「もう、こんなに濡れてるじゃないか」
「レッド、早く、早くうっ」
グリーンの舌っ足らずの声が、レッドをせかす。
「ここも、ここも、こんなに……」
「いいから、もうっ」
「こんなにビショビショになるまで、ほったらかされてたなんて、かわいそうに」
「いいから、早く入れてよっ、レッド」
「どこに? グリーン」
「決まってるじゃないっ」
グリーンは切羽詰っている。
「家の中にっ!」


「お前ら、遊んでないでさっさと取り入れろよっ」
ブルーが、眉間にしわを寄せて叫ぶ。
「もう、レッドが全然手伝ってくれないんだよう」
グリーンが小さな身体で、山のような洗濯物を両腕に抱えて、庭から駆け込んでくる。
武蔵小金井の秘密基地は、築三十年だが庭付き一戸建て。一昨日から干しっぱなしの洗濯物を突然の大雨に取り込んでいるところ。


「あーあ、こんなに湿っちゃってる」
グリーンが自分の体操服を触って、その濡れた感触に顔を顰める。
「イエローが洗濯してから、二日も干しっぱなしだったのがいけないんだぞ」
ブルーの叱責に、イエローは心外だというように眉を上げて
「ええっ、取り込むのはレッドが当番だったんだよ」
唇を尖らせた。
「で、あるか?」
自分の失態にはとことん甘いレッドは、平然と頷いている。
そこにパープルが戻って来た。
「どうも、この雨は台風のようだぞ」
「え?ほんと?」
パープルの言葉に、四人が驚いた。
ヒロくんの一日のスケジュールは把握していても、台風情報は聞いちゃいない。それが、ストーカー5だ。

「台風の中のストーキングは、ちょっと辛いなぁ」
イエローの言葉に、皆頷いた。

早速、作戦会議が開かれている。
「とりあえず、今日の報告を。パープル」
相変わらず偉そうなレッド。『作戦会議の報告は敬語、丁寧語で』という、自分で作った決まりも、自分だけが守っていない。
「今日のヒロくんですが、学校が終わった後、友人のイサム君の家に遊びに行き、ハリケンジャーごっこをしています」
「ハリセンジャー?」
レッドが間抜け顔で尋ねる。先日、新宿にある某オカマパプで、ハリセンで叩かれたのが印象に残っているあたり。グリーンがすかさず突っ込む。
「ハリセンじゃなくて、ハリケンジャーだよ。日曜日にやってるじゃない」
「知ってる。あれ、結構、かわいいよねぇ」
イエローが嬉しそうに言う。
「俺は、そのあとの仮面ライダー龍騎の方がいいな」
ブルーがぼそりと呟くと、それに向かってレッドが
「俺は、クウガの方が良かったな」
その言葉に、ブルーは男らしい眉を顰めた。
「オダギリジョー、最近色々出すぎじゃないか」
「龍騎は、ライダーがたくさん出すぎだ」

「人の話は、最後まで聞け」
秘密手帳を握りしめたパープルが、青筋を立てる。
軽く咳払いして、報告を続けた。
「ハリケンジャーになりきってイサム君の家の傘を拡げて、クルクル回していたところで急に雨が降ってきて、そのままその傘をさして自宅に帰りました」
「途中は、何も無かったのか?」
レッドが腕組みして尋ねる。
「いえ、それが」
パープルが、睫毛を伏せた。
「どうした?」
「前原三丁目の肉屋の角で、飛び出してきた車に」
「車にっ?!」
「雨水をはねかけられて、シャツがびっしょりと濡れてしまいました」
「え―――っ」
全員が頬に手を当てて、叫んだ。
「そのセクシーショットがここに」
パープルが、ポラロイドの写真を手帳の間から出す。
「でかした!パープル」
「俺にも、見せてくれっ」
「俺も」
「僕もっ」
濡れたシャツが素肌にはりついたヒロくんセクシーショットに大騒ぎする四人を見つめ、パープルは満足げにほくそえんで、自分のポケットから携帯電話を出す。
「こっちでも撮りましたから、待ち受け画面にも使えます」
「おおおっ」
ブルーが感動のあまり叫ぶ。レッドもいつに無く素直にパープルを褒め称えた。
「さすが、電脳少年だ」
ちなみにこの『電脳少年』は、四字熟語のようなもので、ひと続きの単語である。決して、パープルが少年だという意味ではない。もっというなら、写メールくらいで電脳少年と言ってよいのか甚だ疑問でもあるが、メカ音痴レッドには充分すごいことなのだ。
「俺の携帯に送ってくださいよ」
イエローが自分の携帯電話を取り出す。
「いいなぁ」
子供なので携帯を持たせてもらえないグリーンが、餌をねだる子犬のような瞳でそれを見つめる。そして、機種が古くて画面が出ないブルーは唇を噛む。



「で、明日のストーキングだが」
レッドが白板の前に立つ。五人のスケジュールが書かれている。グリーン以外は、明日は空いていた。
「俺、行きまあす」
イエローが元気良く右手を上げる。
「俺も大丈夫だぞ」
さっきまで、台風の中のストーキングは辛いとか言っていたくせに、雨に濡れた『ナマセクシーヒロくん』を見ようと、躍起になっている。
人気はやはり登下校だ。
「しかたない、やはりここはリーダーの俺が出張ろう」
レッドの仕切りに、罵声がとんだ。
「誰が、リーダーだよっ」
そうして、誰かが言った。
「よし、この四人で麻雀勝負だ」

ジャラジャラジャラ.........
「リーチかけたらナクなよ」
「アタマ二つ作んなよ」
「自分の捨て牌でロン言うなっ」
へぼへぼである。

そのへぼへぼ麻雀選手権を卑怯な業で制したレッドは、徹夜明けにも関わらす、意気揚々とヒロくんの自宅に向かった。大雨の降る中、電柱の陰にスタンバイして、ヒロくんが出て来るのを待つ。
(ナマセクシーヒロくん……)
レッドの頭の中は、徹夜明けの妄想でナチュラルハイを通り越して、脳内モルヒネで廃人寸前である。

そのころ、武蔵小金井の秘密基地築三十年一戸建てでは、徹マンにぐったりしたブルー、イエロー、パープルが死んでいた。
「みんな、大丈夫う?」
グリーンが可愛らしい声で、三人を揺り起こす。
かろうじて、薄目を開けたパープルが尋ねた。
「グリーン…お前…何で、まだいるんだ?」
グリーンは、ニコッと笑って言った。
「台風だから、学校お休みになったの」


もちろんヒロくんも休校。台風の中、わざわざ家の外に出てくるはずが無かった。





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