早いけど(時間)、なんとかなるだろう!」 そして、白木屋に向かいつつ、レッドがブルーに尋ねた。 「そういえば、お前、バイトじゃなかったか?」 「ああっ、そうだったっ」 「私も!ヒロくん下校のストーキング!!」 「おおっと、俺も『ヒロくんお家』の準備だ!」 突然、ばらばらと駆け出していくブルー、ピンク、レッドの三人。 パープルとイエローは呆然と取り残された。 「じゃあ、同窓会はまた今度ということで」 「そうだな」 「せっかくだから、とってきてくれたカップ麺カレー味を食べましょうよ」 「そうだな」 武蔵小金井の秘密基地に帰りながら、パープルは仲間のいる幸せをかみしめていた。 |
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